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案の定、クレメントは柳眉を僅かに上げた。
「ということは、ジェイスさんのご実家は、貴族か王族ですか?」
「あーと……」
「あっ、いいえっ」
しどろもどろの主を見兼ねて、シェイラが口を出した。
「ジェイスの家は、元は貴族だったのよっ。今は落ちぶれちゃったけど。ね? そう言ってたじゃない?」
「あ、ああ」
彼女の話に合わせて、ジェイスは頷く。
笑った顔が思いっきり引き攣った。
「そうですか」
クレメントは、何となく納得行かないという表情で、それでも頷いた。
「ところで、お二人は恋人同士か、もしかして?」
「ああ、そんなんじゃないって」
話題が自分の身分から離れたので、ジェイスはほっとして軽く言った。
「俺とシェイラは、ただの友達だ。戦友ってやつだな。一昨年の戦いで、同じ釜の飯を食って、生死を共にしたし」
「……そうなんですか」
クレメントは、ふっ、と、眉間を開いた。
笑顔に戻った美しい魔導師に、ジェイスはまた、見蕩れてしまった。
全く不覚である。どうやら、あり得ない心情を、ジェイスはクレメントに対し持ってしまった、らしい。
「とっ、ところでさ、この辺りって、全然人がいねえな?」
己の心中を悟られまいと、話を切り替え、ジェイスは薄汚いレンガの建物を振仰ぐ。
昼間だというのに、どの窓も錆び付いた鉄の鎧戸が、しっかりと閉まっている。
たまに開いている窓もあるが、そこには、やけに派手なカーテンがぶら下がっていた。
「もしかして、この辺って娼館街か?」
「もしかしなくても娼館街よ」
シェイラが、眉を顰めて斜め左の角を顎で示す。
角の少し先に建物の入り口があり、その脇に金縁の古びた看板が掛けてある。
『小夜鳥姫の館』
「この辺りは、ロレーヌ自治大臣から認可を受けていない娼婦を雇っている、言わばもぐりの娼館街です。王都警備の衛兵団の上の方に賄賂を渡し、目こぼししてもらっているんでしょう」
「詳しいんだな」
宮廷魔導師の主な仕事は、王宮内の書庫や貴族の館の書棚に眠っている古い書物の解読や保管、あとは王族貴族の子弟の教育である。
己の身分や仕事柄、こういったいかがわしい場所に出入りする事は皆無と言っていい。
そういう職業の人間が、何故に市井の、しかも場末の情報を知っているのか。
そもそも宮廷魔導師である彼が、どうして神殿に、祭事でもないのに昼日中一人でふらりとやって来たのか。
どう考えても、宮廷魔導師、ではないだろう。とすれば、思い当たる身分は、高位の貴族、の令息か。
ジェイスも人の事は言えないが、身の上を隠しているにしては、芝居が下手過ぎる。
その美貌に、少なからず気を惹かれているジェイスとしては、どうしても素性を知りたい気分に駆られる。が、こちらも身分を隠している以上、色々聞き出すのは得策とは言えない。
分からない相手と長く一緒に過ごすのは、危険だ。
特に、もし推測通りクレメントが貴族の子息なら、彼の一言でロンダヌス王家や貴族達に、ジェイスの入国が知られてしまう。国の中枢に存在が知られれば、遠からず、故国ランダスに連絡されてしまうだろう。
それに、腹の探り合いは、はっきり言って疲れる。まして、気を惹かれる相手とは、なおさらやりたくない。
未練はあるが、それはそれとして割り切って、早々にクレメントから離れようと決め、ジェイスは口を開いた。