表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

16話 試食会

「永陽祭ですか。そう言えば来月でしたね」


 帰って落ち着いてからお祭りの話題を振ってみた。イアはあまり興味がなさそうだ。


 私がこしらえてきた話題よりも、今は私を抱き締めてる事実の方が大事なのだろう。

 ベッドの上で横にならず、膝の上に私を乗せて抱き締めている。


「シーは永陽祭に行きたいのですか?」

「うん。桜も出店するらしいから、ぜひイアと行ってみたいな」

「……分かりました。お連れしましょう。ただし、相当な人混みになりますから松葉杖は使えないかもしれませんよ」

「えぇ、まじか……」

「私の抱っこでいいですよね?」

「本当に人混みすごいんだね?」

「内外から人が集まるので混むのは事実です」

「それなら仕方ないな……」


 参加するのが優先だ。羞恥心は目を瞑ろう。


「そう言えば、サクラから試食会をしたいから来てほしいと言われてました」

「今思い出した風に言ってるけど、ずっと覚えていたでしょ……」


 桜もイアに伝言するのはやめてほしい。他にも止められている話がありそうだ。


「で、その試食会っていつなの?」

「明日です」

「急! 私が今日言い出さなかったら行く気なかったでしょ!」

「忘れていただけですよ」


 どうだか……。白々しい。


「一応行くと伝えておきますか」

「この時間に? どうやって?」

「手紙を書いてポストに投函します」

「行くの?」

「行きませんよ」


 イアは魔法を使って文房具が入っている引き出しから便箋とペンを取り出す。


「書くならどくよ」


 私が膝の上から下りようとすると、逃がすまいとしっかり片腕でホールドされた。


「どかなくていいです。このままでも書けますので」


 空中に浮かぶ便箋に空中に浮かぶペンが走る。器用な魔法だな。封筒に便箋を入れるのも、封蝋を済ませるのも魔法で片手間。


「後はポストに入れるだけです」


 書き上がった封筒が便箋ごと燃えた。しかし、燃えカスは残っていない。


「さぁ終わりました」


 ハグに力が込められる。ちょっと苦しい。


「甘えん坊さんだな……」


 油断していると首筋に生温かくて少し硬いものが這う。


「ぎゅっとするだけって言ったじゃん! ……んっ、ゃっ……」


 私の言葉を遮るようにイアは舌を動かす。


「もう! やめる!」


 イアの頬を両手でサンドする。それから頭を首から離す。


「何をするんですか」

「こちらの台詞だよ! ぎゅっとするだけって約束したでしょう」

「ちょっとくらいダメですか?」

「ダメ」


 甘やかすとつけ上がるに違いない。昨日甘やかした分、今日は厳しくしよう。


「じゃあいいです」


 諦めたらしきイアは顔を私の胸に埋める。どうやら私の匂いを嗅いでいるみたいだ。


「いつまでそうしてるつもり?」

「もう少し」


 しばらくかかりそうだな。仕方なく私もイアの背中に手を回す。


 ……食事会、明日って言ったよね。背中に回した右手を回収し、自分の首を触る。触って分かるものじゃないが、触る。


「イア、鏡取れる?」

「今取り込み中なので無理です」


 お風呂の時ついていたから、今見ても変わらないか……。イアがしっかりつけた噛み傷とキスマークは健在だ。


 明日もタートルネックを選ぶしかない。

 ハードゥはキスマークだと分からなかったけど、カーリーと桜はピンとくるだろう。


「ねぇ、今日着たやつ以外にハイネックの服あったっけ?」

「分かりません」


 くぐもった声が返ってくる。まともに返事をする気がないな。


「明日着たいんだけど」

「別に隠さなくて良いと思いますよ」

「イアは良くても私は良くない」


 また平行線だ。イアが意見を譲るとも思えない。何を譲ればいいものか……。


「イア」


 とりあえず彼女の名前を呼んでみる。下から「はい」と返事は返ってきた。あまり甘やかしたくはないが……。


「さっきはダメって言ったけど……、……首舐めてもいいよ」

「本当ですか?」

「うん、その代わり明日はハイネックの服を選んでね」

「取り引き、成立ですね」


 イアが顔を上げて、私の首に吸い付く。キスしていいとは言ってないんだけどな……。軽いものならいいか……。


「んっ……」


 無防備な首の上をイアの舌が這うたびに、こそばゆさに襲われる。耐えているとイアが突然顔を上げて、私の顔を覗き込む。


「どうして声を我慢するのですか?」

「どうしてって……恥ずかしいから?」

「私はシーの声を聞けた方が嬉しいのですが……」


 イアの顔が引っ込んで首元に戻る。今のはリクエストなのかな。聞く気はないけど。

 ひとまずイアの気が済むまで無心になろう。




 起きてから鏡を見てみたが、首の痕は消えるまでもなく、私の記憶違いじゃなければ増えているように思える。溜息をつく私をよそに、イアが私に体を寄せてくる。


「イアって何時に起きてるの? いつも私より早いよね」

「特に寝てないですよ」


 そう言えば寝なくても平気な体だとか言ってた。それならそもそもベッドを用意する必要がないのでは?


「寝ないで何してるの?」

「シーの寝顔を見てます」

「やめてよ……」


 私、寝ている間に何かされたりとかないよね?


