名前負け令嬢はご婦人たちに陰から応援される
「トゥルレリッティ・オランジーナ伯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」
大勢の貴族が集まる舞踏会の最中、王太子が指を突きつけ、そんな大声をあげた。
指をさされているその貴族令嬢を見て、ご婦人たちはヒソヒソとことばを交わしはじめた。
「お聞きになりました?」
「あのご令嬢のお名前」
「トゥルレリッティってお顔じゃないですわよね」
陰口にクスクス笑いが混じる。
「あんなにフツーのお顔なのに」
「お名前がかわいすぎますわ」
「そうね……。どんなお名前がお似合いかしら」
「わたくしたちがつけてあげましょうよ」
婚約破棄を言い渡されたトゥルレリッティ・オランジーナ伯爵令嬢は悔しそうに身を震わせながら、それでも強気の笑いを浮かべ、王太子を見返している。
「わたくしのどこがご不満ですの? けっして貴方さまのお顔に泥を塗るようなことはしておりませんけど?」
王太子は即答した。
「名前だ!」
「ほらね」
「名前が悪いからなのね」
「あら! 名前が悪いんじゃないわよ! お顔に似合ってらっしゃらないのよ」
ご婦人たちは張り切って伯爵令嬢に似合う名前を考えはじめた。
「『ぷよぷよ・ド・ポーキー』なんてどうかしら?」
「あら、それはだめよ。あのお方、太ってはいらっしゃらないもの! ただお顔がフツーなだけよ」
「では『ド・ノーマル夫人』とか?」
「変わった名前すぎてかえってフツーではないですわ!」
「王太子さま。ほんとうはお好きな女性を他にお作りになったんでしょう?」
トゥルレリッティはわなわなと震えながら、笑いをさらに強くして、王太子を指さしかえした。
「どうせそのお方のほうが爵位が高いとか、身体がエロいとかの理由で、そちらのほうがよくなったんでしょう? なんて誠実さのないお方!」
「ううん? 違う、違うわ」
ご婦人たちが首を横に振る。
「顔よ、顔。お顔がフツーすぎるのにお名前がおかわいいのが悪いのよ」
「今、貴女に似合うお名前を考えてあげますからね」
「何がいいかしら」
王太子は図星をさされても毅然とした態度を崩すことなく、さらに強く指を突きつけた。
「おまえは我が王家に必要ないのだ! おまえのごとき際立った魅力のないものを迎え入れるわけにはいかん!」
「そんなこと、初めからおわかりになってたのではなくって?」
トゥルレリッティも突きつけかえす指先に力をこめた。
「それなら最初からわたくしと婚約などしなければよろしいはずだわ! こんなフツーの容姿のわたくしなどと!」
「あらあら……」
「ご自覚してらっしゃるのね」
「おかわいそう」
「どうにかしてあげたいわ」
「『佐藤恵子』なんてどうかしら?」
「だめよそんなどっかの島国でならありふれてそうな名前」
王太子は声を張り上げた。
「王家に入る女性には華が必要なのだ! なんといおうと貴様にはその華がない!」
「あらあら」
「お聞きになった?」
「それじゃ名前をフツーにしてもだめじゃない?」
「まぁ確かに王太子さまってイケメンだから──」
「お似合いのご夫婦にならないことは確かですもんね」
ご婦人たちのバックアップも失いかけて、トゥルレリッティが悔しそうに唇を噛む。
「それにしても王太子さまのお名前にも問題があるわよね」
「そうね。キラキラお輝きになってるそのお姿と釣り合ってらっしゃらないわ」
「あんなに素敵な美貌に『ピエール・スミス』だなんて……」
「お名前がフツーすぎますわ!」
「まるで『佐藤健』と書いて『さとうたけし』と読むようなフツーさですわ!」
「わかりました……」
トゥルレリッティ伯爵令嬢はあてつけのようなカーテシーを繰り出すと、毒を吐くように言った。
「……どうかそのエロいお身体のご令嬢とお幸せに」
「あっ! フツー令嬢さまがお帰りになってしまいますわ!」
「これじゃ面白くない!」
「お助けしないと!」
「でもどうするの? 今さらフツーのお名前をつけてあげたところでどうにもならないわ!」
「フッ……。二度と私の前にその顔を見せるな」
ピエール・スミス王太子は勝ち誇ったように微笑を浮かべる。
「そうだ! 王太子さまにも名前負けするようなお名前をつけてさしあげたらよろしいんじゃない?」
「どういうこと?」
「どんなイケメンでも、あまりにも立派すぎるお名前だったら、それは似合うどころかかえってギャグになるはずよね?」
「そうだ! 王太子さまのお名前を『ゴールデン・チャリオット・ド・コンバトラーV』にしてあげませんこと?」
「なんてド派手!」
「なんてバカっぽい!」
ご婦人たちは拳に力をこめ、結局フツーの名前にしてあげられなかったトゥルレリッティに許しを乞うように、揃って王太子にその名前をつけた。
「ゴールデン・チャリオット・ド・コンバトラーVさま!」
「ゴールデン・チャリオット・ド・コンバトラーVさま!」
「ゴールデン・チャリオット・ド・コンバトラーVさま!」
何も起こらなかった。
伯爵令嬢は婚約を破棄された。
しかし、物語はじつはここから始まるのである。ご婦人たちの思惑などどうでもいいかのように──
トゥルレリッティ伯爵令嬢は心の中で叫んだ。
『わたくしの戦いはこれからよ!』




