第4話 不運の始まり
ルカに手を引かれながら、私は王宮の廊下を小走りでついていく。
背後からはまだ、エレオノーラ様の「うおらぁー!」という怒号とアレクシス子爵の「ぎゃあああ!!」という悲鳴がかすかに聞こえていた。
あの人たち、まだやってるんだ。本当に体力ある人たちだ。
ま、距離もそれなりに離れてきたし、ここまでくればもう大丈夫かな。
と、安心したところで、ふと考えたが口をついて出てきた。
「うーん……なんでこうなったんだろ?」
ぽつりと呟いた瞬間、ルカが「はあ~~~~~~……」と深すぎる溜息をついて振り返る。
その顔には、でっかくこう書いてあった。
『しんそこあきれてます』
……え、なにその顔。私なんか変なこと言った?
「どうしてって……ミリア、君は本気で言ってるのか?」
「もちろん本気だよ! 私はただ真面目に働いて、ルカと一緒になって幸せに暮らしたいだけなんだけど!」
大まじめに訴えたら、なぜかルカが天を仰いだ。
ちょっ! やめて、その「こいつやべえな」みたいな表情。
「そうか……その真面目ってやつが、すべての元凶だったとは気づいてないのか……」
――ええええ!?
まさかの『真面目さ』が犯人ですと!?
うそでしょ!?
私の誠実で真面目な生き方って、悪だったの!?
でも……ちょっと待ってよ。
思い返してみると、私の不運の始まりって――もっと前からだった気がするんだよ。
そう、たぶん前世から……。
◆
私の前世は、ごくフツーの日本の会社員だった。
美人でもなければ天才でもなく、むしろメッチャ地味寄り。
でも人に頼まれると断れない、ちょっぴりお人好し。
まあ、真面目で気が利くタイプっていうのかな!
べ、別にッ、断れないだけじゃないからね!
……で、私が死んだ日のことなんだけど。
田中さんっていう、同じ部署の既婚男性に言われたわけ。
「この資料、今日中にまとめたいんだ。すまないけど手伝ってくれないか?」って。
もちろん手伝ったよ。「あーもう、しょうがないなあ!」って思いながらね。早く帰りたかったけど残業して手伝いましたとも。
そこには、恋愛感情なんて1ミリもなし!
だって彼には奥さんも子どももいるし、そもそも私のタイプじゃないし。
つーか、私がそんなにアグレッシブな女だったら、とっくに彼氏いるっつーの。
そうですとも。年齢=彼氏いない歴ですよ。
「ありがとな。最近、嫁に帰りが遅いって言われててさー」
「はあ……それは大変ですね(……知らんがな)」
――と、そんな感じで仕事を終えた私。
夜も遅くなり、くたくたになりながらアパートの玄関にたどり着いたその瞬間。
横から、ドンッと殺気が飛んできた。
目の前にいたのは、鬼の形相をした女の人。
こ、怖!? 誰?
さ、貞子?
なによ、このホラー展開!?
「……ど、どちら」
問いかけようとした瞬間、腹部に突き刺さる鋭い痛み。
そして耳元で響いたのは絶叫。
「よくも私の夫を寝取ったわねぇぇえええ!!」
「……は?」
そのまま意識がブラックアウトする寸前、私は思った。
不倫なんてしてないですけど!?
男性と寝たことすらないですけどぉ!?
ていうか、あなたどちらさまですかぁぁああ!?
地味で目立たない女の最期がこれって、あまりに理不尽すぎやしないかい……。
ねえ……神様や。答えてくれよ。
◆
神様からの返事はなかった。
――でも、目が覚めたら赤ちゃんだった。
だけど、ここってどう見ても日本じゃないのよ。地球ですらない。
いわゆる異世界転生ってやつだった。
私は生前の記憶を持ったまま『ミリア』として生まれ変わった。
でも女で良かったよ。
男に生まれてたら、色々悩んじゃうもん。主に心と体のことで。
貴族でも王族でもなく平民の家庭に生まれ、やさしい両親に育てられて、特にチートも覚醒せず、ふつう~~~に成長した。
そこで私は、固く誓ったのです『今度こそ、勘違いされないように生きよう!』と。
……でも、どうすればいい?
また刺されるの、絶対イヤなんだけど。
もう一度、あの日を思い出してみる。
――地味で、疲れてて、無表情で、愛想がなくて、目の下には濃いクマ。
……あれ、もしかして?
向こうから見たら、なんか『ふてぶてしい女』に見えたのかも?
自分で言うのもなんだけど、見た目も陰気だったしね。
よし、今世では逆をいこう!
もっと明るく、笑顔で、親切に!
せっかくの新しい人生だもの!
やってやろうじゃない。
というわけで、私はただひたすらに『常に笑顔で明るくポジティブに。そして心に親切を!』を人生のスローガンとして掲げ生きてきた。
前世の教訓を活かして頑張ってきたつもりなのに……。
どうしてまた刺されそうになってるんだろう、私。
ねえ、誰か説明して?