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8話 迷子

 街中を桜と歩いていると、目の前を何かが勢いよく過ぎった。


「猫だ!」


 黒猫だった。あれ、黒猫って前を横切られると良くないんだっけ。


「猫は以前にも見たことあるけど、犬って見かけないね」


 野良犬はもちろんのこと、散歩中の犬も見かけない。

 私の言葉に桜は「あー」と小さな声を漏らした。


「犬もいるにはいるのよ。一応」


 煮え切らない言葉はなんなんだろう。


「シーって犬が好きなの?」

「分かんない」

「しかし、一度は見ておいた方がいいのかしら」


 桜が一人で考え込む。


「この件は勇者サマに相談しておくわ。オーケーが出たら見物に行きましょう」


 イアの了承がないと見れないほど犬って貴重な生き物なんだろうか。とりあえず今は見れないということで諦めよう。


「ねぇ、イアが妖精でハードゥがエルフだって聞いたんだけど、この世界には他にも人間以外の種族がいたりする?」

「いるわ。……でも、王都では人間ばかりね」


 普通に考えたら王都が一番大きな都市だよね。そこにいるのが人間ばかりということは、差別とかあるのかな。桜に聞いてみる。


「差別、なくはないと思うわ。良い意味でも、悪い意味でも」


 桜はそれ以上何も言わなかった。当事者に聞くのも気が引けるので、機会があればカーリーにでも聞いてみよう。


 ウィンドウショッピングをしながら大通りを歩いていると、どこからか泣き声のようなものが聞こえてきた。私にだけ聞こえるわけではないようで、桜と目が合う。


「子供かしら」


 桜の言う通り子供の声だ。けれど見当たる範囲に泣いている子はいない。


「こっちね。シーはゆっくり歩いてきて」


 桜が横道に消える。私は転ばないように注意しながら後を追った。路地には入るなと言われた気もするけど、致し方ない。


「シー」


 桜の声が私を呼ぶ。辿り着いた先には、しゃがんでいる桜と泣いて目を腫らした女の子がいた。


「迷子みたい」


 手袋を外した桜の手が女の子の小さな頭を撫でる。


「お母さんとはぐれちゃったのかしら?」

「うん……」

「どこではぐれたか分かる?」


 さすが歳の離れた妹を持つだけあって、子供の扱いには慣れている。

 しかし、子供の記憶は曖昧なもので、母親とはぐれた場所は分からない。どうやら甘いケーキを食べて、ご飯の買い物をしたらしいことは分かった。


「ご飯の買い物なら市場かしら……」


 桜も考え込む。下手に動かない方がいい気がするが、こんな路地にいても仕方がない。


「お母さんの特徴って分かる? 何色の服を着ているとか」

「くろ」


 この寒い時期、皆黒を着がちだ。目印にはならない。


「この世界って交番みたいなものないのよね……」

「騎士団に連れていくのはダメなの?」

「そうするしかないか……」


 桜は諦め気味に言う。


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「……ココ」

「ココちゃん、少し歩ける?」


 桜の問いかけにココは首を横に振った。母を探して歩き疲れているのだろう。


「お姉ちゃんが抱っこしてあげるから、周り見てお母さんを探してね」


 ココはおそらく五歳くらい。普通に重いだろう。よくイアに抱きかかえられている私が言えたこっちゃないが。


 私たちは大通りに戻る。辺りを見回すが、子供を探している風の女性は見つからない。


「騎士団の駐在所が十五分くらい歩いたところにあるわ。そこに向かいましょう」


 徒歩十五分って一キロじゃないか。私の足だと倍近い時間がかかりそう。


「行くわよ、シー」


 桜の中に私を置いていく選択肢はないようだった。

 歩きながら桜はココから母親の情報を得ようとたくさん話しかけている。

 私は会話に入ることもせず、ただただ桜の背中を追いかけるだけ。

 ココはやっと泣き止んで、きょろきょろと母親を探している。


「ママ……」


 うーん、また泣き出すのも時間の問題かもしれない。どうにかならないものか。こんな時に何もできない私は、きっと前の世界でも頼りなかったんだろうな。


 歩き続けること三十分弱。綺麗そうな建物が見えた。前に制服を着た男女がいる。あそこが駐在所かな。


「すみません、迷子みたいなんですけど……」


 桜がココを抱きかかえたまま対応してくれる。私は待っている間、駐在所の中を覗く。制服を着た男性が三人いて、机の上の書類とにらめっこしていた。

 交番とは雰囲気が違う。本部と同じく気軽に立ち寄れる感じはしない。


 ハードゥはいないみたい。本部にいるのかな?


