12話 酔いどれ
今日の夜、と言ってもそんなに遅くならないそうだけど、イアに用事があるということで私はカーリーの元を訪ねていた。すでに日は暮れていたが、教会にいるカーリーはシスター服のままで祈りを捧げていた。
「あ、シーちゃん」
私の松葉杖の音に気がついたらしいカーリーが、笑顔でこちらに歩いてくる。
「お祈りはよかったの?」
「毎日してるから大丈夫!」
本当に大丈夫なのか。
「着替えたいから……シーちゃんも私の部屋に来る?」
「えっ、いいの?」
カーリーの部屋がどんな感じなのか興味ある。
「じゃあ行きましょう」
カーリーたちが住んでいる寮は教会の敷地にある。寮に限っては男性は入れないらしい。建物自体新しいようで、街中で見る住居よりよっぽど綺麗に見える。
「ここがわたしの部屋よ」
カーリーの部屋は角部屋だった。1DKというところか。キッチンはあまり使用してなさそうだな。
私はダイニングの椅子に腰をかけさせてもらう。気を使わなくていいのに、着替える前にカーリーが紅茶を淹れてくれた。まだまだ温かいものが恋しい季節だ。
カーリーは引き戸で仕切られた部屋の向こうに着替えに行った。私は家主がいなくなると、なんともなしに部屋を見回す。読みかけの本が出しっぱなしになっていたりはするけど、比較的片付いた部屋だった。
「シーちゃん、どっちの服がいいと思う?」
いきなり引き戸が開けられ、下着姿のカーリーが現れる。豊満なスタイルに思わず紅茶を吹き出しそうになったが、それ以上に息を飲むものがそこにはあった。足先から首元まで、もちろん手の指先までびっしりと入れ墨があったのだ。
「これ、教会的にはアウトだから秘密にしておいてね」
室内でも手袋を外さなかったのはこのせいか。
「ねぇ、どっちがいいかしら」
服なんて頭に入ってこない。情報が多い。私は適当に右側の服を差した。
「じゃあ選んでもらった方を着ようかしら」
一度開けられた引き戸が閉められることはなく、視線の行き先に困る。どうしようもなくて、私は紅茶がなくなったカップを凝視するしかなかった。
「お待たせ、シーちゃん」
何事もなかったようにカーリーが出てきた。彼女の私服姿を見るのは初めてかもしれない。まだ手袋をしていないので、手首から先の入れ墨が見えてしまう。
「そんなに気になるかしら。でもサクラちゃんの時も驚かれたのよね」
ちょっと入れてるならともかく全身びっしりは驚く。
「これね、魔術を使う時の補佐として入れてるのよ」
私がテーブルの上に出していた手をカーリーが握ってくる。そして左指にはめていた指輪をそっと撫でた。
「用途はちょっと違うけど、この指輪と似たようなものね」
イアがくれた指輪。今はお守りみたいなものである。
「さぁて、そろそろお腹も空いたし出かけましょうか」
カーリーは手を離し、少し長めの手袋をする。食器をシンクに下げ、玄関を開けてくれる。
「歩くのが大変なら、私が抱っこしてあげるけど?」
「だ、大丈夫だから」
「そう、残念」
私たちは教会の敷地を出て、人々で賑わう繁華街までやって来た。あちこちから美味しそうな香りが漂ってくる。
「何か食べたいものはある?」
「特に何も……強いて言うなら昨日魚を食べたから、お肉系が食べたいかも」
「お肉が食べれて、お酒が飲めるところね」
後半は言ってない。今日出かける際にイアから「カーリーに勧められても絶対にお酒を飲んではダメですよ」と強く言われている。
「あ、ステーキ食べたくない? シーちゃん」
「ステーキ好きです」
「じゃあ決まりね」
近くにあったステーキ専門店に入る。賑わってはいたが待つことなく着席できた。
私はまだ文字を読むことができないので、メニューの説明をカーリーがしてくれた。どうやら私たちの世界で一般的な牛肉が普通のお店でも食べられるらしい。
「シーちゃん、何グラムにする? 細いからそんなには食べないのかしら」
「うん、一番少ない量で」
カーリーが店員を呼んで、ステーキとサラダ、私のお茶を頼み、最後にボトルワインを注文していた。一人で一本飲む気なのか……。