「では起き抜けのシーを拝めたので、私は朝ご飯を作りますね」


 はぁ……。私も朝支度をしよう。自分でできることはちゃんと自分でやらなきゃ。

 そんな偉そうなことを言っても、ご飯を作るのも、洗濯をしてくれるのも、全部イアだ。手伝おうとしてもイアは遠慮する。


「今朝は支度に時間がかかっていますね。ご飯出来ちゃいましたよ」

「あ、ごめん。すぐ行くから」

「焦らなくて結構です。転んだら大変ですよ」


 いつものように朝ご飯を食べる。今日も美味しい。


「試食会って何時から?」

「十二時過ぎに来るようにと言われています」


 それなら全然時間に余裕はありそうだ。服を選ぶので揉めないといいなぁ……。でも、約束はさすがに破られないだろう。あんだけ譲歩したんだから。


 結果的に、イアはちゃんとタートルネックの薄手ニットを選んでくれた。でも昨日と同じで、痕が全て隠れるわけではない。


「今日も似合ってますよ、シー」


 私の着せ替えが成功したことにイアは満足そうだった。


「まだ時間がありますね。街で何かサクラへのお土産でも買っていきますか?」


 そんな気遣いができることに驚く私。


「いいと思う。ご馳走になるだけじゃ申し訳ないし」


 果たして、桜は一体何が好きなんだろう。料理をするせいか着飾ってもいないし、何が喜ばれるか難しい。


「適当に食べ物をあげておけば喜ばれるんじゃないですか」


 適当だなぁ。好き嫌いがあるかもしれないのに。


「イアは桜の好きなものとか知らないの? 私よりは付き合い長いでしょ」

「サクラのですか。お酒は飲みませんね。甘いものを作るのは上手だと思います」


 全然大した情報がない。無難にお菓子を買っていくのがいいかな。


「買い物をするなら早めに出よう」


 私は無意識にイアの方へ両腕を伸ばす。意味は絶対に分かっているはずなのに、イアは私の手を絡み取り、抱きついてくる。


「ハグを求めたわけじゃないんだけど」

「そうなのですか?」


 わざとらしい。イアは意外にもすぐ離れて、いつも通り私をお姫様抱っこしてくれる。


「忘れ物はないですね」

「ない」


 私が持つものなんて何もない。

 森へ出るともうすっかり雪は溶けている。イアも冬の時に比べて歩きやすそうだ。


 景色の変わらない森の中は、今日も静かで生き物の気配がしない。もしここに一人取り残されたらと思うと怖い。


「とりあえずお菓子屋さんを見ていく感じでいいですか」


 街につき、私は松葉杖を両脇に抱える。


「どこかおすすめのところとかあるの?」

「最近は買い物していないので分かりませんね……。百年前のお店なら分かるのですが」


 老舗のお店あるかなー。

 ひとまず菓子店を探しながら歩く。


「イア、ケーキ屋さんあるよ」

「本当ですね。四人分買っていって皆で食べましょうか」

「今日って四人なの?」

「ハードゥは仕事で来れないそうです」


 真面目に働いているんだな。口ぶりからしてカーリーはいるようだけど、彼女はお仕事の方はよろしいのだろうか。


「シーはどんなケーキが好きですか?」

「んー分かんないけど、今はシンプルなショートケーキが食べたいかな」

「私はレモンパイにします。カーリーはキルシュトルテですかね」


 キルシュトルテと言われても分からなかったけど、おそらくお酒が使われていると推測する。


「桜はチーズケーキとかどうかな」

「いいですね。それにしましょう」


 イアが店員に注文を伝える。フード姿を訝しまれていた気がする。騎士団に通報されないといいな。


「いろんなケーキが置いてあるお店だったね。イアのレモンパイ、後で一口もらっていい?」

「二口だってあげますよ」


 ケーキの箱はイアが手に持ってくれた。


