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第6話 胃の破壊神

 そうして仕事に打ち込んでいたら、ジュリアンさんともちょこちょこ関わるようになった。 ルカの熱烈なファンである彼は、庁内でちょっとした有名人レベルだった。


 ルカと私が付き合ってることを知った彼は、廊下で会うたびに私にだけ聞こえるような声で「この……泥棒猫」とボソッと呟くようになった。


 あえて周りに聞こえないようにしてる……ってことは。

 何かを教えようとしてくれているのかな?


 そうねえ。『泥棒猫』ってたしか……前世で読んだ海賊漫画にでてくる、めっちゃかっこいいお姉さんの通り名だった気がする。


 いや、ちょっと待って。こっちの世界には漫画なんて存在してないよね。

 じゃあ、なんだろう?

 

 ……ああ、そうか!


 私にクールな通り名を付けてくれたんだ。

 わぁ~嬉しいな……。『泥棒猫のミリア』めっちゃクールじゃん!


 こりゃ~テンション上がりますわい。懸賞金どのくらいになるかな?


 それからジュリアンさんとすれ違う時は、満面の笑みで迎えるようにした。

 だけど彼の表情は、日に日に曇っていくんだよね……不思議。



 あれからやたら職場に来るようになったエレオノーラ様。やっぱり私に鋭い視線をジーッと向けてくる。


 うおッ! これは、なにかを期待されている?

 はやく応えなければ……!


 謎の使命感に燃えた私は、アレクシス子爵のサポートを全力で頑張った。

 

「子爵、書類はこちらです!」

「子爵、今日の予定、確認しておきました!」

 

 どうっすか、エレオノーラ様!

 スーパーアシストを決めましたよ!


 と思ったけど……あれれ?

 エレオノーラ様の視線はさらに厳しさを増すばかり……。


 私、なにか間違ってる? いや、まだまだ努力が足りないってことか。

 ……反省。



 

 ジュリアンさんも遭遇率が上がってきた。とくに私がルカと一緒にいる時だけど。

 でも彼はなにかに夢中で……ってあれもしかして、ハンカチを噛んでる?

 

 え? なんで?

 ハンカチって美味しいの? 異世界のハンカチは味付きなの?


 いやいやそんなわけないよ。じゃあ……歯の健康のため、とは思えないし。

 

 あ、分かった!


 これはジュリアンさんの趣味なんだ。

 なるほどね、謎が解けてスッキリした。

 変わった趣味を持っている人もいるっていうしね。納得。

 

 やっぱり日本の常識だけに囚われてるとだめだね。

 異世界ってのは奥が深いなあ。新しい発見にオラわくわくしてきたぞ!


 というわけで……。

 私は前世と同じような運命をたどるまいと、超真面目に生きているわけ。なにか思い当たるとしたら、大好きなルカとフォーリンラブしていることくらい。


 エレオノーラ様とジュリアンさんとだって、それなりに良好な関係を築けていると思っていたのに。


 なのに、なのになぜ! なんでまた刺されそうになるの?


 

「……というわけなの、ルカ。私、何か変なことしたかな?」



 転生云々のくだりは言えないので省略したけど、それ以外は全部話した。

 そして、不安な気持ちでルカの顔を見上げた。


 ◆

 

 ルカは、ミリアの話を黙って聞いていた。だが、彼女の話が終わった瞬間、今日一番の深くて長いため息をついた。



「……はぁ。ミリア。君は本当に、何もわかってないんだな」

「え?」


 まず、エレオノーラの件。

 彼女はミリアの仕事ぶりを確かめているわけじゃない。彼女は単純にミリアに嫉妬しているのだ。ミリアがエレオノーラがいる時にアレクシス子爵とやたらと仲良くするのは、逆効果だというのに。彼女の目線が厳しくなる理由はなぜかミリアには想像できないらしい。

 


 そして、ジュリアンの件。

 これはルカも分かっていることだが、ジュリアンはルカに惚れている。ルカとミリアが付き合い始めたから、ジュリアンはミリアを目の敵にしているのだ。これも王宮で働く人間には有名な話だ。


 おかしいのはミリアが『泥棒猫』というフレーズを好意的に受け取っていることだ。『泥棒猫』と自分を蔑む相手に満面の笑みで接しているなんて、何を考えているんだ。完全に相手を挑発しているとしか思えない。そもそもハンカチを噛む趣味ってなんだ?


 この話を聞いたルカは、2人がナイフ持ってミリアに迫った理由を正確に理解した。



 そして最後にアレクシス子爵。

 ミリアは妙に鈍感なところがあるが、真面目だし仕事ができる優秀なタイプだ。しかも平民にも関わらず、そこらの貴族令嬢よりも断然美しい。その美貌は王宮でも評判になっているくらいなのだ。


 そんな女性が積極的に自分のところへ話に来るのだから(本当はミリアはエレオノーラに認められたいだけなのだが)どんな男だって勘違いしてしまうに違いない。恐らく子爵はミリアの献身的な姿勢を、自分への愛と勘違いしているのだろう。その結果、エレオノーラと命がけの追いかけっこをしていたのだ。

 

 

「はあ、君がどれだけ綺麗で、魅力的か。君のその笑顔が、どれだけ周りの男を勘違いさせるかすら、全く自覚がないのか……」

「え? なにかいった、ルカ?」

「いや、なんでもないよ……」


 ルカはそう言うと、ミリアの手をぎゅっと握りしめた。


「君はそのままでいいよ。そういうところも君の魅力なんだから」

「ルカ……」

 

 ルカの優しい言葉に感動したのか、ミリアの目に薄っすらと涙が光る。


「これからは俺が君を守る。だから、何も心配しないでいいよ」



 そう言って微笑むルカだったが、彼は謎の胃痛を感じていた。

 

(くッ……なんだ、この違和感は? ……だめだ、考えただけで胃が痛い。これは……ストレス、だな)


 そう、ルカはストレスで胃痛持ちになってしまったのだ。


(帰りに胃薬を買って帰ろう……)


 ミリアは彼が自分のせいで苦しんでいることなど想像すらしていないのだろう。彼氏の優しさを受けて嬉しそうにしていた。

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