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ううむ……。
話がなかなか前へ進まない……
どれくらい走り回ったか。
大通りからかなり離れた、ごちゃごちゃとした裏道を進み、何度目になるか分からないくらいの小さな曲り角を曲がったところで、ジェイス達三人は漸く足を止めた。
耳をそばだててみる。先程まで聞こえていた兵士の「待てっ!」という声と軍靴の音は、もう聞こえない。
やっと兵士を巻けたらしい。
ほっと、詰めていた息を吐いて、ジェイスはクレメントを見た。
白析の額にうっすら汗を掻いた『自称宮廷魔導師』は、頬に若緑色の髪を一筋貼付けて空を仰いでいる。
軽く息を切らせたクレメントは、ジェイスの視線に気付くと、婉然と微笑った。
「随分走りましたねぇ」
「ああ」ジェイスは、クレメントをまじまじと見詰めてしまっていた自分が恥ずかしくなって、ふい、と視線を逸らした。
「こんなに走ったのって、一昨年の戦場以来だぜ」
「一昨年の、戦?」
クレメントが、きょとんとした顔で訊いた。
「確かお二人は、ランダスから来られたっておっしゃいましたよね? あの内戦に加わっておられたのですか?」
ジェイスは、ぎくりとしてシェイラを見た。
シェイラが慌てて答える。
「ええ——、ああそうっ。フィアスの内乱が終わった直後だったんだけど、知り合いの傭兵が、ランダスの雲行きが怪しいから、もしかしたら仕事にありつけるかもって連絡して来て。それでランダスに行ったのよ。そしたら、丁度カーライズ公の軍で傭兵を募ってて、そこに入ったの」
クレメントは、シェイラの話を聞きながら、黙ってジェイスの顔を見詰めていた。
銀色の、綺麗な目にじっと見詰められて、ジェイスは、また心臓が走り始めるのを感じる。
ふと、クレメントが彼に尋ねた。
「ジェイスさんは、随分立派な大剣をお持ちですね?」
彼の大剣は、五代前の騎士カーライズ卿が、東の隣国アストランスとの戦で功績を挙げた褒美として、当時の王ティルス・アーバインから公爵位と共に報償として下された剣である。
本来なら当主のものなのだが、ジェイスが内戦で手柄をたてた折り、現在のカーライズ家の当主である兄が、王から伯爵位を賜った祝いとしてくれたのだ。
もちろん、現国王の了解も得ている。
それ程、先の内戦はランダスにとって重要な戦だった。
国王所有の剣であった大剣は、鞘にも柄にも、繊細にして美麗な文様が施されている。
それだけでなく、刀身も、鉄の中でも一番品質の良いコルーガ西部の鋼鉄が使われているため、市井で出回っているものに比べ遥かに切れ味も鋭く錆びにくい。
この剣も鞘も、山の芸術家と言われ、貴金属や武器を作らせれば人間を遥かに凌ぐ優れたものを作り出すスモール・アルフル(背の低い高位妖精族)が作ったものである。
スモール・アルフルの造形品は数が少なく、しかも材料も高価であるので、所持しているのはどの国も王侯貴族、とりわけ王の武具や武器が一般的である。
逆に言えば、一介の傭兵が所持出来るような代物ではない。
もし、クレメントが王族や貴族の出であるなら、それくらいは常識として知っている。
そして、宮廷魔導師には王侯貴族の子弟が多いのが常であった。
このままでは、素性がバレる。
ランダスの『英雄伯爵』がお忍びでロンダヌスに来ているなどと知れれば、様々な詮索をされ兼ねない。
「あー……、これは、俺の家にあったもんなんだ」
嘘ではない。が、誤魔化すにしてはあまりにも下手な言い訳に、シェイラが額に手を当てて横を向いた。
はっきり言って、ジェイスはほんとに『剣バカ』です(汗)