14話 尽くしたい
「シーおはようございます」
イアに起こされる。私が「おはよう」と返す前にイアが続けた。
「何故明日ハードゥと会うのですか」
きっと一晩中考えていたんだろう。可愛いと言えば可愛いのだが、ちょっと重い。
私は体を起こしてイアと向き合う。
「せっかく誘ってもらったのに、断る道理もないでしょ」
「しかし、デートと言いましたよ」
「多分、ハードゥの中では女の子と二人で遊びに行くことは全部デートなんだよ」
遊び慣れていそうな感じもするし。
「昨日も言ったけど、私はデートのつもりで行かないから。ハードゥが何て言おうとデートじゃないよ」
不安そうなイアの手を握る。
「でも、昨日私とイアが出かけたのはデートだよ」
「本当ですか!」
イアでも嬉しそうな顔をするんだな。笑顔につられて私は余計なことを口走ってしまう。
「出かける代わりと言ったらなんだけど、今日はイアの好きにしていいよ」
「本当ですか」
イアの声がマジトーンになる。イアは真面目に考え始める。その間も私の手は離さない。
「一日尽くしてもいいですか」
「尽くしてもらう、じゃないの?」
「私がシーにあれこれ尽くしたいんです」
尽くしてもらうだけなのに怖い。日常生活ですら尽くしてもらってるのに……。
「いいですか?」
私が何て言っても納得してもらえなさそう。目が据わってるんだよ。
「いいよ……何するのさ」
「まず顔を洗って、歯磨きですよね」
「えっ、そこから尽くされるの!?」
「当然です。大丈夫、痛くなんてしませんから」
例の如く、私の意思なんて関係なしにお姫様抱っこをされ、洗面所まで運搬される。床に下ろされるも、松葉杖が用意される気配はない。腰に後ろから腕を回される。松葉杖の代わりということらしい。
「好きなだけ寄っかかっていいですからね」
「……やりにくいなぁ」
私の悪態にもイアは気にする素振りがない。
仕方がない。とにかく顔を洗おう。洗う時は前のめりになるから、この体勢も辛い。
「洗いましたか。保湿液つけましょう」
後ろから片手が伸びてくる。嫌な予感がした。私が塗るはずの保湿液をイアがイアの手に出す。
「もしかして、イアが私の顔に塗る気?」
「そうですが」
ぺたっと冷たい白濁色の液体が顔に当たる。思わず真顔になってしまう。
「このくらい自分でやるよ……」
「ダメです。私がやると決めました」
今日一日ずっとこんな感じなのかなぁ。
歯磨きもイアが主導だった。歯ブラシを返してくれなくて、されるがまま。確かに痛いことはなかったけど、やりにくい。
朝食を全てあーんで済ませたところで、私の体力は激減していた。自分では何もしていないはずなのに何でこんなに疲れるんだ……。
「次は何をしましょうか」
ほくほく顔のイア。とても楽しそうで何よりだ。
「しばらく何もしません」
「そうですか」
やっと落ち着けると思った矢先、イアが私を軽々と抱きかかえて自分の膝の上に乗せる。もちろん向かい合う形で。
「今度は何?」
戸惑ってはいけない。イアのペースに乗らないよう気をつけよう。いや、でも、なんだこの状況。
「何もしないと言うので、シーの顔を拝もうかと思いました」
「私の顔なんか見ても楽しくないよ」
それこそ見てて楽しいのはハードゥだろう。あの顔は絶対女子にモテる。もちろん思ったことをイアには言わない。
「普段抱っこしている時は上から見てますけど、下からもこれまた良いですね」
「何が良いのか全然分かんない」
懲りずにずっと見てくる。さっきはハードゥの名前を出したが彼女は舞台映えをする感じで、美貌だけで見ればイアもいい勝負なのだ。ずっと見るには目に毒。
「ここに来た時より少し重くなりました?」
「うっ……。それは毎日美味しいもの食べさせてもらってるし……」
「良かったです。シーはちょっと痩せすぎですからね。お肉をたくさんつけましょう」
そうゆうイアだって痩せ型だと思うんだけどな。
「ちょっとぎゅっとしてもいいですか?」
「……どうぞ」
