7話 金色の腕時計
桜と待ち合わせの日。私は彼女の店までイアに送ってもらった。
「何かあったらすぐに呼んでくださいね。何事もなければ夕方迎えに来ます」
過保護な同居人は、私に杖を渡すとどこかへ去って行った。
私は自力で店のドアを開けようと試みる。手を離した松葉杖が地面に落ちないよう気をつけながら、手前に引く。
重くはないけど、バランスを取りながらでは引きづらい。あたふたしていると鐘の音を聞きつけて桜が現れた。
「ごめんなさい。気が利かなくて」
ドアを開けてもらい、私は暖かな室内に入る。今日はお休みなのだろう。客席の明かりは消えているし、誰もいなかった。
「ここまで来るのも大変だったでしょう」
桜はエプロンを脱ぎながらパタパタと片付けをしている。
「そこまでイアに送ってもらったから大丈夫」
「そう。勇者サマに」
「あ、そうだ。イアからお小遣いをもらったんだけど……」
椅子に松葉杖を立てかけ、鞄から革袋を取り出す。桜に見えるようテーブルにそれを置いた。
「何これ!? 大金じゃない!」
「やっぱりそうか……」
私の予想通り、イアの金銭感覚はズレているようだった。
「これだけあればしばらくは遊んで暮らせるわね」
桜が呆れたように溜息をついた。
「ここに置いてくのも気が引けるし……、周りに見られないように気をつけることね」
なんかやだなぁ。これ持ち歩くの。
一枚だけポケットに移して、あとは鞄の底に隠しておこう。
「今日はどこかに行くの?」
「私以外にも日本から来た人がいるの。せっかくだから紹介しようと思って」
それは嬉しい。
「でもその前に軽食食べていかない?」
お昼には少し早いかもしれないけど、出かけるなら何かお腹に入れといた方がいいかもしれない。
「おにぎりなんだけど」
「食べる!」
「元気ね。好きなところ座って」
席につくと桜がおにぎりが四つ並んだお皿を持ってきてくれた。二個ずつということかな。さすがに四個は食べ切れないよね。
「悪いけど中身は全部ウインナーなの。さすがに梅干しは手に入らなくて」
「梅の木はあるのかな?」
「どうかしら。原材料を探そうと思ったことがないから」
出されたお手拭きで手を拭い、白握りを一つ掴む。塩の小さい結晶が光る。
「いただきます」
「私もいただきます」
ちょっと固めに握られたおにぎり。この素朴な味がとても美味しい。
「桜は記憶あるんだよね? この世界に来る直前のこととか覚えているの?」
「それが寝て起きたらこちらに来ていたの。妹と同じ布団で寝ていたはずなんだけど、多分私だけが来たみたい」
桜はおにぎりを飲み込み、続ける。
「ちなみに私が召喚されたのは約二年前のことよ。それからずっと元の世界に戻る術を探したけど見つかってないわ」
「やっぱり元の世界に戻りたいもの?」
私には分からない感情だ。身近な桜の気持ちはちゃんと知っておきたい。
「歳の離れた妹がいるのだもの。あの子を一人にはできないわ」
一個目のおにぎりを食べ終え、私たちは二個目のおにぎりを手に取る。
「美味しいよ、このおにぎり。桜は料理が上手なんだね」
「おにぎりなんて料理に入らないわよ」
「でもこの前のオムライスも美味しかったし」
イアの料理も美味しいけど、桜の料理はお店の味だ。
「……何にせよ、あなたは記憶を取り戻す方法を探らないとね」
今のところ記憶喪失で困ったことはない。しかし、今後の行動方針を決める上で大事なことだ。
「勇者サマは記憶について何か言ってなかったの?」
「特に触れられてないかな」
「手っ取り早いのは勇者サマの魔法に頼ることだと思うわ」
「魔法ってそんなに万能なの?」
桜は申し訳なさそうに首を横に振った。
「分からないわ。でも勇者サマにできないことは他の誰も出来やしないと思う」
イアってそんなにすごいんだ。家の中では家事くらいにしか魔法を使っている様子を見なかったから、魔法使いなイメージが弱い。
「でも思い出せるなら、もうしてるか……。とにかくいろいろなものに触れてみましょう」
私たちは一粒残らずおにぎりを完食した。
「それじゃあ行きましょうか」
桜がお皿を下げ、代わりに鞄を持ってくる。
お腹が満たされた私たちは寒い外へ出る。冷え切った青い空。雪は降らなそう。
「足がきつかったらすぐに言ってちょうだい」
