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18話 祭りの始まり

 月が変わって、永陽祭の日がやってきた。いつもより早く目が覚めたけど、もちろんイアは起きている。


「おはよう」

「おはようございます」


 挨拶と共に抱き締められた。私もまだ眠いので、特段抵抗はせずに受け入れている。暖かくてまた眠くなる……。


「もう少し眠っていても良いのですよ?」

「うーん……」


 心地よい。眠たい。良い匂いがする。寝たい。


「寝ない……」


 せっかくの日を早起きできたのだ。寝てはもったいない気がする。


「でももうちょっと……」


 目を閉じないように、ぼーっと目の前にいるイアの顔を見る。抱き締められているわけだから、距離も近い。でも、私は寝ぼけていたから距離感には気づけなかった。


「シーは低血圧ですか?」


 そんなことはないと思う。普段はもう少しちゃんと起きられているし。


 ダメだダメだ。シャンとしなきゃ。私は一度瞼をぎゅっと瞑ってから目を開ける。クリアになった視界の先にはイアの顔があった。


「うわっ!?」


 あまりの近さにびっくりしてしまう。


「何ですか。驚かせないでください」

「こっちの台詞だよ……。近いんだって」


 巻き付いているイアの腕を離し、私は体を起こした。


「びっくりして眠気飛んだ……」

「それは残念です。もう少し近くで見ていたかったのですが」


 イアも起き上がってくる。人の話を聞いてないのか、私の手を掴み、また顔を寄せてくる。


「朝から何?」

「良いじゃないですか。ちょっとくらい」

「ちょっとはさっき使い切りました。お引き取りください」


 まったくもう。朝から甘えん坊モードだと、夜にはどうなっていることか……。


「仕方ないですね……。朝食を作ってきます」

「あ、そうだ。今日って何時に出るの?」

「お昼を食べてからでいいと思います」

「そっか。分かった。じゃあ朝ご飯お願いします」


 私も支度をしよう。

 洗面所で髪を梳かしながら、今日はどんな髪型にしようか悩む。そうだ、どうせなら……。


「イア、今日お揃いの髪型にしてお祭りに行こうよ」


 キッチンにいるイアに声をかける。


「別にいいですけど、私はどうせフードを被ってしまいますよ?」

「いいよ、それでも。私たちだけのお揃い」

「分かりました。あとで結んであげますから、どんな髪型がいいのか考えておいてください」


 ソファに座りながら、キッチンのイアを眺める。どんな髪型でも似合うもんな……。イアがロングヘアで私はセミロングだから、まったく同じにはできない。お揃いっぽいのなにかないかな。


 この世界では、どんな髪型が流行っているんだろう。身近で髪を結んでいるのはハードゥくらいだし、彼女は動きやすさを優先してのポニーテールだと思う。


 イアを見ているついでに、キッチンに置きっ放しになっていたチョコレートの箱を見つける。多分お高いやつだったんだよね。リボンで包装もしてあって……。

 あぁ、そうだ。これを使えばいいんだ。


「朝ご飯できましたよ。今日はフレンチトーストです」

「分厚い! 美味しそう」

「バニラアイスもありますけど、乗せますか?」

「朝からアイスなんて食べていいの……?」

「シーが食べたいのなら持ってきます」

「……食べます!」


 熱々のフレンチトーストの上に大きなアイスが落とされる。いやー贅沢してるわ。


「イアは乗せないの?」

「私はシンプルにバターだけのが好きなんです」


 大人だ……。私は単にアイスも食べられるなら、という気持ちでいっぱいだった。


「でも、イアのフレンチトーストすっごく美味しいね。こんなにふわふわとろとろに作れるなんてすごい。毎日これでいいくらい」

「毎日作りましょうか?」

「いや……やっぱりたまにでいいかな」


 本当に毎日毎食フレンチトーストになりそうだ。


「シーは何を作っても美味しそうに食べますね」

「それはイアの料理が美味しいからだよ」


 あと、今のところ私に嫌いな食べ物はないらしい。イアの料理は何でも美味しくいただいている。


「ご馳走様でした」


 朝からこんな幸せでいいのだろうか。今日はいつも以上に良い一日になりそうだ。


「イア、今日のお昼ご飯は何?」

「えっ、まだ足りなかったんですか?」

「や、違う。お腹いっぱいだよ。ただ、次のご飯が楽しみだなぁと思って」

「ハードルを上げてきますね。ハンバーガーにしようかなと考えていましたが、別のものの方がいいですか?」

「ハンバーガー食べたい!」


 いくら何でも気が早すぎる私。お祭りのせいで気持ちが急いているのかもしれない。


「はいはい。分かりました。でも午前中はもう少しゆっくり過ごしましょう」


 私たちはいつも通り、勉強したり読書をしたりして午前中を終えた。お昼は分厚いバーガーと塩味の効いたポテトフライを食べる。


 それから洋服決め。今日は首に痕がないので、選ぶ幅が広がる。


「私はこのワンピースでいいですかね」

「春なんだし、もう少し明るい色のものにしたら?」

「ではこちらの白いので……」

「それはこの前出かけた時に着てたよ」

「私の服はいいんです。シーのものを決めましょう」


 以前買った春服の中からイアが何着か選び、私に当ててくる。


「実はスカートも買っておいたのですが、今日はいてみません?」

「スカートか……。まぁ今日くらいは……」

「言質取りましたよ? はいてから嫌だって言わないでくださいね」

「超ミニスカートとかだったら嫌って言う……」


 イアが取り出したのは、白いロングスカートだった。良かった、スリットとかも入ってない。


「やはりシーに似合いますね」


 選んでもらった洋服を一式着る。女の子って感じだ。


「うーん、なんか落ち着かない」

「その内慣れますよ」


 私がスカートにそわそわしている間に、イアも服を着替えてしまう。もっと口出ししようと思ってたのに!


