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4話 転移者

 昼飯時だからか、街中は人が多い。

 松葉杖二本は結構スペースを取るから歩きづらい。


 カーリーに置いていかれないよう必死に手と足を動かすが、息が切れてくる。鼻の頭も冷たくなって痛い。


「もう少しよ」


 さっきそう言われて意地で歩いている。

 すると、一瞬の出来事だった。


 後ろ襟をガッと何者かに掴まれ、まるで体が浮いたように、あっという間に後ろへ引っ張られて路地に連れ込まれた。

 尻もちをついた私に、一人の少女が詰め寄ってくる。


「あなた、名前は?」


 いきなりこんなことをしておいて失礼なやつだ。


 私は沈黙を守り、少女のことをよく見る。

 私と同じくらいの年齢だと思われる。髪の長さも私と同じセミロングで、黒い。瞳も黒い。着ている服まで真っ黒だった。黒が好きなのかな。


 いや、待て。今まですれ違った人に黒髪なんていたか?


「聞こえてないのかしら。名前は?」


 落ち着いた声色だ。


「……シー」


 仮初の名前なのだから名乗っても問題ない。


「しー? 私はあだ名を聞いているんじゃないわ」

「そんなこと言われても……」


 元の名前が思い出せないんだから仕方がない。


「そう言う君は誰なの?」

「……そうね。私から名乗るべきだったわ。私はサクラ」

「さくら……?」


 頭の中に春に咲く桜の花が浮かぶ。


「さくらってあの桜?」

「えぇ、そうよ」

「つまり君は日本の人!?」


 私が勢いよく背筋を伸ばすものだから、桜は後ろにたじろいだ。


「私は日本からこの世界に召喚されてきたの」

「私も!」

「知っているわよ。それで、名前は? 私はちゃんと名乗ったわよ」

「あーそれは……」


 私は記憶がないことを彼女に話す。


「記憶喪失……。今までそんなパターンは聞いたことないわ」

「私たち以外にも召喚された人はいるってこと」

「それなりにね」


 なんの理由があって、誰がこんなことを?


「あなた、足が悪いようだけど怪我でもしたの?」

「分からない。ここに来た時には動かせない状態だったから」

「元々不自由だったのかしら」


 桜はぶつぶつと一人考え込み始める。

 ……私はなんのために連れ込まれたんだ。


「シー、あなたのギフトは何だったの?」

「ギフト?」


 プレゼントされたものと言えば、今着ている服とかになるけど。


「まさかギフトもらってないの?」


 きょとんとしたままの私を見て、訝しむように桜が私の頬を軽くつねった。


「転移者はギフトと呼ばれる何かしらの魔法を一つもらうはずなのよ」

「……魔法」


 私の体に異変は感じられない。魔力なるものも分からないし、魔法の発動方法も分からない。


「私の魔法はこれよ」


 桜が一歩後ろに下がり、軽く地面を蹴った。すると桜の体が宙に浮いた。


「浮遊魔法。素敵でしょ」


 空を飛ぶ。それは人類が追求してきたものであるからして、とても魅力的な力に違いなかった。

 桜は地表に戻ってくると、呆気に取られている私の両肩を掴んだ。


「本当にギフトもらってないの!?」

「多分……」

「怪我をしたまま転移した挙句、チート能力ないとかきつ……」


 同情されてしまった。


「まぁいいわ。ないものはないんだから」


 座り込んだままの私に、そっと桜が手を差し伸ばした時だった。


「何をしているのかしら?」


 背後から聞き覚えのある声がした。誰だっけと考えるより先に、目の前の桜が表情を歪める。


「シスター……」


 振り返ると迷子になった私を探しに来たカーリーがいた。


「何をしているのかしら?」


 二十秒前くらいに聞いたセリフ。


「サクラちゃん、どうしてこんなところにいるの?」

「えーっと……それは……」


 桜はバツが悪そうに頬をかく。


「まぁいいわ。二人とも無事なら」


 私は後ろから抱きかかえられる形で立ち上がった。


「いくら王都とは言え、こんなところにいたら変な輩に絡まれるわよ」

「その時は私の魔法で……」

「自分の力を過信しないの。……ほら、お腹も空いたでしょう。早く行きましょうか」


 カーリーと桜は親しい間柄のようだ。立場はカーリーの方が上かな。

 桜が先に歩き出し、カーリーは私を見失わないようにと横に並んだ。


「気をつけてね、シーちゃん。当たり前だけどこの世界には悪意を持った人もいるんだから」


 雑踏の中を歩くこと十分。ようやく目的地に着いたらしい。

 大通りから一本外れたところにある小さな木造の建物。看板が出ているが何て書いてあるかは判読できなかった。

 でも人の気配もないし、閉店しているのでは?