「じゃあサクラのところまで向かいますか」


 いつもと違う道順で進んでいく。街の雰囲気が変わって面白い。


 お昼時だというのに、人の気配はない。

 桜の店は休みにしているらしい。店の中にいたのは、店主の桜とカーリーだけ。今日はカウンター席ではなくテーブル席に座るように言われ、私はカーリーの正面に座った。


「……」


 目が合うなりカーリーは満面の笑みを浮かべ、自分の首をつんつんとする。満面の笑みで。

 せめて何か言ってほしい。


 カーリーは指をこっそりイアに向けた。他に相手などいないだろう。


「ごめん、ちょっとまだ出来ないからお茶でも飲んでてくれる?」


 桜が厨房から声をかけると、「はーい」とカーリーがお茶を取りに行ってくれる。


「サクラ、皆の分のケーキを買ってきたのですが置く場所ありますか」

「えぇ、わざわざありがとう。カウンターに置いといてくれるかしら。後で食べましょう」


 お茶を持ったカーリーが席に戻ってくる。カップに注ぐところまでやってくれる。


「ちゃんとお茶を飲むのですね。あなたのことだから酒瓶でもくすねてくるのかと思いました」

「さすがに試食会が終わるまでは真面目にやるわよ」


 真っ昼間から飲む気だな。


「永陽祭には二人とも来るの?」

「行くつもりだよ」

「そうなのね! わたしもサクラちゃんのお手伝いすることになってるから、ぜひ来てほしいわ」


 シスターって兼業していいのかな。


「カーリー、あなた、教会の仕事もあるでしょう。いいんですか」

「あっちの仕事はわたし以外でも成り立つじゃない」

「相変わらずの不良娘ですね」

「あらあら、勇者様には言われたくないわね。ね、シーちゃん?」


 私に振られても困る。確かにシーの最近の行いには目に余るものがあるが……。


「出来たわ! シスター、運んでちょうだい」

「はーい」


 この匂いはソースだ。日本食を作ったのかな。


「なぁに、これは」


 カーリーは食べたことのないものらしい。試作品がテーブルの上に置かれる。……お好み焼きだ。


「私も見たことないですね……」


 イアも興味津々にお好み焼きを見ている。料理オタクとして気になるのだろう。


「お好み焼きって言うのよ。シーは分かるわよね?」

「知識としては知ってる」


 食べたことあるかは分からない。


「豚玉とシーフードを用意してみたの。熱いうちに食べてみて」


 目の前に置かれた少し小ぶりのお好み焼き。桜がわざわざ箸を用意してくれたから、それを使う。意外なことにイアも箸は使える。カーリーはフォークで食べている。


 んー、生地がふんわりしている。豚肉はカリッとしているし美味しい。シーフードの方は魚介がぷりぷりしていて食べ応えがある。


「キャベツと小麦粉ですか? それでこんなにもふんわりと仕上がるものなんですね……」

「山芋を入れるといいの」

「なるほど」


 一人で料理研究を始めちゃってるよ。

 カーリーは一口食べるごとに美味しいと桜に伝えている。


「シーはどう? 日本人としての意見も聞きたいわ」


 私は先程抱いた感想を口で伝える。桜は皆に褒められて嬉しそうだ。


「改良点もあれば教えてほしいわ」

「……強いて言うなら、フォークだと切りづらいし、ナイフを貸し出すわけにもいかないから、屋台で出すなら最初から切ってあると食べやすいかもしれないわ」

「盲点だったわ。ほとんどの人が箸なんて使えないものね」


 感想戦が終わった後は、各自のペースでお好み焼きを食べる。


「サクラ、今度お好み焼きの作り方を教えていただけますか」

「もちろん」


 気に入ったのかな。今度はイアのお好み焼きが食べられるんだ。楽しみ。


「水につけたいからお皿下げるわね」

「ご馳走様」

「カーリーはケーキと新しい紅茶用意して」