「ありがとう」
桜は私の横に立ち、ゆっくり歩き始めた。私も彼女から離れないようにと一生懸命腕と足を動かす。
「相変わらず日中でも寒いわね」
マフラーを巻き直す桜。確かに日が当たらないと寒い。
「この国は日本と同じように四季があるのよ。早く春にならないかしら」
「さすがに桜の木は植わってない?」
「王都では見たことないわね」
そうか、王都以外の地方都市もあるんだよね。桜に地方のことを聞いてみたが、王都以外のことは詳しくないそうだ。
「地方について詳しく知りたいなら、それも勇者サマに聞くといいわ。なんせ国を救った英雄なのだから」
「英雄か……。イアってすごい人なんだね」
「でも勇者サマがあなたを家に迎い入れたのは意外だったわ」
「どうゆうこと?」
イアは優しい人だ。困っている人がいればきっと手を差し伸ばす。世界だって救うのだ、良い人に決まっている。
「勇者サマの家がある森、何て呼ばれているか知ってる?」
「いや」
「迷いの森よ。入ったら出てくることはないと言われていて、実際に探索に出た者は皆行方不明となっているわ」
「私フツーに出入りしてたけど?」
イアと一緒だったから出来たことなのだろうか。
「私はもちろん、カーリーも招待されたことがないわ。……ハードゥは自ら入りたがらないでしょうね」
むやみに出かけないようにしよう……。
「森の中ってどうなっているの?」
「別に変わりないよ。天気が悪ければ雪が降るし寒い」
私たちは日陰を歩き続ける。大通りに行くつもりはないようだ。イアには危ないところには行かないように言われてるけど大丈夫かな。
「もう着くわよ」
桜が少しボロい建物の前で止まる。特に看板らしいものは出ていない。普通の家なのかな。
「タナカ! 来たわよ」
桜は適当なノックをしてドアを開けた。すると中から野太い声がする。
「サクラ氏、待っていたでござるよ」
ござる?? 随分と変わった喋り方をするものだ。
桜がドアを押さえててくれたので、私はちょっと警戒しながら中に入る。
「うわ」
失礼ながら思わず声が出るくらい、散らかった室内。……よくよく見てみるとどこか見覚えのあるものだ。
「初めまして、お嬢さん。拙者はタナカと申すでござる」
タナカと名乗る男はガタイの丸い、三十過ぎくらいの人間だった。
私は隣に立つ桜に小声で話しかける。
「江戸時代から来た人?」
「江戸の人もござるとは言わないんじゃないかしら」
所謂キャラ付けというやつか。
「私はシー。よろしく」
「シー氏とな。少し言い辛いでござるが、こちらこそよろしく頼み申す」
改めて桜の方に向き直る。説明が欲しい。
「彼は私たちと同じく日本から転移してきたのよ」
それは見ればなんか分かる。どうしてこんなコアな人を一番手に選んだんだ。
「タナカは見た通りオタクなのよ。日本にあったガジェットとかを自作しているのよ。……使えないけど」
あちこちに散らかっていたのは、電化製品を模したものたちだったようだ。
「これは?」
ちょうど私の目線にあったスマホを手に取る。何気なくボタンを押してみたが、画面は真っ暗なままだった。
「おお、お目が高い」
田中さんが手を出してきたのでスマホを渡す。彼は充電ポートに人差し指を当てた。
「何をしているんですか」
「充電でござるよ。拙者のギフトは電気を操ることができるのでござる」
それは便利な能力だ。
「これで少しは使えるでごさる」
スマホを再び受け取る。
……そのござる口調どうにかならないのかなぁ。
今度はスマホのボタンを押すと画面がついた。多分写っている絵は初期設定されているものだ。
画面をスライドするとホーム画面らしきものが表れた。でも私の知識にあるものより簡素だ。アプリが全然ない。
「何もないでしょう」
桜がやれやれという感じで言う。
「タナカがいなければ充電もできないし、通話やメールができるわけでもない。当然インターネットにも繋がらないわ」
なるほど。扇風機もすぐそこにあるけど、彼の能力がなければ動かないんだ。私はそっとスマホを元の場所に戻した。
「でも見てくれは本物みたいでしょう。どう? 何か記憶に繋がるものはあったかしら」
そう言われても……知識としてそこにあるものが何かは分かる。しかし、これを使っていた等というエピソードに結びつく閃きは特にない。