断ってくるところがなんかズルい。私が了承すると、私を自身の方へ引き寄せてイアの腕を回す。それから私の胸に顔を埋めるようにした。
「不思議ですね。一緒に暮らして同じものを食べているのに、シーは良い香りがします」
「安心して。イアもとっても良い匂いがするから」
「明日、ハードゥの香りがつくと思うと腹立たしいですね」
「もう明日のことは忘れてよ」
まだ起きてもいない未来のことを根に持つのはやめていただきたい。
「やはりもう少しこのままでいます」
「はいはい」
甘えん坊の子供のようだ。私は大サービスのつもりでイアの頭を撫でる。すると彼女はいきなり頭を上げた。
「子供扱いしないでください」
「いやー子供みたいだよ?」
そう言うとイアは私を膝の上から解放してくれた。まだ真隣にはいるけれど。
……そろそろ私はトイレに行きたい。でも手元に松葉杖がない。けんけんで行くのも危ない。行きたいと素直に言っても展開は予想できる。やだなぁ。
「イア……」
「はい」
「トイレに行きたいから松葉杖くれる?」
「それなら私が運びます」
「嫌だよ! せめてトイレくらい一人で行かせて」
ほら、やっぱり予想通り。
「トイレ一緒にはよくないよ。うん、よくない」
「尽くさせてくれると言ったのに」
「駄々こねないで。トイレは別」
仕方なくイアは松葉杖をくれた。私はとんでもないお願いを受け入れてしまったのかもしれない。
お昼も無心であーんをしてもらい、隣でいつもの勉強と読書をした後、今度はおやつをあーんしてもらった後に、何故か肩もみをしてもらっている。
「若いくせに凝ってますね」
「妖精も肩は凝るの?」
「凝る前に疲労は治ります。基本健康体です」
「じゃあ風邪とかも引かないんだ」
「えぇ、病気とかしたことないです」
肩甲骨周りの筋肉を伸ばされる。マッサージ上手いけどどこで覚えたんだ。
「カーリーもよく肩が凝ると言うんですよね」
それは胸にたくさんの脂肪がついてるからじゃないのかな。
「気が向いた時は治癒魔法をかけてやるんですが、人はマッサージの方を好みますよね。シーを触る口実になるからいいんですけど」
口実もなく触ってくるじゃないか。今だってもうマッサージしてないし、後ろから抱きついているだけだし。
「イア、重たい。これじゃせっかくもんでもらったのにまた凝っちゃうよ」
「その時はまた私が揉みほぐしますので」
うーん、何かやることないかな。
「ねぇ、イア。この世界にゲームってないの?」
「ゲームですか。そちらの世界から入ってきたものだとトランプとチェスですかね」
チェスはルールを知らない。
「トランプしよう、トランプ」
「二人でやっても楽しくないと思います」
「二人でできるものもあるじゃん」
「そういう話ではないですが……いいでしょう。やってみた方が早いですね」
私たちは新品のトランプでスピード、神経衰弱、ポーカーを順番にやったが、全敗だった。惜しいところまでもいかない。完敗である。
「だから言ったじゃないですか」
「ええ……強過ぎない?」
しかし新品のトランプに細工のしようがない。
「勝負事に負けたことがないんです」
「チートじゃん」
仕方がない。一人でトランプタワーでも作ろう。その間くらい、イアも離れててくれるだろう。……三十センチくらいは。
「シーって思ったより不器用ですか?」
いつまでも完成する気配のないトランプタワー。無念にも崩れ落ちた。
「そろそろ夕飯の支度をしてきますね」
「ありがとう」
イアが離れたところで私はまたトランプを拾う。ソリティアでもやっていよう。しかし、私には勝負運がないらしい。一人ゲームですら手詰まりだ。正直ちょっと落ち込む。
「そろそろ片付けてください」
今日の夕飯はいつもより早い。メニューはポトフだ。
「熱いですから気をつけてくださいね」
それならあーんはやめよう。火傷する。
「ふーふーしておきますね」
イアならもっと違う方法で一瞬で冷ますことができそうだが、原始的な方法を取るんだ。
じゃがいもが口元に差し出される。熱くない? 本当に大丈夫?