「着替え終わったなら、髪やりますよ。どんな髪型にするか決めましたか?」

「髪型ね、決めたよ。リボンも一緒に編み込むのはどう? 色違いでさ」


 私はチョコの包装に使われていたリボンをイアに渡す。


「なるほど。では、シーは赤色で私は青色のリボンにしましょう」


 ベッドに腰を掛けて、イアに頭を任せる。あっという間に私の髪は編み込まれていった。鏡で形を確認してから、イアに向き直る。


「イアのは私がやってあげるね」

「では、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」


 私はイアほど器用ではないので、あんなにさらさらとは出来ない。ゆっくりでいいから解けないように確実にやっていこう。


「痛くない?」

「大丈夫です」


 痛くしても痛くないと言いそうだから困る。表情からも分からないし。


「出来たよ」

「ありがとうございます」


 多分イアが自分でやった方が綺麗なんだろうな。それでもイアは何一つ文句を言わなかった。


「準備できましたかね」

「う、うん。大丈夫」


 立っているイアにベッドの上から向き直る。約束通り、今日はずっと松葉杖なし生活。


「では、行きましょう」


 イアが私をお姫様抱っこし、玄関の開かずの扉を開ける。外は快晴。日差しも暖かい、良い日だ。


 いつもは外壁の外に人影はあまり見られないが、今日は観光客っぽい人が溢れている。イアの言う人混みという話は嘘じゃなさそうだ。


「相変わらず人間は祭り事が好きですね……」


 楽しくなさそう。


「イア、行きたいところあるなら行こう」

「シーが行きたいと言ったのですから、あなたの行きたい場所に行きましょう」


 確かに私が言い出しっぺだけども……。何かイアと一緒にできるものないかな。とりあえずイアには人混みの方へ歩いてもらう。


「ドレスとか着ている人もいるんだねぇ」

「着たかったですか?」

「やだよ……」


 子供は風船を持っていて、道は華やかだ。


「イア! 射的! 射的やりたい」

「意外と子供っぽいものを好むんですね」

「えー子供っぽいかなぁ……」

「いいですよ、やりましょう。片足だと難しいでしょうから、私が後ろから支えます」


 下ろした私をイアが後ろから抱きかかえる。いつの日か、デジャヴ。


「何を狙うのですか?」

「どうしようかな……」


 棚に並べられた的を見る。射的がやりたかっただけで、景品が欲しかったわけじゃない。


 一番上の棚にあった熊のぬいぐるみが目に入る。そこまで大きくはない。あれにしよう。お菓子を狙うよりは的が広い。

 弾は五発。一発でも当たればいいな。


「もっと前に身を乗り出さないと当たりませんよ」

「ひっくり返らない?」

「私が抑えているので大丈夫です」


 隣で子供のために銃を構えているおじさんを参考にしてみる。


 一発目はハズレ。二発目と三発目は熊の胴体に当たったけどビクともしない。落ちるようにできているのかな。

 四発目は熊の顔に当たって少し動いた。


「あのぬいぐるみが欲しいのですね」


 最後の弾を詰めてから、イアが私の手に触れる。私に覆いかぶさるようになって銃の照準を調整している。


「引き金を引いてください」


 彼女の指示通りに人差し指に力を入れる。解き放たれた弾は熊の脳天にヒットした。熊はゆらゆらと揺れると、頭から地面に落下していった。


「イアすごい!」


 私が何にも考えずにはしゃぐものだからバランスを崩しそうになる。もちろん倒れる前にイアが支えてくれる。


「気をつけてください」

「はい……気をつけます。にしてもイアって射撃も上手なんだね」


 悔しそうにしている店主から熊のぬいぐるみを受け取る。


「ありがとう、イア」

「撃ったのはシーですから。私はサポートをしたまでです。……ぬいぐるみが欲しいなんて子供らしい」


 熊は荷物になるのでイアに預けた。よく分からない時空の彼方へ消えてしまった。


「だってイアの家にぬいぐるみ一つもなかったじゃん」

「必要性を感じられませんからね」

「寝る時に抱っこしたりさ」

「私がいるじゃないですか」


 ぬいぐるみに対抗心を抱かれましても。


「ちゃんと後でぬいぐるみ返してね」

「寝る時はしまいます」


 射的屋を後にして先に進む。普段は見かけない雑貨屋を見たり、ガラス細工のお店で夏用のカップを見たり、北側から来たという珍しいお茶屋さんを見たりした。


 イアはちょくちょく意見を言うものの、最終的に私の意見を立ててくれる。


「イア、あっち見たい」


 お祭りの熱気のせいか、私がお姫様抱っこされていることを気にかける人もほとんどいない。私もいつもの羞恥心を忘れ、イアにあれこれと指示を出す。


「ごめん、さすがのイアも疲れたよね」

「いえ、まったく。シーのことなら年中持ち上げたままでも平気です」


 正気なのか冗談なのか分からない……。まぁ、疲れている様子はないから大丈夫なのかな。


「シーを抱えたままでいると、どこかに行ってしまうんじゃないかと心配しなくていいので、気楽ですらあります」

「どこにも行かないよ……」


 正確には行けない。行くつもりもないけどね!


「毎日お祭りなら合法的にシーを抱っこできるんですけどね」

「別に普段が非合法ってわけじゃないよ……」

「じゃあ!」

「でもダメです」


 恥ずかしいので。


 時間が経つにつれ、人がどんどん増えている。確かに松葉杖じゃ上手く移動できなかっただろう。


 イアと来れて本当に良かった。


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