「今のところ迷子の相談はないですね……」


 母親は私たちとは違うところで娘を探しているのか。それとも……。


「本当に親も探しているのかな」


 無意識に出た言葉に、桜が少し怒りを含んだ声で言い切る。


「当たり前じゃない。自分の子供が迷子になっているのよ」

「だ、だよね」


 何を言っているんだろう、自分は。当たり前だろう、母親ならば。


「私たちは母親の捜索に向かいます。ココちゃんは中で預かりますね」


 桜の視線が部屋の中に移る。


「あの、私たちもここで待っていていいですか」

「いいですよ。お時間が大丈夫であれば」


 身分証明の代わりなのか、女性から名前を記入する紙を渡された。桜は両手が塞がっているので、私が二人分の名前を書く。そういえば家名の概念ってないの?


 ひとまず「シー」と「サクラ」と書いた。私にいたっては家名どころか本名ですらない。


「はい、ありがとうございます」


 私の心配をよそに記入用紙はあっさり受理された。

 中から若い男性が出てきて、余っている椅子を一つ持ってきた。


「どうぞ、使ってください」


 多分私の足を気遣ってくれたんだろう。


「ココちゃんを座らせてあげて」


 さすがにずっと抱っこをするのは辛いはず。


「シーは大丈夫なの?」

「平気だよ」


 正直言うと左足がかなり疲れ切っている。

 私は見栄を張ってココに席を譲った。


「おねえちゃん、ママは?」


 どうしてこんなところに連れてこられたのか、子供には分からないだろう。


「大丈夫。ママはすぐ来てくれるわ」


 桜が腰を落とし、ココと目線を合わせ、小さな手を握る。

 子供の相手は桜に一任することにした。私は壁に背中を預け、できる限り足を休ませることに専念する。


 止まってしまうと疲れがどっと出る。喉も渇いた。甘いものが食べたい。何でこうも体力がないんだ。


 買ったばかりの時計を見る。もう四時を過ぎていた。イアは夕方に迎えに来ると言っていたが、具体的には何時に来るのだろう。


「おねえちゃん」


 桜のことだと思ってスルーしていたら、ズボンを引かれた。


「何?」


 なるべく柔らかい声色を意識して答える。


「あしいたいの?」


 壁から背中を外してココと向き合う。しゃがめないので、上からになるのは許してほしい。


「痛くないよ。だから大丈夫だよ」


 股関節と太ももの筋肉を使い脚全体を上げて見せる。鉛を吊っている感覚がする。


「でもつえついてる」

「歩くのが苦手なんだ」


 ココは松葉杖を珍しそうに見ている。倒したら危ないので、貸すことはできない。


「ココははしれるよ」


 ココは椅子から下りると部屋の中を走り出してしまう。


「ちょっと待ちなさい!」


 慌てた様子の桜が追いかけた。すぐにココを捕獲し、仕事をしていた騎士に謝る。騎士は顔に何も出さなかったが、作り笑顔を見せなかったということは良くも思われていないんだろう。


