11話 ピクニックと火柱
太陽が当たるポカポカとした丘の上まで飛んできた。こんなところにいてポチに襲われないか不安になる。
「大丈夫ですよ。私がいれば彼らは襲ってきたりしません」
イアが言うなら大丈夫だろう。しかし、急降下したからなおさら気持ち悪い……。
桜は背負っていた鞄からピクニックセットを取り出して、生真面目に準備をしていた。お弁当も作ってくれたんだ。休みの日なのに申し訳ない。
「まだ顔色が悪いですね。横になりますか?」
レジャーシートの上に下ろされ、顔色をうかがわれる。正直言って、絶好調ではない。
「そうよ、具合が悪いなら休んでなさい」
桜が持ってきたお茶をイアに温めてもらい、コップに移したものを受け取る。落ち着く香りのする紅茶だ。私は紅茶を飲んでから、シートの上に横になった。今すぐ何かを食べるのは危険だと思ったからだ。
「やはり刺激が強かったですかね」
イアが私の髪をくすぐるように撫でる。すると不思議なことに気持ち悪さが体の中から消えていく。
「イア、何かした?」
「バレましたか。ちょっとおまじないをかけただけです。気分は良くなりましたか」
「おかげさまで」
横になったばかりだが、私はすぐに体を起こした。具合の良くなった私を見て、イアが微笑んでいる。
「もういいの?」
桜が少し驚いた様子を見せる。そりゃさっきまで顔色悪かったからなぁ。
「うん、大丈夫。桜、いろいろ用意してくれてありがとう」
「いいのよ。私の方が年長者なんだから、なんでも頼りなさい」
年長者という単語に反応して思わずイアを見る。
「何ですか」
不満そうな声が返ってきた。見た目は私たちと近いからね。
「元気になったのならランチにしましょう。勇者サマはもう一度お茶を温めてくれるかしら」
桜はバスケットを三つ取り出す。蓋が開けられると、中から色とりどりのサンドイッチが現れた。
「美味しそう!」
先程までの吐き気は忘れて、食欲が湧いてくる。一番目を引くのは卵サンドかな。ハムレタスサンドもさっぱりしてていいなぁ。
隣に座るイアはすでに端にあったトマトのサンドイッチから食べ始めている。
「いただきます」
卵は最後に食べたいから、私もトマトからいただこうかな。うん、酸味が際立っていて美味しい。
「朝から用意して大変だったんじゃない?」
「店の用意をするよりは楽よ。材料費も勇者サマが出してくれてるしね」
「そうなの? イア」
イアはもぐもぐとサンドイッチを飲み込んでから口を開く。ちょっと一口の量が多いんじゃないかな。
「材料費と労働費はお渡ししています。その辺の店で食べるより、サクラの料理の方が美味しいですからね」
イアに褒められて桜は嬉しそうだ。イアも料理上手だもんね。
「シーたちは家で何を食べているの?」
「イアがいろいろ作ってくれるよ」
「えっ!? 毎食!?」
「うん。イアの作る料理も美味しいんだよ。昨日の夕飯はホワイトシチューだったかな」
「シーの要望があれば何でも作りますよ」
本当に何でも作ってくれそうなところが怖い。
「いつもホットケーキしか食べないから、そこまで食に興味がないと思っていたわ」
「サクラのホットケーキが美味しいから食べているだけです」
今度私もちゃんと食べてみよう。
他愛もない話をしているうちに、バスケットにあったサンドイッチはあっという間に空になった。
「ご馳走様でした」
美味しかった。お腹はいっぱいで日差しは暖かくて、なんだか眠くなっちゃうな。
紅茶を飲みながらうとうとしていると、王都の方から誰かが歩いてくる。さっきの魔法はもう解けているからよく見えないが、手を振っているのが分かる。イアには誰だか見えている様子だが、わざわざ手を振り返したりしない。
「シスターじゃない」
双眼鏡を覗いた桜が言う。何でこんなところに?
