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3話 シスター

「いい天気になって良かったですね」


 満足そうに話すのは、ローブを目深に被って人間一人を抱きかかえる怪しい妖精。


 さすがに人がいるところでお姫様抱っこは恥ずかしいと言ったのだが、他の運搬手段が今はないと言うことでこのような形になった。


 私が現在いるのは、堀と外壁に囲まれた大きな都市である王都。

 国随一の規模ということもあり、人が多い。

 すれ違う人たちを見る。多くが私たちと同じ人間の見た目をしていた。


「イア、どこに向かっているの?」

「もう着きますよ」


 イアが足を止めたのは大きな教会の前だった。この世界でも信仰の対象となる『神』なる者がいるようだ。


 教会の大扉は、イアが触れてもいないのに開く。家の扉もそうだった。きっとこれもイアの魔法だろう。


「あ! 待っていたわ。勇者様」


 銀髪のシスターと思われる女性がこちらにかけ寄ってくる。

 ところで勇者様と言うのは……?


「カーリー、遅くなってしまいすみません。今日はよろしくお願いします。この子がシーです」


 赤ん坊を見せびらかすように、イアは私をカーリーと呼ばれた女性の方に向ける。


「シー、この方はカーリーと言います。今日一日あなたの案内をしてくださいますから、仲良くしてくださいね」


 挨拶が終わると、私は硬いチャーチチェアの上に降ろされた。


「イアが案内してくれるんじゃないの?」

「私は別に用事があります。ちゃんと迎えに来ますから安心してください」


 イアにも会って三日というところなのに、また新しい人物が出てくるとは……不安だ。

 碧い瞳が私に注がれる。


「よろしくお願いします、シーちゃん」


 手を差し出されたので、私は手袋の上からその手を握った。華奢な細い手。


「こう見えて彼女はとても強いので、いざという時は頼りにしてください」


 いざと言う時ってなんだ。


「ではよろしくお願いします」


 イアが行ってしまった。


「わたしたちも行きましょう。勇者様から頼まれていたのだけれど、こちらを使って」


 カーリーが横から取り出したのは……松葉杖だ。


「使い方は分かるかしら?」

「多分……」


 木製の松葉杖を二本受け取り、通路で試してみる。私に松葉杖を使った記憶はないにも関わらず、私は自分の体の一部のように杖を使うことができた。


「問題なさそうね。では王都巡りをしましょう!」


 イアと違ってカーリーのテンションは高めで、表情もニコニコとしている。

 カーリーがゆっくりと歩き始めたので、私はその後を追う。


「あのっ」


 人混みに入る前に、私は気になっていたことをカーリーに問いかける。


「勇者様ってさっき呼んでいたけど、あれは……?」

「聞いてないの? 彼女はこの世界の勇者なのよ」

「勇者……」

「えぇ、何度も世界を救っているの」

「勇者がいるということは、この世界って治安悪いんですかね」


 恐る恐る聞いてみると、カーリーは私を安心させるように柔らかく笑った。


「偉大な勇者様がいるから、この世界はとても平和よ」


 よかった。戦乱の世の中だったら、間違いなく私は生き残れない。

 私の質問が終わったところで、再びカーリーが歩き始めた。


「フリーア王国は中心となるこの王都と、東西南北にある都市によって構成されているわ。中でも王都は物流の拠点ともなっていて、大体のものが揃うの」


 中心都市ということもあってか、道路に出ている屋台も人で賑わっている。


「何か欲しいものあったら言ってね」


 イアといい、カーリーといい、なんだか人が良いな。


「あ! ここのお店、美味しいウイスキーが多いのよ」

「シスターってお酒飲んでいいんですか」

「職務中でなければ問題なし!」


 そう言って、シスター・カーリーは親しげな店主からグラスをもらって試飲をする。私にも勧められたがお断りした。


 こんな真っ昼間から飲酒している人を信じてよいのだろうか。


「シーちゃんは食べ物で何が好き?」


 私には記憶がない。すなわち好みも覚えていない。


「分からない、です」

「敬語で話さなくて大丈夫よ。食べたいものなんてその時々だから難しいわよね。でも、勇者様の料理は美味しいでしょ」


 確かに自分で言うぐらいには美味しかった。


「そうそう、異世界と言えばの場所らしいのだけど」


 大きい建物の手前でカーリーの足が止まる。


「ここはギルドよ。主に戦闘を伴う依頼が集まるところで、手っ取り早く稼げるの」

「……私には縁遠いものですね」

「あと有名なところだと商会かしら。少し北側にあるの。こちらは採取系の依頼が多いから、ギルドの仕事よりは安全なの」


 慣れない世界では、人を相手にする仕事よりは採取の仕事がやりやすいかもしれない。


 そう、仕事。十六歳である私がアルバイトをしたことがあるかは分からないけど、生きるためには働かなければならない。元の世界に戻るために奔走する前に生活基盤を固めないと。


