13話 砂糖が勿体ない
やっと雪が降らなくなった。それでもイアは私をこの家から一人で出そうとはしない。まぁ、確かに窓から見える森は迷子になったら出てこられなさそうだ。
「シー、ご飯できましたよ」
「うん、今行く」
この家での生活にも随分慣れてきた。もちろん松葉杖は必須だが、前よりも上手に移動できるようになったと思う。
「いただきます」
最近、食事時はイアと並んで食べている。彼女と一緒にいないのは、料理中と風呂トイレの時くらいかもしれない。
「シー。暖かくなってきましたし、そろそろ洋服でも買いに行きませんか」
「いいよ。イアはどんなのが欲しいの」
「私の服ではありません。シーの服を買いに行くんです」
「私はイアのお下がりでいいよ……」
こう見えてニートの居候。あまり良くしてもらうのも心苦しい。
「だってシーはあまりスカートを好まないじゃないですか」
「それは……」
確かに私はズボンを好んで借りている。スカートはほとんど着ていない。明確な理由は私の記憶の中なので不明。
「ズボンがいいなら買いに行きましょう。きっと春物も店頭に並んでいるでしょうから」
「春って言ってもまだ寒いよ。雪も溶けていないしさ」
「オシャレは先取りですよ」
イアの口からオシャレという単語が出てくるとは。確かにイアは多くの服を持っているようだ。あまり外に出るイメージはないけど。
「そんなに言うなら見に行くだけなら……」
「では食べ終わったら出かけましょう」
お昼ご飯のチャーハンを食べ進める。中華料理は外では食べられないので貴重である。イアも日本食や中華料理はサクラから教わったらしい。
「今日も美味しかったよ。ご馳走様」
「はい。お粗末様です」
イアが片付けてくれるうちに、私は歯磨きとトイレを済ませる。せっかくだから髪も結おうかな。
「髪結ぶんですか。今度は私がやりましょうか」
「結べるの?」
「何年生きてると思ってるんですか。任せてください」
私はベッドに腰掛け、イアが後ろに膝立つ。
「何かリクエストはありますか?」
「お任せします」
イアの細い指が私の髪に触れる。イアの髪もそうなんだけど、私の髪も細いからアレンジするには不向きだったりする。
「シーの髪、いい香りがします」
「真面目にやって」
後ろから「やれやれ」と溜息が聞こえるが、悪いのは私じゃないぞ。
言うだけあって、イアは慣れた手つきで私の髪を編み込んでいく。自分自身だと編み込みは上手くできないから嬉しい。
「はい、出来上がりました」
「速いね。ありがとう」
イアが貸してくれた手鏡を駆使して髪型を確認する。編み込みカチューシャだ。
「服見に行くだけなのに気合い入っちゃったね」
「可愛いものは可愛く着飾ればいいのです。さぁ、暗くならないうちに買い物を済ませましょう」
イアは無頓着に見えて意外と買い物好き……というか、私を着せ替え人形扱いするのが好きだ。金に糸目をつけないのもよろしくない。持てる量に制限がないこともなおよろしくない。
イアがいいなと思ったものは、私の意思に関係なく購入されていく。
「こんなに買っても今シーズンで着こなす自信ないよ」
「大丈夫です。私が選びます。買ったものちゃんと覚えていますから」
そんな頻繁に出かけないくせに。どうせなら部屋着の方がたくさんほしいくらいだ。
「まぁ、確かにシーが言う通り買ってばかりでしたね。どこかで休憩しましょうか」
この辺りって、カーリーと初めて来たところに近い気がする。
「イア、この先に大きい公園ってある?」
「ありますよ。行ってみますか? おそらく今の時期ならチューリップが見頃でしょう」
なんだかんだ街のことを把握しているんだな。
私たちは少し歩いて人で賑わう公園まで来た。確かに花壇には色とりどりのチューリップが咲き誇っている。まだまだ寒いけど、季節は着実に春に向かっている。
「チュロスが売っていますね。いかがですか」
「うーん、食べたいけど一本丸々は多いかも……」
「それなら半分こしましょう」
簡易屋台みたいなところでイアが熱々のチュロスを買ってくる。空いているベンチに座ってから、それを食べることにする。
「先にイアが食べていいよ」
「交互に食べれば良くないですか」