いつものシスター服姿のカーリーが笑顔でこちらまで歩いてきた。別に誰も彼女と約束はしてなさそうだ。
「勇者様たち、どうしてこんなところに?」
「シスターこそ、一人でどうしたのよ」
「わたしは討伐依頼があったから様子を見に来たの。そしたら見知った顔があったからつい」
「討伐依頼?」
カーリーから聞き馴染みのない言葉が出てきたので聞き返してしまう。
「シスターはね、シスターのくせにギルドの仕事を請け負っているのよ」
イアが迷惑そうな顔をして、カーリーに問う。
「カーリー、あなたもしかしてポチの群れの討伐依頼を受けましたか」
「まぁ、勇者様は何でもお見通しね」
やっぱりと言わんばかりにイアが顔をしかめた。旬な話題だなぁ。
しかし、鹿があっさりと食われたのだ。カーリー一人で対応できるものか。イアを見る。助ける素振りはない。
「そうだ! サクラちゃん、ちょっと手伝ってちょうだい」
桜に戦闘スキルがあるとは思えない。手伝いを申し込まれた桜も即答で「嫌よ」と返していた。
「報酬の三割」
カーリーが指を三本立てて提案をする。
「話だけなら聞いてあげるわ」
うーん、ちょろいなぁ。
「わたしを浮かせてくれればいいの」
「でも私、触れてないと浮かせられないわ」
「それは任せて」
イアが私にするように、カーリーは無防備な桜をお姫様抱っこした。すぐに状況を理解した桜の頬が紅潮する。
私も傍から見たらあんな感じなのか……。
桜が嫌がるも力はカーリーの方が強いらしい。連れて行かれてしまった。
「大丈夫なの?」
シスターって回復とか補助的な役割なんじゃないの。武器も持っていなかったし。取り残され組のイアに聞いてみる。
「大丈夫でしょう。カーリーならドラゴン相手でもいい勝負をするでしょうから」
「ドラゴンいるんだ……」
遠くでカーリーと桜が浮上していくのが見える。一体これから何が起きるのか。
遠目ではカーリーが何をしたのかは分からない。ただ、突然火柱が離れたところで上がった。小さなもんじゃない。直径百メートル以上はありそうなものだった。
「えっ? 今のカーリーがやったの?」
イアが頷く。
「恐ろしい子です。何でシスターをやっているのか甚だ疑問ですね」
カーリーと桜が戻ってきた。派手な魔術を使ったカーリーより、桜の方が疲弊している。
「あんな派手な魔術を使うとハードゥに怒られますよ」
「勇者様には言われたくないですねぇ。でも、ハーちゃんがうるさく言ってきたら、その時はお酒で潰すから大丈夫」
全然何も大丈夫じゃない。カーリーの評価がごっそりと変わった。敵に回さない方が良いタイプだ。
一仕事終えたカーリーは帰ることなく、私たちの輪に加わる。カップが三つしかなかったから、勝手に桜のものを使っている。
「どう? 私の魔術すごかったでしょう」
お酒を飲んでもいないのに、カーリーは私に近寄り褒めてほしそうにしている。
「いや……何ていうか驚きました……」
「シーちゃん、なんかつれない」
あまりくっつくとイアの視線が痛い。勇者らしいけど、イアって独占欲強めなんだよね。
「あんたはすごいから」
見かねた桜がカーリーを引き離してくれる。
するとイアが少し私の方に寄ってきた。ちょっと可愛い。私とイアの肩が軽く触れる。それ以上は何もしてこない。
「シスター、あなた教会の仕事はいいの? なんかいつもまともに仕事をしているところ見ないけど……」
「ちゃんと仕事しているわよ。今朝も花瓶の水換えしたし」
「それは仕事って呼ぶのかしら」
実際にシスターのお仕事ってどんなことをするんだろう。お祈り?