「もしかして働かないとって思ってる?」


 カーリーは足を止めて、並べられているフルーツ飴を物色しながら言う。


「シーちゃんのことは勇者様が面倒みてくれるんじゃないかしら。あの方はお金に困っていないし、時間も余らせているから甘えて平気よ」


 そんなこと言われても……。嬉しいことだけど申し訳なさが先に立つ。


「今日もシーちゃんが欲しがったものは何でも買っていいと言われているし、甘いものでも食べましょう。どれがいい?」


 カーリーの横に立って屋台の中身を覗き込む。

 パネルに書かれている文字は読めないけど、並んでいるフルーツたちは私の知っているものと瓜二つだった。


「わたしはイチゴにしようかしら」


 何かしら縁があって同じ名称をしているのか。それとも最初からイアと会話ができたように、勝手に聞こえる音が翻訳されているのか。


「……じゃあ、私はミカンで」


 カーリー食べるぞという圧に耐えられず、私は食べやすそうなミカンを選ぶ。

 店主とカーリーがやり取りをしている姿を観察してみるが、通貨は円でもドルでもなく、銀貨と銅貨が使われていた。


「ここじゃ邪魔になるし、この先にある公園に行きましょう」


 私の分の串もカーリーが持ってくれる。歩くのも大変だが、両手を使えないというのもすごく不便だ。


 今歩いている通りは食べ物を主に売っているところらしい。あちこちからいい匂いがする。


「大丈夫? もう少しで着くからね」


 歩きづらい。疲れる。なぜ私の右足は動かないんだろう。


「見えてきたわ」


 カーリーが指す方向を見ようと顔をしっかり上げる。


 公園と言うから子供が遊ぶような小さなものを想像していたが、そこにあったのは観光地にものりそうな整備された庭園。

 草木には雪が積もり、幻想的な世界が広がっていた。


「よかったわ、ベンチが空いてて。どうぞ」


 カーリーはポケットからハンカチを取り出し、ベンチの上に広げる。


――出来る彼氏か!


「ありがとうございます。でも、ハンカチ汚れちゃうから……」

「そんなこと気にしないで」


 ハンカチの隣にカーリーが座ってしまう。


「どうぞ」


 二度目の勧めを断れず、私はゆっくりと腰を下ろした。


「はい、お昼前だから内緒ね」


 ミカン飴を受け取る。


「お茶も今淹れるわね」


 カーリーがコップに水筒の中身を注ぎ、手を添える。すると茶色い液体からたちまち湯気が立ち始めた。


「カーリーも魔法を使えるの?」

「わたしのは魔術だけど、使えるわよ」


 魔法と魔術って何が違うんだろう。


 聞こうと思ったけど、それよりも先に冷たくなった指先を温めたくてカップを手に取った。

 イアが淹れてくれたものと香りは異なるが、紅茶のようだ。


「美味しい……」


 寒い時には効く。


「この公園にはいろんな花が植えられていてね、今は冬だから見れないけど……春になったらとても華やかになるの」


 それは見てみたい。でも春まで元の世界に戻れないのもどうなんだ。


 ミカン飴を一つ齧ってみる。……うん、ミカンの味がする。


「カーリー、聞いてもいい?」

「えぇ、なにかしら」

「魔法と魔術って同じものではないの?」

「違うわ。簡単に言うと魔術は魔法の下位互換に当たるわ」


 魔法の方が優れているわけか。イアが使っていたのは魔法だよね。


「魔法は体内の魔力と空気中に漂う魔力の両方を使うの。しかし、魔術は後者だけね」


 空気に魔力が含まれているのか。全然分からない。


「体内に魔力を蓄えられるのは一部の種族だけななの。人間には無理」

「妖精、ですか」

「他にもエルフがたくさん魔力を持っているわ」


 この世界にはたくさんの種族がいるのだろうか。街中を歩く限りは人間ばかりだった気がする。


 私はイアの顔を思い浮かべながら、残りの紅茶に口をつけた。

 イアは自身を妖精だと言ったが、見た目は私と変わらない人間だ。種族が違っても、見た目には出ないものなのかな。


「そろそろ冷えてきたわね」


 最後のイチゴを食し、カーリーはベンチから立ち上がった。


「もっと公園の紹介もしたいのだけれど……、お腹も空いてきたし、それに寒いからお店で温かいものでも食べましょう」


 私も慌てて立ち上がる。杖がないと踏ん張れないのはもどかしい。


「ハンカチ、洗って返しま……」

「気にしなくていいわよ」


 私が拾うより先にカーリーがハンカチを手に取った。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 ミカン飴を食べたと言っても、あれくらいじゃ腹の足しにはならない。私もお腹が空いてきた。


「ちょっと歩くけど大丈夫?」

「うん」

「辛かったらすぐ言ってね」


 カーリーは串をゴミ箱に捨ててから、私を先導するように歩き始めた。私もそれについていく。

 空が青い。一昨日の雪が嘘のようだ。


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