「はい、どうぞ」


 桜がドアを開けてくれる。ちりんちりんと取り付けられている鈴が鳴った。


「おじゃましまーす」


 カーリーは気にせず中に入っていく。桜にドアを開けさせたままにするのも気が引けたので、私も中に入った。

 どうやら飲食店……規模と雰囲気的にカフェらしい。でも中には客はおろか店員もいない。


 カーリーが厨房に一番近いカウンター席に腰を下ろしたので、私も隣に座った。


「ここはサクラちゃんのお店なの」

「えぇ!?」


 異世界転移してお店を開業? 私とそんなに歳が変わらなさそうなのにすごい。

 お店を持てるということは、彼女がこの世界にやってきたのは直近のことではないのかな。


「シー、何か食べられないものとかある?」


 手を洗いながら桜が聞いてくる。


「多分ない……」

「あぁ、記憶ないんだものね」


 好きなものとか嫌いなものとか、この体は覚えているのだろうか。


「店長さん、お茶をくださいな」

「今日はお休みなのだけど。そこの茶葉使っていいから勝手に淹れてちょうだい」


 桜はカーリーを軽くあしらい、食材を切り始める。カーリーは大人しく自分で淹れることにしたのか、席を立って棚を物色し始めていた。


「シーちゃん、どんなお茶がいい?」

「……なんでも」


 お茶の良し悪しが分かるほど、私の舌は優れていないと思う。


「それなら一番高いやつにしようかしら」

「遠慮をしてちょうだい」


 果たしてカーリーが手にした茶葉はおいくらのものなんだろう。


 私はお湯を用意するカーリーから、玉ねぎらしきものをみじん切りにする桜に視線をずらした。慣れているのか見事な包丁さばきだ。


「何を作っているの?」

「見ていれば分かるわ」


 玉ねぎの次はにんじんを細かく切って、鶏肉を冷蔵庫から取り出す。材料を全て切り終えると、桜はなんとお米を取り出した。


「こんな西洋なところにお米あるの?」

「私より前に転移してきた日本人が作ったらしいわ」


 なるほど。先人たちが日本の暮らしに近しいものを作り出しているから、過ごしやすい世界になっているのか。


 みるみるうちにチキンライスが出来上がり、違うフライパンには卵が投入される。……オムライスだ。


「お茶どうぞ」


 凝ったデザインのカップにお茶が注がれる。


「シスター、いいやつ開けたでしょう」

「よそ見をしていると卵焦がすわよ」


 桜が小さく舌打ちをした。

 オムレツになった卵がチキンライスの上に乗せられる。


「はい」


 私の前に置かれたオムライスは、ナイフで切るとぶわーって中身が出てくるやつだ。実際に桜が包丁を通してくれる。


「美味しそう」

「美味しいわよ。冷めないうちに召し上がれ」


 カーリーのオムレツは焼かれ途中だ。私が遠慮をしているとカーリーから「どうぞ」と言われる。


「いただきます」


 特にサラダとかはついていないシンプルなオムライス。私はケチャップのついていないところからスプーンを入れた。


「美味しい!」


 卵の味が濃く、バターの風味が香る。チキンライスもべちゃっとしていなくて美味しい。


「……喜んでくれるのは嬉しいけど、そんな焦って食べたら喉に詰まらせるわよ」


 カーリーのオムライスも完成し、がっついて食べる私を見て桜は呆れた様子だった。


「この子、ご飯食べさせてもらってないの?」

「さすがに勇者様がそんなことしないと思うけど」

「あー勇者サマのところにいるんだっけ。あんな辺鄙な場所じゃ退屈じゃない?」


 確かに森の中も周りも何もないし、人っ子一人いなかった。


「桜たちは王都に暮らしてるの?」

「えぇ。私はここの二階に。シスターは教会の寮にいるわ」


 絶対にここで暮らした方が便利だもんね。

 ……勇者と呼ばれるほどの功績があるのなら、国の一等地くらいもらえそうだけど。


「勇者様は人混みが好きじゃないの。確かに王都に比べたら辺鄙かもしれないけど……」

「辺鄙なところで悪かったですね」


 突然、真後ろにイアが現れた。ドアが開いた気配もなかった。


「あら、勇者様。お疲れ様です」


 イアは小さく息をつき、私の右隣の空席に座る。


「いつものください」

「だから今日はお休みなのだけど」

「二人には出しているじゃないですか」

「はいはい、少々お待ちください」


 イアの「いつもの」って何だろう。


「王都は楽しめましたか?」

「異世界って感じで……なんかわくわくしたよ」

「そうですか」


 全てを見透かしたような瞳が私をじっと見る。


