20話 虚空の口づけ
暗いけど近くに建物が見えた。入り口は厳重に鍵がかかっているようだったが、イアが近づくと勝手に外れ、勝手に扉が開く。真っ暗な空間にぼぅっと火が灯り始めた。イアの仕業だろう。
中は狭い。煙突状になっていて、中には石造りの螺旋階段しかない。
「上がりますか」
「上がるの!?」
結構な段数あるけど、この状況で上るの? まともにお姫様抱っこもできていないのに。
「すぐですから」
螺旋階段の中心はデッドスペースになっていて、イアはエレベーターのように一瞬で上っていった。
上りきった先にあったのは外に抜けた小さな空間。頭上には大きな鐘がある。……ここは鐘楼?
イアは私を塔の端に下ろす。って高っ!? 放り出された足から地上まで結構な距離がありますが!?
「良い眺めでしょう」
「や、ちょっと怖い……」
下を覗き込んだら死ぬ。
「紅茶が冷めちゃいますね」
イアが隣に座り、フードを外してから紅茶のカップを手にする。
「もうこの鐘楼は使われていないので、誰かが来る心配はありませんよ」
「そんな心配より、バランス崩して落ちる心配をしたい」
風が吹くだけで怖い。
「確かに少し今日は風が強いですね」
イアの長い髪が風でなびく。月明かりに照らされる金色の髪は星のように輝いている。
「綺麗……」
思わず心の声が漏れる。慌てて取り繕うとしたものの、
「そう、良い眺めなんです」
と見当違いな台詞が返ってきた。
「シー」
いつも通り抑揚のない声。いつも通り虚ろな瞳。
少し冷えたイアの手が、私の前髪をゆっくりかき上げる。そして、何か願いを込めるかのように優しく私の額に口づけをした。
「シー、どうか幸せになってください」
その言葉は懇願のようにも感じられた。
ちょっとおかしくって、私は笑みを零しながら彼女の手を取る。
「私は幸せだよ。イアといられて毎日楽しいし、きっと明日も楽しい」
どうにもイアには伝えきれていない気がする。私は思い切って彼女を抱き締めてみた。さすがのイアも少し動揺した素振りを見せる。
「うん。幸せ」
「幸せ、ですか」
「イアは幸せじゃないの?」
「そうですね……」
イアの腕が私を抱き返してくれる。
「幸せなのかもしれません……」
「それならよかった」
幸せを零さないようにと、私たちはしばらくお互いの温もりを感じていた。
しばらくしてから、私はイアから離れると鞄を開け、タイミングを逸脱していたプレゼントを取り出す。
「イア」
短い彼女の名前を呼ぶ。呼ばなくても通じる距離にいるけど口にする。
「お誕生日おめでとう」
「……どうしてそれを?」
金色の目が大きく見開かれた。私が抱きついた時よりも驚いている。
「ハードゥから聞いたの。永陽祭の日がイアの誕生日だって。だから桜のところでお手伝いしたり、カーリーとクエスト受けに行ったりしてお金貯めたんだ」
ピンク色の小箱をイアの手に置く。
イアは「いいんですか?」と確認をしてから、リボンをゆっくり外した。中から出てきたのは、ピンクゴールドのヘアピン。メタルチェーンがリボンの形になっている。
「春らしい色がいいかなと思って。どう? 可愛くない?」
「こんなもの……私にはもったいないです」
「もったいないなんてひどい! イアに似合うもの探したんだから」
私は「貸して」と言って、イアの手からヘアピンを取る。わずかな抵抗をしてくるイアを無視して、金色の髪にヘアピンを留めた。
「ほら、やっぱり。イアに似合う。……お誕生日おめでとう。いつもありがとうね」
「こんなに嬉しい誕生日はいつぶりでしょう……。ありがとうございます」
そう言ってイアはゆらりと立ち上がる。よくこんな縁で立ち上がれるな……。
「幸せな日をくれたお礼です」
イアが右手の人差し指を顔の間で立たせる。ビー玉くらいの金色の光の玉が現れて、イアはそれをゆっくりと地上に放った。光は雫となり地表で小さく波打つと波紋が王都中に広がった。複雑な魔法陣のようなものが地表に描かれて、そこからたくさんの光の玉がゆらりゆらりと飛んでいく。
地表から見ても圧巻だろうが、上から見るのも絶景だった。近くに飛んできた光を触ろうと試みるも、掴むことはできない。
「うわっ!?」
塔の上ということを忘れていた。一瞬重力が無になる。
「何をしているんですか」
落ちたと思ったが、私の体は宙に浮いている。そして腕を引かれ、イアの膝上に着地した。
「いやいや、これも落ちる!」
「私が抱えているのですから、心配はありません」
ぎゅーっと体が引き寄せられる。
「……キスしてもいいですか」
真面目な眼差しに思考が固まる。
「さっきしたよね……?」
「ここにです」
イアの人差し指が私の唇に触れる。
「っ……!」
「ダメですか」
上から降り注がれる視線。目を離すことができないまま、私はイアの腕の中で固まる。
「シー?」
「いいよ」
私は小声で呟く。自分の言葉で顔が焼けそうだ。
私が前言撤回する前に、イアの唇が私の唇に重なった。
柔らかい。温かい。いつものイアの匂いがする。
「ありがとう、シー」
ほんの、ほんの少しだけイアが照れたように笑った。
「それでは今から帰ってご飯にしましょう」
「え、今から?」
「だって、シーお腹空いてるでしょ」
確かに食欲不振はなくなって、空腹感を覚えている。何で私より先にイアが気づくんだ。
「帰りましょう」
「うん」
イアが私を抱えたまま塔の外へ飛び出す。ひっ!? 人間にそもそも飛ぶ機能はついていないんだ。
「今日はとても良い夜です」
「それは良かった……」
今もまだ顔が熱い。イアの顔を見るのが恥ずかしくて、私は彼女の胸に顔を埋めるのであった。
ここまで『妖精勇者はハッピーエンドを迎えたい 融雪の祭典』をお読みいただきありがとうございました!
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