そう言えば、イアのお仕事は何になるんだろう。勇者って平時はお役御免だよね。貯金もたくさんあるみたいだし、今は働いてないのかな。
「だんだんと暖かくなってきたわね」
カーリーの言う通り、まだ雪が降って冷え込むことはあるが、暖かい日が増えてきた。とは言っても、お外で昼寝をしていたら風邪を引くと思う。
「それにしてもピクニックをするならわたしも呼んでくれてもいいのに」
「仕事をなさい、仕事を」
そもそも今日の趣旨はピクニックじゃない。けれど私たちはお茶がなくなるまでピクニックを楽しんだ。
そして王都の入口まで戻ると仁王立ちをしたハードゥがいた。眉間にシワを寄せながら、大きな溜息をついてから怒鳴る。
「勇者! 外壁には登るなと前に言っただろう! お前は何度同じことを言えば分かるんだ? 外敵と思われて撃ち落とされても知らんぞ」
イアは聞こえない素振りをしている。なんなら腕の中にいる私を盾にしている。
「カーリー! お前もだ! 討伐依頼を受けてくれることには感謝をしているが、もう少し規模をというものを考えてくれ。森林火災になったらどうしてくれる」
「ごめんなさい〜。ほらほら、そんなにお顔にシワを作ったらせっかくの美形が台無しよ?」
ハードゥの怒りに油を注ぐかのごとく、カーリーはハードゥの眉間をつつく。
「話をちゃんと聞いているのか!?」
「聞いてる聞いてる。ところでハーちゃん、これから一杯どう?」
「貴様、まだ昼間だぞ? 正気か?」
今度はカーリーがハードゥの腕に絡みつく。すでに酔っ払いみたいに見える。カーリーもパーソナルスペースがないタイプなのね。
「飲むって勝手に言ってるけど、まさかうちを開けろって言ってるんじゃないでしょうね」
「正解〜」
桜が隠す素振りもなく呆れた顔をした。
「勇者様とシーちゃんもどう?」
「私たちはやめておきます」
イアが断る。ちょっと行きたい気持ちがあったので残念。
「じゃあ今度飲みましょうね〜」
飲むのは決定なのか。嫌がる桜とハードゥをカーリーが引っ張っていく。私たちも踵を返し、自宅へと歩を進めていった。
「最後は賑やかだったね」
家に帰り、私はソファに降ろされた。頼むより早く紅茶が出てくる。
そして、まだ昼間だと言うのにイアはワイングラスを片手に戻ってきた。中には赤い液体が入っている。
「なんだ、飲みたかったら皆のところに行けばよかったのに」
「私は静かに飲む方が好きなんです」
イアはワインをジュースのように飲む。もしかしてブドウジュースだったりする? イアのグラスを覗き込み、匂いを嗅いでみる。ばっちりお酒だった。
「興味があるなら一口飲んでみますか」
「えぇ……私はいいよ」
「何事も経験です」
そう言われると断りづらい。
「じゃあ一口だけ……」
イアの飲みかけのグラスをもらう。アルコールの匂いがつんと鼻につく。私はおそらく初めてであろう赤ワインにおそるおそる口をつけた。……渋い。
「お子様にはまだ早かったですかね」
「お子様じゃないし」
でも赤ワインは早かったみたいだ。グラスをイアに返す。
「美味しいのに」
イアはグラスの中身を一気に煽った。お酒ってそうゆう飲み方をするものなのかな。
「イアって全然酔わないよね」
「はい。私の体内に入った異物はすぐに分解されてしまうので」
「酔えないってこと?」
「そうです。なので必要な時はシーに酔ってもらいますね」
「何、必要な時って」
「素面でいいなら私はそれでもいいですが」
「だから何が」
イアは上機嫌そうに笑った。楽しいなら何よりだけど……。イアが私にもたれかかってくる。別に何をしてくるわけでもない。ただの甘えん坊モードなのだろう。相変わらず良い匂いがするなぁ。
「シーは今日楽しかったですか」
「うん。賑やかで楽しかったよ」
私は皆でわいわいするのも、イアと二人でゆっくりするのもどっちも好きだ。
「イアはどうなの? 楽しかった?」
「……私は今の時間の方が楽しいですね」
「そっか」
おもむろにイアの頭を撫でると、彼女の体がピクッと反応する。
「撫でるのは私の役目です」
「そんな役割分担あるの?」
今度はイアの手が私に伸びてきて、優しく頭を撫でてくれる。なんか変なの。
「今日の夕飯は何がいいですか?」
「昨日のシチューがまだ残ってるんじゃないの? それでいいよ」
「それならもう少しこのままゆっくりしていましょう」
暖かくて今度こそ寝てしまいそうだ。でもそれはもったいない。私は紅茶でカフェインを摂りながら、イアの温もりに身を委ねるのであった。