うきうきでボトルを開けるカーリーがグラスを私にも差し出してきたけど、イアの言いつけを守ってちゃんと辞退した。そもそも本能的にカーリーと酒を飲んではいけない気がする。
「乾杯!」
カーリーのテンションは高めだ。お勤めが終わったからなのかもしれない。
「ねぇ、シーちゃんと勇者様が一緒に寝てるって話は本当なの?」
突然笑顔で予期せぬ話を振ってくるから、今度こそお茶を噴き出すところだった。耐えた、偉い。
「どこからその話を……」
「ハーちゃんから」
ハードゥか……。カーリーとハードゥはよく話をする仲なのかな。
「で、真偽のほどは?」
「一緒に寝てるけど、それはベッドが一つしかないからで」
どこか言い訳じみた言い方になってしまう。やましいことはないわけで。まぁ、ベッドの広さのわりに近い距離で寝るなぁと思うことはあるけれど。
「わたし、勇者様と小さい頃からの付き合いだけど、一緒に寝てもらったことなんてないわ」
「イアって昔どんな感じだったの」
「勇者様にとっての二十年なんて一瞬の出来事だもの。今も昔も変わらないわ」
待ちわびたお肉が鉄板の上で音を立てながらやってきた。一番小さいサイズにしたけど、結構ボリュームあるな。
……今ボトルを見たら、いつの間にか半分空になってる。イア以上に飲むスピードが速い。
「カーリーって人間なんだよね?」
「? 人間だけど」
あのアルコール分はどこで分解されているんだ……。顔色も全然変わらない。変わったのはちょっとテンションが高くなったことくらいか。
「勇者様と家で二人で何をしているの?」
何と聞かれても困る。普通にご飯食べたり、勉強なり読書したり……映像で思い返すといつも私たちくっついてるな。
「イアはよく本を読んでるよ」
「他は?」
「料理を作ってくれたりとか」
分厚いステーキを一生懸命ナイフとフォークで切りながら、カーリーの質問に答えていく。お肉の味はとても良いのだが、脂が多いので胃もたれするかもしれない。
「勇者様のこと良くしてあげてね」
その台詞の後、ワインのボトルが空になった。そして、お店を出た後もカーリーの酔いは訪れない。
「ねぇねぇ、シーちゃん。もう一件行きましょう」
お店の前でカーリーが腕を回してくる。酔っ払いみたいだけど、多分これ素面だ。
「まだ飲むの?」
「全然飲めてないもの。さぁ行くわよ」
カーリーの手が私の手を掴むが、松葉杖を見て手を引っ込めた。
「シーちゃんとは手を繋いで歩けないのが残念」
イアも距離感が近いが、カーリーもなかなかに攻めてくる。嬉しくないわけではないが照れくささもある。
「たまには夜遊びするのもいいでしょ」
「よくないですよ」
夜道を歩いていたところで、いきなり目の前からイアが現れた。
「あら、勇者様。お迎えには少し早いですよ。わたしたちもう一件行くの」
再びカーリーが腕を回してきた。イアの眉が少しだけ動く。
「カーリー、近いです。シーから離れてください」
「離れるかわりに勇者様も一件付き合ってくださらない?」
イアが私とカーリーの間に割り込んでくる。そして渡さないとばかりに私の腕を掴んだ。
「いいでしょう。たまには付き合ってあげます」
私に何も言わず、イアが松葉杖をしまう。片足立ちになった私はイアに掴まりながら文句を言うしかない。
「歩けるって!」
「いいえ、私が運びます」
あっという間にお姫様抱っこ。私に拒否権はない。
「勇者様と飲みに行けるの久しぶりだから嬉しい」
「その歳で飲み過ぎると早死にしますよ」
どうやら行きつけのお店があるらしい。二人は示し合わせることもなく同じ方向に歩き出した。
淡々と歩くイアの顔色をうかがう。怒ってはいなそう。でも機嫌が良いわけでもなさそう。
私が一人だったら入るなと言われる路地に入り、メニューが出ていない隠れ家的なバーに入店する。案内されたのは個室で、私とイア、カーリーに分かれて座る。
「ワインにします? それともウイスキーですか?」
「どちらでも構いません」
「シーちゃんはどっちがいい?」
「シーは飲みません」
「保護者が来たんだし、ちょっとくらいいいじゃない。シーちゃん、ウイスキー飲んだことある?」
「ないけど……」
イアが溜息をつく。
「ロックはダメです」
私、飲む流れなの?