「ココ!」


 再びココを椅子に座らせた時だった。外から女性の声がし、荒い足音が飛んできた。


「ココ……!」


 娘の姿を確認した母親が泣きそうな顔で少女を抱き締めた。


「ママ!」


 横で桜が「よかったぁ……」と安堵している。

 ココの母親は何度も桜と私に頭を下げた。「大したことをしていない」と謙遜する桜が母親とココを見送る。


「シー」


 桜が手をこ招きながら私を呼ぶ。


「お迎えが来たわよ」


 桜の横に突然現れたのはイアだった。


「こんなところにお世話になってるなんて、何をしたんですか?」

「迷子の手伝いをしていただけよ」


 私よりも先に桜が答えてくれる。

 呆れているイアの前に立つ。イアは私のことをじろじろと見てくる。


 それからイアは私の横に移動した。私の背中に右手を当ててくる。なんだろう。

 イアのよく分からない行動に桜も怪訝そうな顔をしていた。


「疲れてますね」

「まぁ、歩いたからね」


 肯定するとイアは私から松葉杖を奪い、一瞬の間に私をお姫様抱っこした。


「ちょっ! 下ろして、イア!」


 桜が笑いをこらえた目でこちらを見てくる。


「暴れないでください。落ちて怪我をしたらどうするんですか」

「自分で歩けるから!」

「こっちの方が速いじゃないですか」


 それはそうだけど! 人の目が気になる。


「いいじゃない、シー。王子様に送ってもらえば」


 桜は完全に面白がっている。いつもそんな晴れやかな笑顔を見せないくせに。


「大人しくしてください」


 イアの力が少し強まる。私を下ろす気はさらさらないようだ。


「桜、今日はありがとうございました。あなたのことも送りますよ」

「私のことはいいわよ」

「そんなわけにはいきません。あなたに何かあったらシーが気にするでしょう」

「……じゃあ送ってもらおうかしら」


 私は公衆の場で抱きかかえられたまま、桜の家まで同行することになった。


 桜は私と二人の時、気を使ってか何かしらの話題を振ってくれてたけど、三人になったら黙ってしまった。もちろんイアも自ら話題をするようなことはしない。

 私は昼間、桜と話したことを思い出し、口を開く。


「イア。今度桜と犬を見に行きたいんだけど」

「犬、ですか」

「私たちの世界では猫みたいに犬も街中を歩いているのよ。一度はこの世界の犬を見せた方がいいかなと思って」


 桜が補足してくれるけど、イアはすぐに返事をしなかった。上から私の顔を覗き込みながら、イアは考え込んだ。

 たかが犬を見るだけなのに。


「分かりました。私も同行しましょう」


 桜は少し驚いた顔をした。イアが同行するとは思わなかったらしい。


「来週か再来週の桜の休業日にでも見に行きましょう」


 果たしてどんな犬を見に行くのだろう。ドーベルマンやピットブルとか、そうゆう犬種しかいないのかな。


「イアは犬好きなの?」


 苦い反応をしていたイアに聞いてみる。


「好きでも嫌いでもありません。ついでに猫も同様です」

「……イアって好きなものあるの?」

「シーのことは好きですよ」


 平然と返してくるから、三秒くらい思考が停止した。そして、急に顔が熱くなった。


「あらあらお熱いこと」


 桜は面白さを通り越して呆れている。

 イアは天然なのか、性格が悪いのか。どちらなんだろう。


 桜を家まで送り届け、私たちは王都から出る。森の近くになると雪かきがされていない。ざっくざっくとイアが音を立てて歩く。日は暮れ、明かりはイアが魔法で出した火の玉だけだ。


「今日は楽しかったですか?」

「うん。ほら、時計を買ったの。お金、ありがとうね」


 左腕をイアの首から外して、手首をイアに見せる。金色の光が暗闇の中で輝く。


「気に入ったものを見つけられたなら良かったです」

「うん。この色がね、イアみたいだなと思って。もちろんイアの方が綺麗だけど」


 イアは意外そうな顔をする。


「そんな風に言ってくれるのはあなたくらいですよ」

「そう? 皆言い辛いだけだと思うよ」


 イアって一見すると冷たい雰囲気があるからなぁ。


「お腹は空きましたか?」


 おにぎりを食べて以来、迷子騒ぎで何も食べられていなかった。そういえばお腹も空いてきた。返事をするように、私のお腹は鳴った。


「正直な腹の音ですね」

「う、うるさいな……」

「今日は日本の料理であるカレーライスにしようと思います」


 カレーライスって日本でいいのか。ある意味独自進化したものだしいいのか。


「桜から教えてもらったの?」

「日本の料理は主に彼女からですね」


 料理が好きな彼女は、料理のこととなると少し楽しそうな声色になる。


「シーもリクエストがあれば言ってくださいね」


 しかし、私には記憶がない。何が好きとか分からない。


「何でもいいんです。その時見かけたものとか、私はあなたの喜ぶ顔が見たいのです」

「じゃあ……明日の朝はおにぎりが食べたいな」

「分かりました」


 少し離れた先に明かりが見えた。イアの家だ。私たちだけが帰れる家。私が安心できる場所。


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