「イアがそれでいいならそれでいいけど……」
間接キスなんて気にしてても仕方ない。私は出されたチュロスを食べるまでだ。
「今日は疲れさせてしまいましたか?」
「うん、まぁ、疲れはしたけど楽しかったよ。イアこそ自分の服を全然見てなかったけどいいの?」
「私が服を買ったところで、どうせこれを被っていますからね」
イアが摘んだのはフードだった。そう、イアはいつも出かける時フードを被っている。
「聞きたかったんだけど、何でいつもフードを被っているの?」
「私が歩いているってバレたくないからですよ」
「バレるとよくないの?」
フード被って歩いているのも十分目立つ気がするけどなぁ。
「騒がれたくないので」
そう言えば勇者なんだもんね。往来を堂々と歩いていたら不都合でもあるのかな。
「綺麗な顔なのに、見えづらくて残念」
「そんな嬉しいこと言ってくれるなら、家でいくらでも見させてあげますよ」
「毎日見てるからいいかな……」
寝る寸前まで見てるからね、あの顔。ちなみにイアの寝顔は見たことない。いつも私が先に寝て、イアが先に起きる。
「はい、最後の一口どうぞ」
イアの指が一欠片のチュロスを掴み、私の口元まで持ってくる。あまり大きくなかったから、食べる時に彼女の指に口が触れてしまった。
その指をあろうことか、行儀の悪いことに、イアが舐めた。
「何で! 舐めるの!」
「いやだって、砂糖が勿体ないじゃないですか」
気づいててやっているのか、まったく気がついていないのか、無表情からは読み取れない。
「ちゃんと拭きますよ」
イアはポケットからハンカチを取り出し、自分の指と私の口の周りを拭う。訳分かんなくなって、顔だけが熱い。
「顔が赤いようですが熱でもありますか」
今度はおでことおでこで熱を測ろうとするものだから、私はイアの肩を押して牽制した。
「何ですか」
こっちの台詞だよ! 距離感の分からない人だな! どこまでわざとやっているんだか……。
「戯れは帰ってからにして、そろそろ帰りましょうか」
イアが立ち上がり、私も支えられながら立つ。
「ここももう少し暖かくなるといろんな花が咲くんですけどね。まだ少し早かったかもしれません」
でも前回来た時は花なんて咲いてなかった。見れてよかったと思う。
「足元気をつけてくださいね。この辺りの石畳はどうも雑で」
今日も門までは自分の足で歩く。イアの手を煩わせたくないのはもちろんだが、お姫様抱っこの恥ずかしさが勝つ。
「シー!」
後ろから走る音と私の名前を呼ぶ声がする。私もイアも後ろを振り返ると、制服姿のハードゥが駆け寄ってきた。
「あなたに注意されるようなことはしていませんが?」
「貴様には用はない。ちゃんとシーを呼んだじゃないか」
「私に用?」
イアが警戒を始める。用がないと言われても引き下がるつもりはないようだ。
「明後日、私非番なんだ」
「はぁ」
状況が飲み込めず、私は気の抜けた返事をする。
「だからシー。明後日、私とデートをしよう」
「……デート!?」
「そうだ、二人でデートだ」
ニコニコとした表情から悪意は感じない。しかし、悪意の有無なんて関係ないのがイアである。
「うちの子を勝手に誘うのやめてもらいますか」
「シーは保護者の許可がないと何もできないのか?」
ハードゥも挑発的にくる。こんな道中でケンカなんてやめてほしい。
「イア、私出かけてきたい。デートじゃなくて、お出かけ。それならどう?」
ハードゥは何も口を挟まない。イアが嫌そうな顔をする。本当に嫌なんだなぁ……。
「分かりました。でも何かあればすぐに連れ帰ります」
いつもどこかから見てるのかな。
「じゃあ昼の一時に正門のところで待っているから」
職務中のハードゥは要件だけ伝えて去って行ってしまった。嵐のようだった。
「妬いてるの?」
「妬いてません。半日くらいハードゥに貸したところで、シーが私のものである事実は変わりません」
私のものか。別に気にしないけど、イアは固執しているようだ。
「いいですか、シー。ハードゥが手でも握ってくるようなことがあれば、その杖でぶん殴ってくださいね」
「そんな野蛮なことしないよ……」
ハードゥは私に何か用でもあるのだろうか。何だかんだ彼女と二人で会うのは初めてだ。




