6話 魔術の練習
この世界に来て数日経った頃、雪が降る中、イアがわざわざ外に出て行った。「すぐに戻ります」の言葉通り、彼女はものの五分ほどで戻ってくる。
「頭に雪ついてるよ」
玄関で彼女を迎え、柔らかい金色の髪に触れる。
「何しに行ってたの?」
「手紙を取りに行ってました」
こんな森の中に郵便屋さんなんて来なさそう。彼女はどこまで取りに行ったのか。
「ほら、シーの分もありますよ」
一通の桃色の封筒を見せると、イアはそれをテーブルの上に置きに行った。私もテーブルのところまでカツカツ歩く。
封筒の裏面には「桜」と書いてある。中身を取り出しても、そこにあったのはれっきとした日本語だった。
「サクラからですね。何と書いてありましたか」
「明日、会えないかって」
私は一人で王都まで行けない。だからイアの顔色をうかがった。
「明日ですか。時刻は指定してありますか」
「昼前に店まで来てほしいって」
「分かりました。明日送りますね」
「いいの?」
「もちろん。帰りも迎えにいきますよ」
「なんかごめんね」
王都までも近い道じゃない。毎度送り迎えをさせるのは気が引けた。
「謝ることありません。出かけたい時は言ってください」
「ありがとう」
私がお礼を言った後、イアは何かを思い出したようだった。
イアはよく作業をしている机の方まで行くと、何かを手に戻ってきた。
それは使い勝手のよさそうな小さなショルダーバッグだった。どうやら革でできており、重厚な雰囲気がある。
「鞄がないと不便だと思いまして。昨日作りました」
「イアが作ったの!?」
驚きつつ鞄を受け取る。
「ありがとう」
見た目と比べて軽い。中を開けてみると、思ったよりはものが入りそうだった。
「それとこれはお小遣いです」
次に渡されたのは革袋だった。中身を見ると金色に輝く硬貨がたくさん入っている。
この世界の金銭感覚は分からないが、多分とんでもなく大金なのでは?
「好きなものを買ってください」
彼女は勇者と呼ばれる存在なのだ。お金もたくさん持っているのだろう。
「こんなに受け取れないよ」
「余ったら返してくれればいいんです」
返金を受け付けてくれない。イアって周りの人に甘いタイプなんじゃないかな。
金銭感覚については、明日桜から学ぶようにしよう。
私は大金の入った革袋を鞄にしまい、大事に枕元へ置いた。
「ねぇ、桜は私と同じ転移者だって言ってたけど、イアは他にも転移者の知り合いいるの?」
「存在は知っていますが、喋るのはサクラくらいです」
「転移者はギフトとか言う力をもらえるって話は知ってる?」
「はい。何でも魔法を一つ授かるそうですね」
イアは聞けば教えてくれるけど、こういった重要な情報も聞かなきゃ教えてはくれない。
「私にもギフトってあるのかな?」
目を細めて私を見るイアは、小さく首を振った。
「あなたからは魔力の気配を感じません。魔法は使えないでしょう」
何で私だけギフトがないんだろう。
……カーリーが魔術は空気中の魔力を使うと言っていた。それなら魔力を持たない私でも扱えたりする?
「魔術なら誰でも使えるの?」
「誰でも使える可能性はあります。しかし、自分の外にあるものを操るのですから、センスがなければ結局使えません」
「センスと言うと?」
「魔力の気配を今も感じられていないなら、無理ですね」
……無理なのか。
魔術も使えないって、私だけ厳しくない?
「魔術を使ってみたいのですか?」
残念な気持ちが顔に出ていたようだ。
「使えるの?」
「簡易的なものならば」
イアが棚の上に置かれていた指輪を手に取る。色はゴールドで、特に宝石が埋め込まれていないシンプルなものだ。
「何か使ってみたい魔術はありますか?」
使ってみたい……。難しいな。
そこで最初にイアが見せてくれた炎を灯す魔法を思い出す。
「火を灯すやつやってみたい」
「分かりました」
イアの指で挟まれている指輪が光で纏われる。
「どうぞ」
光が消えた指輪を渡される。はめろということか。……人差し指でちょうどいいかな。私は左の人差し指に指輪を通す。
「指を立ててください。……そう。キャンドルの火をイメージして、指先に力を集中させてください」
自分の指先を見つめる。神経をそこに集中させる。
キャンドルの火……。温かい火。
イメージを続けると私の指を蝋にしたかのように、指先に火が灯った。
「ついた!」
しかし、喜びの声とともに火は消えてしまった。
「このように道具に魔力を込めれば多少扱えるようになります。指輪は差し上げますので、暇な時に練習してみてください」
私は右の指でそっと金属の輪を撫でる。何かに使えるわけでもない魔術かもしれないが、私はなんだか嬉しかった。
「ねぇ、イア」
「何ですか」
「イアの髪、結ってみてもいい?」
「髪ですか」
近くにいたイアの髪先に触れる。
「こんなに綺麗な髪だもの。アレンジしたらもっと可愛いよ」
「……シーがやりたいならどうぞ」
私がソファに座り、足の間にイアが座る。
編み込みでハーフアップにしよう。さらさらと流れていく金髪を指に絡める。
「イアは普段髪を結んだりしないの?」
「しません。必要性がないので」
「もったいない」
長いのにこんなに綺麗だなんて。妖精って皆こうなのかな。
「人に髪を触られるのってくすぐったいのですね」
「分かる。自分でやるとくすぐったくないのにね」
私はどこで髪の結い方なんて覚えたのだろう。
「はい、出来上がり」
イアの右手が彼女の髪に触れる。
「ありがとうございます」
イアがこちらに振り向いた。可愛い、似合っている。
「そろそろおやつの時間ですね」
「昨日のクッキー食べたい」
「そうですね、湿気る前に食べてしまいましょう」
何もない日常。私は徐々にこの世界に慣れつつある。




