19話 新年の挨拶
空が橙色に染まってきた。相変わらず空は晴れていて、夜まで雨の心配はなさそうだった。
出店が集中している道路から一本逸れると、少しだけ穏やかな時間が流れている。
そこで私たちは仕事中の彼女とばったり遭遇した。
「ハードゥ……」
嫌そうな声色だった。もう少し表に出さないようにしてくれないかな。しかし、ハードゥはイアの態度を気にする素振りを見せない。
「勇者にシー。明けましておめでとう」
「お、おめでとうございます」
私が戸惑いながら挨拶を返すと、イアが補足をしてくれた。
「この世界では永陽祭が行われる今日が新年にあたります」
「もっと早く教えてよ」
年賀状みたいのを書く風習とかあったらどうしよ。何もしてないよ。
「ごめん。私の方から教えておけばよかったね」
「いや、ハードゥは悪くない」
イアにいたっては、私から何も言わなければ永陽祭のことも教えてくれなかったに違いない。ハードゥとは話して良かったと思う。
「ハードゥ、あなた仕事中でしょう。こんなところで油を売ってていいんですか」
「パトロール中だ。サボってなどいない」
二人の間に険悪な空気が流れ始める。
「サクラのお店には行ったかい?」
「ううん、まだ。夜ご飯にしようかと思っていて」
「そうか。それは残念だ。盛況だったみたいで店仕舞いをしていたよ」
「じゃあいなくなる前に挨拶に行こっか。イア」
「そうですね。とっととこの場を離れましょう」
「イア……。ごめんね、ハードゥ。お仕事頑張って」
「あぁ、ありがとう、シー。勇者、貴様は面倒事を起こすんじゃないぞ」
イアが足早にハードゥの元を去る。
「何であんなにハードゥのこと嫌がるの。悪い人じゃないでしょ」
「人じゃなくてエルフですけどね」
「屁理屈言わない」
まったくもう……。
「……間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいんたけど、もしかして私がお姫様抱っこされたり、二人で仲良く出かけたりしたから対抗心抱いてる?」
「…………そういうわけではありません」
そうゆうわけらしい。特にお姫様抱っこの方が効いているようだ。
「もうイア以外に抱っこされてりしないから、ハードゥのことは許してあげて」
元々仲が良いわけでもないんだろうけど、もう少しお近づきになってほしい。
「出来れば誰にもシーに触れさせたくはないのです」
イアが小さな声で零す。
「どうして……イアはそこまで私を大事にしてくれるの」
言葉を選んで聞いてみる。しかし、イアは答えてくれなかった。
気まずい空気が流れる中、桜のお店に辿り着く。片付けをする桜とカーリーがまだいてくれた。
「明けましておめでとうございます。勇者様、シーちゃん」
「明けましておめでとう」
二人の挨拶に私もイアも言葉を返す。
「来るの遅いじゃない。売り切れちゃったわよ」
「サクラの見通しが甘かったのではないですか」
「返す言葉もないわ。でも赤字にならなかったから結果オーライかしら」
異世界に来てまで借金生活嫌だもんね。
「勇者様とシーちゃんはまだお祭り回るの? わたしとサクラちゃんもこれから回るつもりなのだけど」
つかさずイアが答える前に私が答える。
「ありがとう。でも今日はイアと回ることにしてるから」
気を使ったわけではない。ちゃんと彼女と向き合っていた方が良いと思った。
「イア、行こう」
「いいんですか?」
「うん。挨拶はできたから。別の場所で夕飯探さないとね」
二人に「またね」と手を振って、また人混みの方へ戻っていく。
「お好み焼き食べるつもりだったから、代わりに何を食べていいか分かんないね」
「ソースを使ったものってありませんからね」
日が暮れてきて、街中に美味しい匂いが広がってくる。しかし、これという夕飯には出会えない。イアは主張をしてこないし、何にしよう。
「決まらないなら帰って何か作りましょうか」
「いや、それはちょっと……」
今帰るのは都合がよろしくない。
「いや、イアのご飯を食べたくないということじゃなくてね。まだお祭りを楽しみたいという意味で」
「それならもう少し回ってみましょう」
街中がオレンジ色に染まる。賑やかな音がどこか遠くにも聞こえる。少し寂しくなって、イアの首に回している腕を強く締め直した。
「どうしましたか」
「ううん、別に」
お腹空いてないのかもな……。食欲がないと言った方が近いだろうか。
「イア、何か温かいもの買って、どこかで落ち着こうよ」
「分かりました」
近くの屋台で紅茶を二つ購入する。
「ちょっとシー持っててください」
「えぇ……」
いや、仕方ないんだけどね。イアは両手が塞がっている。私はイアに回していた腕を外し、カップを二つ受け取る。腕がプルプルする。新しい服だから零したくないな。
「イア、その辺でいいんじゃないかな」
「いえ、ここは人が多すぎるので移動します」
なんともアンバランスな状態のまま、イアは人混みを進んでいく。私は紅茶を零さないようにするので精一杯で、周りなど見ている余裕はなかった。
気がついた時にはあまりにも人気がなくて、イアと一緒でも不安になるそんな場所にいた。