おそるおそる口を開く。さすがイア。じゃがいもは程よい温かさになっていた。美味しい。もうあーんされるのも慣れてしまったが、この感覚を明日に持ち込まないようにせねば。
それにしてもイアの料理は美味しいな……。毎日独り占めをしていたら罰が当たりそう。幸せだ。
「おかわりはいりますか?」
「少しだけ」
分かっていてもつい食べ過ぎてしまう。あーんをされたくなければ、今日くらい控えればいいのに。
「ソーセージを追加してきました。シー、好きですよね?」
「うん。どれも美味しいけどね」
美味しいものを食べていたからか、なんだかこの状況も悪くないような気がしてきた。
「この後シャワー浴びますよね?」
この言葉を聞くまでは。
「浴びるけど?」
とりあえずソーセージを食べながら疑問形で返す。
「お背中お流しします」
「いやいやいやお風呂もそんな広くないじゃん。一人で入れるよ」
「二人くらい余裕だと思いますが」
「いや、いや! ダメかな!」
上手い理由が思いつかないが、とりあえずお断りをする。体の形なんてね、あれだけ抱きつかれていれば分かるものだけど、見るというのは話が違うわけで。率直に言えば、意識してしまうわけなんですよ。
「お風呂出た後は好きにしていいから、ね?」
「何をされても良いと?」
「うん……常識の範囲内なら……」
私を継続的に好き勝手したいからか、イアが先にお風呂に入った。私はほかほかになったイアと入れ替わりに浴室に入る。この浴室には手すりが備え付けられているので、片足が不自由な私でも一人で入ることができた。もちろん片足立ちで滑るから気をつけなきゃいけない。
でも気をつけなきゃいけないのはシャワーを浴びてからだ。むしろ今の方が安全なまである。
いやまぁ、浴室なんていう狭い密室空間で、裸で二人きりになるよりは布地の上からくっつかれていた方がマシだ。
思わず溜息が出て流水と共に流れていく。今日はいつも以上に振り回されてしまった。
蛇口を閉め、浴室から出る。ふかふかのバスタオルで水気を拭って、保湿液を自分で塗る。
脱衣所兼洗面所から出ると、いつものようにイアがソファで待っていた。この家にドライヤーはないので、イアの魔法で毎晩髪を乾かしてもらっている。
「いつもよりシャワー長かったですね」
「そう?」
「出てこないのかと思いました」
「それは……ふやけちゃうね」
心地よかった乾燥が終わる。ブラッシングまでしてもらって完璧だ。
イアは役目を終えると、倒れ込むようにして私を後ろからホールドする。まだお互い体が温かい。良い匂いもいつも以上にする。なんだか頭がおかしくなりそうだ。
「何をされてもいいなんて簡単に言うもんじゃありません」
子供を叱る感じでイアが言い放つ。
それから徐に私を抱きかかえて、ベッドの上まで運んだ。寝るにはまだちょっと早い。
「イアどうしたの?」
何か様子がおかしい気がする。いつも以上に目が笑ってないし。
イアは何も答えないまま、私を押し倒した。後頭部が枕に当たる。そして、私が口を開く前にイアが馬乗りになる。私はものの見事に動けなくなってしまった。
「今のあなたは何をされても文句を言えないんですよ。その意味が分かりますか?」
「常識の範囲内、ね?」
「そんなもの相手の理性が切れれば無意味なことです」
私、叱られてる? イアの表情はどこか苦しそうだった。
「はぁ、まったく……純粋なのも考えものですね」
イアが私の上に覆いかぶさる。私の体温が上昇するのが分かる。
「細い首……まるですぐに折れてなくなってしまいそう……」
イアの顔が私の首に埋められる。何か生温かいものが首に当たった。イアの舌のようだった。くすぐったい。
「っ……!」
じゃれ合っているだけかと思えば、首に少し痛みが走る。……吸われてる?
「イアちょっと……そんなに強く吸ったら痛いよ」
「痛くしているのです」
場所をずらしてからイアがまた同じように、私の首を吸う。季節外れの蚊かな?
