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ホラー×恐くない+渋滞=新しいなにか

作者: 小川大河
掲載日:2026/07/14

 車を買いに来ている。広い店内には鮮やかな赤色のスポーツカーが展示してある。スラリとした車体は小型でスピードを感じる。大きなマフラーはエンジンの持っている強力なパワーを感じさせる。店内には机とイスのセットがいくつかあり、そこで商談をしている。どうやら、車にも色々な種類があるらしい。どれを選んだらいいのだろう。ジュースやカップラーメンを選ぶように車を買うわけにはいかない。車は長年乗るものだから。とはいえ、食べ物を選ぶのも大切だ。日々、自分の体を構成する要素になる。内装もグレードによって色々ある。これは完全に階級制度になっている。車の内装は値段をどれだけかけるかにくきているようだ。おそらく、高ければ高いものほどクルマ屋が儲かる仕組みだろう。色もずいぶんと種類がある。しかも、聞いたことのない色ばかりだ。カタカナで書かれた色の名前は、それだけではどんな色か想像もつかない。想像もつかないモノを売ることで買い物客の欲望を刺激しているのかもしれない。

 店内で展示されていたのと同じ赤いスポーツカーを買った。内装は最上級のグレードだ。そのまま、乗って帰れる車はこれしかなかった。車はそんなにすぐ手に入るモノではないらしい。中古車だったらよかったのかもしれない。とにかく、車が必要だった。今すぐに。お金は会社が負担してくれる。転勤になってしまったのだ。地方の工場にこれから行かなければならない。さあ、出発進行だ。

 車が次々に来る。歩道を通り車の前を通過する歩行者は、この車をちらりと見て通り過ぎる。やっぱり、スポーツカーは違うな。それにしても、クルマ屋から出られない。路上は続々と車が通る。これだけ車通りが多いと交通事故が心配だ。歩行者も多い。通りを歩いて渡ろうとする人もいるだろう。騒音や排気ガスもひどいだろう。洗濯物を外に干すと真っ黒になっているかもしれない。そんな服を着ていたら病気になってしまう。これだけ通行料があると道路の工事も頻繁だろう。片側の車線を塞いで一方通行にして、舗装を治すのだろう。恐ろしい重大が起きそうだ。警備員も一人や二人では足りないだろう。それにしてもまだクルマ屋から出られない。 

 これはもう、押しボタン信号でもつけてもらったほうがいいのではないか。ときどき、やたらに変わらない押しボタンがあるけど。そういうのでも十分だ。

 「お店を出るときはおクルマの誘導しますから仰ってください。」

 そういえばクルマ屋さんが言っていた。少し隣のスーパーで買物をしたかったので断った。断るべきではなかった。永遠にここから進めないような気がしてきた。いや、まだ5分も経ってはいまい。あっちの交差点の信号が変わったら途切れるかもしれない。もう、信号は何度も変わっているはずだ。なぜ車は途切れない。緑の矢印だ。矢印が出ているせいで、赤信号でも車が来る。黄信号で停まる車はない。そして皆、無情に赤いスポーツカーの前を通り過ぎていく。譲り合いの精神が足りない。

 それにしても夕日が綺麗だ。もうすぐ今日が終わる。クルマ屋はもうじき閉店だ。でも、まだクルマ屋の前にいる。眼の前の通りはずっと車が続いている。後ろも詰まってきた。後に並んでいるのはお客さんか。このお客も大変だ。こんなところで車をかったばかりに帰れなくなってしまった。

 後ろのお客さんには誘導してくれる人がついている。こちらにはいない。後ろの車を誘導しても、こちらが先にでなければ、後の車は出庫できない。いったい、どういうつもりだうか。もしかして、譲り合いの精神か。確かに自分は誘導を断った。となると、先を譲ったほうがいいのかもしれない。ただ、後ろの車に少し下がってもらわないと転回できない。下がってくれるだろうか。きっと大丈夫、譲り合いの精神だ

 車はテキパキとクルマ屋を出た。また、次の車が続く。先程誘導していた人の車が出るようだ。クルマ屋はもう閉店したのだろう。明かりが消えている。後ろに並んでいる車から運転手が出てきた。クルマ屋から出ようとする車を誘導してあげるようだ。譲り合いの精神が行き届いている。こうやって譲り合いの精神が巡っているのだろう、車がどんどん車屋から出ている。おや、もう誘導する人がいない。よし、自分が車を誘導してあげよう。

 それはとても気持ちの良い体験だった。困っていた運転手に誘導者になることを伝えると、とても真剣に感謝された。嬉しかった。道路は続々と車が続いていたが、歩道に立って待っていると一台の車が止まってくれた。

 「ありがとうございます。」

 運転手は大きな声で言ってくれた。

 クルマ屋に一人取り残されてしまった。こんなはずではなかった。あの時、誘導してもらうのを断らなければ、こうなってはいなかった。夜空には月が出ている。でもそれ以上に、車のヘッドライトが眩しい。眩しい光は永遠に続いている。明日には帰れるだろうか。明日こそ誘導してもらおう。きっとやってくれるだろう。ここは譲り合いの精神が行き届いている。

 それはとても気持ちの良い体験だった。こんなに感謝されたのは生まれて初めてだ。オレは自分で言うことではないが、ろくでなしだ。さっきだって、親に隠れてタバコを買いに行くところだっった。店員に年齢確認されないか内心ではビクビクしていた。まあ、もしされたら恫喝していただろうが。そんな人間は普段感謝されるようなことがない。しかも、そんなに大したことはしていない。真夜中のクルマ屋で道に出られない車をちょっと誘導しただけだ。それにしてもかっこいいスポーツカーだった。

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