3
そこは、遥か遠くまで灰色の瓦礫が広がる、荒涼とした世界だった。
ランダスの元王都フィルバディアもこのような有り様だが、あちらの方が空の青さがある分まだましである。
カスタの首都には、青空さえ無かった。
ライズワースによって放たれた多くの魔物の妖気が、広大な廃墟の上空に灰色と黒の雷雲を作り出している。
墨より黒い妖気の雲は、低く垂れ込め、内部には赤い稲妻が轟いている。
稲妻の煌めきは灰色の瓦礫を、不気味に飾っていた。
「何とも、凄まじい景色だな……」
初めて見る、同じ大陸の上のものとは思えない風景に、さしものジェイスも表情を強張らせた。
荒廃した風景に目を奪われていたジェイスに、先に到着していたシェイラが声を掛けた。
「凄い景色でしょう?」
「ああ」
ジェイスは素直に頷く。
「聞いてはいたが、まさかここまでとはな」
魔法陣からニーナミーナが現れた。
彼女も、初めて見たカスタにジェイスと同じ感想を抱いたようだ。
「うっわあっ、聞きしに勝るとはこの事ね。もンの凄い景色っ」
続いてララが、最後にクレメントが到着した。
「魔物の巣窟、ですね」
クレメントの言葉に、ララが黙って頷く。
「ところで、残り二人は?」
ジェイスの問いに、シェイラは、5メートル程離れた東の塔楼の方を黙って指差した。
そちらを見ると、塔楼の壁にパッドが具合悪そうに寄り掛かっている。
「……酔った?」と、ジェイスは剣友に尋ねる。シェイラはこっくり、と大きく頷く。
「思いっ切り」
「おーいっ、大丈夫かっ?」
ジェイスが声を掛けると、イリヤ神殿警護の騎士は弱々しく手を挙げた。
東の塔楼の扉が開き、アーカイエスが出て来た。彼はへたれ込んでいるパッドを見付けると、手を貸して立たせた。
門は、東と西に建てられた塔楼を結ぶ橋のような形に造られている。ジェイス達が飛んだ魔法陣は、その橋の丁度真ん中に描かれていた。
「面白い所から来られましたね、アーカイエス」
パッドを連れこちらに来たアーカイエスに、クレメントは片眉を上げた。
「壊れていない方の塔の内部を見て来ただけだ。——さて、これで全員揃ったな」
尊大な態度で皆を眺め渡すと、
「次はあの塔の中への移動だな」
黒い魔導師は、南の方角へ向き直り、黒雲が低く覆う辺りを指差した。
ジェイスは、黒い魔導師の指の先を、目を凝らし見詰める。
が、アーカイエスの言う塔なるものは、全く見当たらない。黒雲がとぐろを巻くのみである。
「おいおい、あっちに塔なんてねえぞ?」
ジェイスが口を尖らせた時。
門の真下から大きなものが羽ばたくような音がした。
ただならぬ気配に、ジェイスは剣士の本能で身構える。
現れたのは背中にコウモリの翼のような黒い羽根を持った妖魔だった。
人間とほぼ同じ容姿と体格をしたそれは、だが長い手足に鍵状の爪を有している。頭髪は無く、代わりに額の真上辺りに二本の小さな角があった。
「ガーゴイルっ!」
シェイラが叫ぶ。
羽を入れれば三メートルにはなる魔物は、その声が聞こえたのか、長い鍵爪の片手を、ぬっ、とこちらへ伸ばした。