カーリーは躊躇いもなく今度もボトルで注文した。私の目の前にはおそらくジュースで割られたウイスキーが置かれる。おつまみには生ハムとチーズがあった。
琥珀色の液体を舐めるようにして飲んでみる。……個人的には赤ワインよりも飲みやすいかもしれない。
「勇者様はお腹空いてるんじゃない。ご飯食べてないんでしょう」
「私は食べなくても死ぬ体じゃないのでお構いなく」
「そうなの? イアって食べること好きじゃない?」
料理も毎日してくれるし、意外だった。
「好きなことと必要なことは違いますから」
とは言いつつも、生ハムを食べるイア。私も同じように生ハムをつまんだ。カーリーは一切つまみを食べることなく、グラスに二杯目のウイスキーを注いでいる。
「二人はステーキか何かを食べてきたのですか」
「匂いで分かるかしら?」
カーリーが服の袖の匂いを嗅ぐ。私も気になって服を嗅いでみた。少しお肉の香りがついているかもしれない。
「そんなに臭わないですよ。私の鼻がいいだけです」
何のついでかイアが私の首元の匂いを嗅いだ。酔ってらっしゃる?
「シーが誰かとくっついたら分かりますからね」
嗅いでたのはカーリーの匂いの方か。
「仲良しなのね」
仲は悪くないと思う。仲が良いかは一緒にいる期間が短すぎてなんとも言えない。いや、仲は良いと言っていいか。私はイアのことを好意的に思っている。
「勇者様が誰かにこんな入れ込むなんて珍しい」
カーリーは黙っていても喋っていてもグラスを傾ける。なかなかの急勾配で。
「シーは可愛いですからね」
「わたしが可愛くないみたいに聞こえるけど?」
会話に入りづらくてお酒をちびちび飲みつつ生ハムとチーズを食べる。
食べているとだんだんとなくなっていくわけで、一人で食べきるわけにもいかない私は口にできるものがグラスだけになってしまった。何か注文したいけど個室だからしづらい。
「シーちゃんのどこが気に入ったのかしら?」
「愛らしいじゃないですか、全てが」
聞いてて恥ずかしい。
私の空になったグラスにカーリーがお酒とジュースを注ぎ足してくれる。
「そんなに飲んで平気ですか」
もう五杯くらい飲んでる人に言われたくない。
「大丈夫。ジュースみたいで美味しい……」
単にジュースが美味しいのだろう。
「シーちゃん、気にしないで生ハムもっと食べていいのよ」
カーリーがあーんと差し出した生ハムを、少し酔ってきていた私はぱくりと食べる。もちろんそんなことをすればイアが面白くない。カーリーも面白がってやっているのだろう。
「確かにシーちゃん可愛い」
「お触りはご遠慮ください」
「勇者様ばかりズルい」
イアの方へ体が引きずられる。イアの体が冷たく感じたのは、私の体が熱を持っていたからだ。
「シー、大丈夫ですか?」
体を動かしたからか、アルコールが一気に回る感覚を覚える。意識が一瞬イアにいってから、途切れた。
そして次に目を覚ました時には見知った天井の元だった。
「目が覚めましたか」
結構な距離でイアが私の顔を覗き込んでくる。そんなに近かったら、逆に見えるものも見えない。
「私……」
「酔ってそのまま寝落ちしましたよ」
「まじかぁ」
最後、イアに倒れ込んだことは思い出せる。それ以降は全くだ。腕時計で時刻を確認すると、いつも起きる時間より少し遅かった。
「飲み過ぎた……」
「ジュースで割ってるからと油断しましたね」
イアがどいてくれたので、私はひとまず上半身を起こす。……頭が痛い。
「お酒ってやっぱり良いことないな……」
「そうですか。とってもシー可愛かったので、一緒にまた飲みたいですけどね」
「待って。私、寝落ちしたんじゃないの?」
「最終的に寝落ちしたのはこちらに帰ってしばらくしてからですよ」
ぜんっぜん帰ってきた時の記憶とかないんですけど。
「ほら」
イアが首を見せてくる。噛み傷のようなものがあった。まさか……。
「……私が噛んだの?」
「はい。じゃれている感じでしたけど」
「ごめん!」
「? 別に構いませんよ。噛みつかれるくらい」
「他に私なにをしたの……?」
「聞きたいですか?」
イアの表情が和らぐ。
「いや、いい……」
「大丈夫。カーリーとはすぐに別れましたから。私と二人きりでしたよ」
それはそれで大丈夫だったのか、私。
「ほら、お水でも飲んでください。それとも飲ませてあげましょうか」
「いい! 自分で飲むから!」
当分お酒はやめておこう。私は強く誓うのだった。