「うーん……」
一応奥の方も見てみようと思ったが、床の上が乱雑なおかげで進むことができない。
「今のところ思い当たるものはないかな」
せっかく私のために時間を割いてもらったのに申し訳ない。
私は田中さんにお礼を言うと、桜と共に外へ出た。別に田中さんの家が暖かかったわけではないけど、ツーンとくる外の空気は冷たい。
「空振りね。でも彼は良い人だから、近くで困ったことがあれば助けてもらうといいわ」
桜は方角を確認すると、またゆっくりと歩き始める。
「いったん大通りに出ましょうか」
この世界に曜日の感覚があるのかは知らないが、この前来た時も今日も大通りにはたくさんの人がいる。迷子にだけはならないようにしないと。
「何か買いたいものとか欲しいものがあったら言ってちょうだい」
カーリーと来た時は気持ち的に周りをゆっくり見ることはできなかった。何か役に立ちそうなものはあるだろうか。
「シー。あなた時計は持っているかしら」
自分の手首を見る。持っていなさそうだ。
「時計くらいは持っておいた方がいいわよ。人と待ち合わせができないから」
「ちなみにこの世界の時間って二十四時間表記なの?」
「一日は二十四時間だけど、あまり十三時とか言わないわね。昼の一時とかって表すわ」
「一時間も六十分?」
「えぇ、そうよ」
桜が一件の時計屋を指す。アンティークな雰囲気が漂っているけれど、お高い店じゃないのかな。
「段差があるけど大丈夫かしら」
「大丈夫」
このくらいの段差なら左足に力を入れればいける。
重そうな木のドアの先には、輝く宝石のように時計が並んでいた。ほとんどが腕時計のようだが、壁には大きな振り子時計なども並んでいる。
「シーの場合はすぐに見られる腕時計がいいわよね」
そう言って桜は私の腕を触る。
「細いわね……」
手前から時計をそっと見ていく。さすがにデジタル時計があるはずもなく、全部アナログだ。気になった一つを手に取る。機械式の時計かな。
ゴールドを基軸としたその時計は、どこかイアを連想させる。
「気になったのあった?」
「うん。値段は分からないんだけど」
どの時計にも値札らしいものは書いてない。時価というやつか。多分、今持っているお金で買えないことはないんだろうけど、あまり高いものは身につけたくない。
「とりあえずそれはキープね。他にもないかもう少し見てみましょう」
展示スペースが移る度に桜が「これはどう?」と尋ねてくる。なんだか友達と買い物をしているみたいだ。
「そういえば桜は今いくつなの?」
「十八よ」
「私の二つ上か」
「歳下だったの。落ち着いているから同い年くらいかと思っていたわ」
年齢が判明したところで、桜が私のことを下に見る素振りはない。
「私も十六の時に転移してきたの。偶然ね」
「もう二年もこの世界にいるんだね」
「そうよ。早く戻りたいんだけど……なかなか方法の手がかりも見つからなくて」
逆にたった二年で自分の店を開くってすごくない?
「あの壁時計可愛い……。いくらするのかしら」
話しながら、桜も自分の欲しいものを見つけたようだった。私は悩みつつも、やっぱり最初に見つけたものが気に入った。目玉が飛び出すような値段でなければこれが欲しい。
「シーはそれでいいのね? 店長、この腕時計とあそこの壁時計が欲しいのだけれど、おいくらかしら」
奥でパイプをふかしていた白髪のおじさんが面倒くさそうに立ち上がった。
桜とおじさんが値段について言い合っている。全然私は相場が分からないので、お任せするしかなかった。
長い交渉の末、桜が私の鞄をつつく。
「金貨五枚ですって。それでいい?」
「うん」
私は松葉杖を壁に立てかけ、両手を使って鞄の中から金貨を取り出す。桜も銀貨を取り出し、あわせたものを店長に渡した。
「せっかくだからつけて行きましょうよ」
買ったばかりの腕時計を左腕につける。まだ硬い革の感じがいい。
店を出ると桜が溜息をついた。
「あのじいさん、最初金貨七枚とか言い出したのよ。勇者サマの名前を出したら安くしてくれたわ」
いいのかなぁ、勝手に。
「シー、その時計すごく似合っているわ」
「ありがとう」
「良い買い物ができたことだし、次に行きましょう」