「なんだかわたしだけ人使いが荒いわね……」


 カーリーは文句を言いつつも、桜に言われた通りに準備をしていく。


「ケーキ美味しそう!」

「え、どれどれ」


 桜とカーリーが箱を開けてきゃいきゃい盛り上がっている。


「ケーキにしてよかったね」

「そうみたいですね」


 テーブルの上に華やかなケーキと、新しいティーカップが並べられる。


「ここのケーキ食べてみたかったのよね。高かったんじゃない?」


 値段なんて見ていなかった。ケーキなんて大して値段が変わらないだろうと思っていたからだ。イアの方を見る。


「値段を見ずに買ったのでよく分からないです」

「分からないって……支払いしてるでしょ」

「…………」


 金銭感覚がないのか、わざと黙っているのか分からない。


「今さら返品できないし、ありがたくいただくわ」


 桜がフォークをチーズケーキに刺す。タルト生地の割れるいい音がした。


「わたしもいただきまーす」


 カーリーが一口食べるのを見届けてから、私とイアも各々のケーキを食べ始める。生クリームの甘さがソースの酸味を中和してくれる。


「シー。私のレモンパイどうぞ」


 イアがフォークにレモンパイを一口乗せて寄越してくる。


「ありがとう」


 いつもの調子で私はイアのフォークに直接口をつける。


「仲良しね〜」

「ねぇ」


 しまった。最近あーんされたりしてたから、疑うことなく受け入れてしまった。


「もう一口どうですか?」

「ありがとう、でもいらない……」


 レモンパイは美味しい。レモンパイに罪はない。


「ショートケーキも一口ください」

「どうぞ」


 私はお皿ごとショートケーキをイアの方に動かす。もちろんイアは不満気だ。


「たまには私にもあーんしてくれてもいいんじゃないですか」


 イアが自分の唇を人差し指で触る。


「シーちゃん、やってあげればいいじゃない」

「そうよ。減るもんじゃないじゃない」


 カーリーは面白そうに、桜はくだらないものを見るようだった。


「二人がこう言ってますし、お願いします」


 もう逃げられない。私は諦めてショートケーキをイアにあーんした。


「たまにはされるのも悪くないですね」


 今度から何かと要求されそうだ。


「サクラちゃんもわたしの食べる?」


 カーリーが桜にフォークを差し出す。


「ありがとう。いただくわ」


 しかし、桜は自分のフォークでキルシュトルテを奪っていく。


「はい、良かったら私のもどうぞ」


 桜はカーリーに自分の皿を差し出す。


「サクラちゃんはつれないわねぇ。じゃあ、シーちゃん、わたしにあーんしてちょうだい」

「えっ!?」

「は?」


 私とイアの声が被る。


「カーリー、そんなにあーんしてほしいなら私がしてあげますよ」


 フォークの先がカーリーに向く。


「勇者様から直々にしていただくのは恐れ多いわね……」


 ケーキ食べているのに殺伐とするの嫌だなぁ。私は最後の一口をさっさと食べ終え、紅茶で口直しをする。


「ご馳走様」


 最後までちびちびと食べていた桜が完食する。やっと一息ついた感じだ。


「そろそろお暇しましょうか」


 普段時計なんて見ないイアがわざわざ時刻を確認する。カーリーも桜に気を使ったのか、お酒を飲むことなく席を立った。

 桜が外まで私たち三人を見送ってくれる。


「あら、首のところどうしたの? シー」


 別れ際に桜が私の痕に気づいて声をかけてくれる。イアは無反応、カーリーはすこし笑っている。


「虫にでも刺されたの? 痒み止めいる?」


 一番純粋なのは桜だったわけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