「カーリーには手間をかけさせましたね。これ、約束していたものです」


 突如、イアの手のひら上に焦げ茶色の紙袋が出現する。


「勇者様、ありがとう!」


 席から立ち上がり、カーリーは驚くことなく紙袋を受け取った。


「今度は何を頼んだのよ」


 ボウルで黄色の液体をかき混ぜながら桜が話に入ってくる。


「秘密」

「お酒ですよ」

「ちょっと何で言うの!」

「別に隠すようなものではないでしょう」

「まぁ、修道女が酒飲みというのは問題よね」


 桜は呆れた顔をすると、小さなフライパンを火にかけた。

 ……桜はお酒飲まないのかな。


 カーリーが自席に戻り、紙袋の中身を取り出す。おしゃれなガラスに入った琥珀色の液体。ウイスキー?


「寮に持って帰れないから、今日も預かりお願いね」

「うちはバーじゃなくてカフェなのだけれど」


 生地を焼く片手間で桜がボトルを受け取る。よく見ると棚の中には結構な数のお酒がしまわれている。

 フライパンの中身が焼けてきた。ホットケーキだ。イアは甘いもの好きなのかな。


「シー、松葉杖はどうでしたか。転んだりしていませんか」

「歩き慣れなかったけど、転んではいないよ。カーリーがゆっくり歩いてくれたし」

「変なのにちょっかいをかけられていませんか?」


 イアの視線が私から調理中の桜に移る。


「何もなかったですか、サクラ」

「何もないわよ。何で私に聞くの」


 綺麗に焼けたホットケーキが積み重なっていく。バターを乗せて、シロップをかけて完成。


「どうぞ召し上がれ」

「いつもより一枚多いですね。ありがとうございます」


 イアは一口大に切ったホットケーキを口に運んでいく。表情は変わらなかったが、黙々と食べているということは美味しいということだろう。


「一口いりますか?」

「ぁ、いや」


 食べている姿が綺麗でつい魅入っていると、欲しがりさんに思われてしまった。


「遠慮しなくていいですよ」

「じゃあいただこうかな……」


 そう言うとイアはホットケーキが刺さったフォークを私に向ける。


「? どうぞ」

「どうも……」


 カーリーも桜も気にしていないようだったので、私はそのままホットケーキを口に入れた。メープルシロップの甘さが懐かしく感じる。


「いつもイアはホットケーキを食べているの?」

「そうですね。大体はこちらをいただいてます」

「勇者様は甘いものが好きよね」

「そういうあなたは酒好きですね。人間なんですから、お酒はほどほどにしないと体を壊しますよ」


 甘いものだって食べ過ぎたら病気になりそう。


「ご馳走様です」


 あっという間にイアがホットケーキを平らげていた。


「食べるの早いんだね」


 私と食べた時は合わせてくれてたのかな。


「シーを待たせても悪いですし」

「そんな、私は全然気にしないのに……」


 なんならカーリー、特に桜とはもっと話をしたい。


「もう行くの?」


 桜に聞かれて「はい」と答えると、イアは彼女にお金らしきものを渡す。


「ご馳走様です」


 語尾にハートマークがつくくらい嬉しそうにカーリーが言う。


「ご、ご馳走様……」


 私もお礼を言う。


「シー」


 ゆっくり立ち上がろうとした時、桜が私を呼び止めた。


「もっといろいろ話したいからまた来て」

「うん、分かった」


 恥ずかしいのか小さく手を振る桜に手を振り返し、私とイアはカフェを出た。


「サクラとは話せましたか?」

「あまり」

「また来ましょう。聞きたいこともゆっくり考えればいいんです」

「でも私は一人でここまで……」


 森の中からここまでの距離、さすがに今の調子じゃ歩き切れない。


「いつだって私がお供しますよ。心配しないでください」

「……どうして私にそこまでしてくれるんですか?」

「私はあなたに幸せになってほしいからです」

「それってどうゆう……」

「日が傾いてきましたね、行きましょう。歩けますか? それとも抱っこしましょうか」

「街中は自分で歩く……」


 寒い。吐く息が白く冷たい。早く帰らないと凍えてしまう。

 怒涛の一日だった。知らない環境で緊張していたのだろう、疲労を感じる。


 隣を歩くイアを横目で見る。同じ視線の高さ。フードで見え隠れする彼女の素顔は綺麗だ。

 特に会話はない。でも居心地の悪い沈黙ではなかった。


 異世界に来て初めて会った人が彼女でよかった。


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