痛みにも慣れてきたところで、今度はがぶりと歯を立てられた。……思い出す、私が酔ってつけたという歯形を。
もしかして、これ全部痕が残るんじゃ……。
「後はどこにしてほしいですか?」
してほしくないと言うとちょっぴり嘘になる。イアの体温を感じられる行為は嫌いになれなかった。
「…………」
「聞こえていますか?」
唐突に耳を舐められて、形容したくない声が出る。
「聞こえてる……」
「それなら答えてください。次はどこに痕をつけられたいですか?」
痕がつくなら首とは違って周りから見えないところがいい。
「服の下……」
「随分と曖昧な指示ですね。布地の下ならどこでもよろしいんですか」
「よくない……」
うだうだ言ってると業を煮やしたイアが、私のシャツをめくった。下着までは見えていないが、お腹があらわになる。
「まだ骨ばっていますね……」
肋骨に合わせてイアが指を這わせる。私はくすぐったくて出そうな声を必死に噛み締めた。
「私のシー。我慢なんてしなくてよいのです」
脂肪に守られているお腹を吸われる。イアは容赦なく複数箇所に痕をつけた。
やっとイアがどいてくれたと思ったのも束の間、なんと彼女は私のズボンに手をかけたのだ。私は慌てて応戦する。
「ちょっ……! 何でズボン下ろそうとするのさ!」
「服の下なら良いと言ったじゃないですか」
「言ったけど!」
確かに私が悪かった。見えない場所につけようとすれば、見えるようにしないといけないんだ。
「抵抗虚しいですね」
力比べをして勝てるわけがない。呆気なく私のズボンは膝下まで下げられた。
「綺麗な脚ですね」
「あまり触らないで。くすぐったい」
僅かな抵抗とばかりに捲くられていたシャツを下げる。大したガードにもならない。
イアは右の内腿に齧りつく。頭がぼーっとしてきた。電気を流されているような気分。
「太腿はちょっと痕がつきづらいですね」
試行錯誤するように、イアは何度も私の太ももに口づけをした。十分、二十分……もしかしたらもっと長い時間を繰り返す。だんだんと私の息が切れてきたところで、ズボンは元の位置に戻された。
イアも私の横に寝転びて、私を逃がすまいと正面から抱きついてきた。
「ご馳走様でした」
「もういいの?」
「……そういうこと言うと朝まで寝かせませんよ」
がぶりと肩を噛まれた……。
一度肩を噛んだ後は大人しくなり、ひたすらに私を抱き締めている。心臓がバクバクしている。イアに聞こえないといいけど。
「シーは私のものです」
「はいはい、分かってるよ」
私もイアに腕を回す。やっぱりイアも華奢じゃないか。
「もう眠たいですか?」
「まだ眠くないよ」
「それならまだこのままで良いですね」
イアの腕に少し力が入る。痛くはない。どこか安らぐ心地よさがある。イアも変態だけど、私も相当なものなのかもしれない。イアにされること、何も嫌じゃない。きっと骨が折れるまで抱き締められても嫌じゃない。
イアの片手が伸びてきて私の頭を撫でる。きっと子供扱いしているんだろうけど、それでもいい。
「シー、私の首も噛んでください」
「ええ、素面で嫌だよ」
「それなら今お酒を用意しましょう」
「いいって!」
起き上がろうとするイアを抑え込む。今お酒を飲んだら何をするか自分でも分からない。
「噛むから……」
イアの首元に顔を潜り込ませる。はぁ、イアの匂いがする。美味しそうと思うのは罪だろうか。
「本当に噛んでいいの?」
「噛み返すと思ってどうぞ」
自分の首に神経を回すと、噛まれたところがじんじんと熱を持つ。結構な強さで噛まれたけど、本当にいいのかな。
首に軽く歯を立てる。ふと、酔ってなくしていた記憶の一部が蘇る。イアにお姫様抱っこされたまま家に帰ってきて、私は彼女から離れることを拒んだんだ。寝かせようとするイアに反抗して、噛んだ。力加減ができるわけもなく、食い千切る勢いだった。それに比べればイアの噛みつきは優しかった。
「焦らしプレイですか」
イアに急かされて顎に力を入れる。
「そんなんじゃ痕残りませんよ」
再び後頭部を撫でられる。これ以上歯を立てたら血が出そう。……もっと顎に力を込めた。
「よくできました」
頭をポンポンとされて顔を離す。イアの首には痛々しいほどくっきりと私の歯形がつけられていた。
「……私は回復力が高いので、一日経てば消えちゃうのが残念です」
「私は当分消えなそう」
「消えてもまたつけます」
今日だけの話じゃなかったのか。味を占めさせてしまったかもしれない。
「今日はこのまま寝てもいいですか」
向き合って抱き締められたままの状態。顔もいつも以上に近い。
「寝れないでしょ、こんな至近距離で」
「私は眠らなくても死なない体なので」
妖精って何でもアリなんだな。生理的欲求がないのかな。……性欲はありそうだけど……。
「それでは子守唄を捧げましょう」
「離れてくれればそれでいいんだけどな」
私の発言を無視してイアが唄を口ずさむ。知らない国の知らない言葉。私は赤ん坊みたいにすぐ眠気に襲われる。
「おやすみなさい。良い夢を」




