第3話 第3の刺客?
「は……?」
エレオノーラ様の顔が、氷みたいにカッチカチに固まっている。まるで豆鉄砲でも喰らったかのように、開いた口が塞がらない状態。
いやまあ……私も同じ顔してる自信あるけどね!!
鏡さえあれば確認できたのになあ。残念!
「恋敵……ですって? いや、あなた……男でしょう?」
「あら、愛に性別なんて関係あるかしら?」
そう言ったジュリアンさんは、なぜか手にしていた薔薇を天高く「シュパーン!」と放り投げた。
ひらりひらりと舞い散る花びらが無駄に華麗。そしてなぜかロマンチック♡
でも、次の瞬間――懐から取り出したのは、魔剣なみに禍々しいナイフ。
あっ、それエレオノーラ様とお揃いですか?
もしかして本日のラッキーアイテムとか?
は~い♡ 牡羊座のあなたのラッキーアイテムはこちらの魔剣で~す。
いや、違うよね。そんなわけないじゃん!
「それより奥様。その女を刺すのは、わたくしが先ですわ」
「はあ? なんですって!?」
「わたくしもその女を狙っているのよ」
えっと……ここで言う「狙ってる」って、恋愛的な意味じゃなくて「命」の方ですよね?
なんでナイフ持った人間が2人もいるの!? 異世界コントでも始まるの!?
ジュリアンさんの参戦により、一気に修羅場にブーストが掛かる。
もうカオスの頂点に突入だ!
「だめよ! この女は私が刺します! これは、貞淑な妻の権利よ! 夫を惑わす女狐を成敗する、正義の刃なのよ!」
「いいえ、それは違うわ! これは純粋な愛の鉄槌! 愛しのルカ様の隣に立つにふさわしくない泥棒猫を排除する、聖なる制裁だわ!」
なるほど――って、待て待て待てぃ!!
私を挟んで、どちらが先に刺すかで不毛な論争しないでもらえますッ!?
2人とも真顔(つーかキレ顔?)で言ってるけど、それって結局「私を2回刺す」って意味でしょ!?
不毛どころか、大量出血確定の件じゃん!?
頭がパンク寸前の私は、思わずその間に指をぴんと立てて割って入った。
「あ、あのぉ……」
「「なによ!!」」
即レスポンス、そして即視線ロックオン。
うひぇー。こ、怖っ!
お2人とも眼力がメーターを振り切ってる!
けど、今さら引けない。
ここでちゃんと喋らないと死ぬ!
「もしよろしければ、お2人とも……どうぞどうぞ! 順番は気にしませんので!」
顔面を引きつらせて満開の笑顔でそう言うと、2人は一瞬ぽかんとした。
……お? 効果あった? 効いた?
なら、もう一歩踏み込んでみる!
「ちなみに、刺される時って……何か作法とかあります? 前は突然すぎてちゃんと対応できなかったので、今回はちゃんと対応したくて! コツとかあれば、ぜひ知りたいなと……!」
私のこの命がけの質問に――2人の表情が一変する。
「……なんか、こいつ刺すの、馬鹿らしくなってきたわ」
「……わかるわ。こんな純粋培養されたアホを刺しても、虚無しか残らないもの……」
あれ~?
な、なんで連帯感生まれてるの!?
なんか一周回って同情されてる!?
それとも、好感度上がった感じ?
――って思ったその時。
「君たちッ! 僕のエンジェルに何をするんだ!」
勢いよく飛んできたのは、私の上司であるアレクシス・フォン。ベルンハルト子爵。
彼は両手を広げて私の前に仁王立ちし、バシッとポーズをキメた。
庇ってくれるのは嬉しいけど、それよりも気になることが……。
「ところで子爵、その『エンジェル』って……もしかして私のことですか?」
私の名前は『ミリア』なんですけど……。
エンジェル要素は多分、ゼロですけど。なぜにエンジェル?
はッ、もしかして後ろに天使が?
いや、誰もいないな。
でも、子爵の乱入でこの空気が激変した。
エレオノーラ様の瞳に再び地獄の業火が燃え上がったのだ。
「アンタが元凶でしょおおおおお!!」
はい。標的がチェンジしました。
「ま、待て、エレオノーラ! 私はただ、部下であるミリア君が心配で……!」
「その『心配』が! どれだけ私を苦しめてるかわかってんの!?」
言うが早いか、ナイフを構えて猛烈にダッシュするエレオノーラ様。
そして必死に逃げ出すアレクシス子爵。
異世界王宮を舞台に、ベルンハルト夫妻による命がけの鬼ごっこがスタートした。
その様子を、ジュリアンさんはげんなりした顔で眺めていたけれど……。
「あらヤダわ、なんだかシラケちゃうわね」
片目を閉じて、私にウィンクした。
「ま、そういうワケだから、今日のところはあんたを見逃してあげる。せいぜい、愛しのルカ様に迷惑かけるんじゃないわよッ!」
そう言って、優雅にその場を去っていくジュリアンさん。
そして壮絶な鬼ごっこを続けるベルンハルト夫妻。
あれ?
……私、ぽつーんと取り残されちゃった。
……うん。
……刺されなかったね。
……もしかして助かったのかな?
状況が全く理解できないでいると、すっと隣に誰かが立ち、私の肩を優しく抱いた。
「お待たせ、ミリア。なんか、すごいことになってるけど、大丈夫?」
声の方へ振り向くと……そこには最高の彼氏であるルカが、若干あきれた顔で立っていた。
「ルカ! 仕事終わったの?」
「うん、ようやくね。それよりも早く行こっか。なんかすごい修羅場みたいだし」
そう言って、私の手を引いて歩き出すルカ。私は混乱したまま、彼に尋ねた。
「でも、あの人たちは……」
「いいんだよ、ミリア。気にしたら負けだよ」
「そっか! そうだよね!」
彼のその言葉に私は妙に納得してしまい、導かれるようにルカについて行く。
私が前世で果たせなかった幸せな人生は、ルカと歩んでいくんだ。
えっと……いけるよね?
大丈夫だよね?
でもあの人たちは……どうして私に絡んできたのだろう?
いくら考えても、全くわからなかった。