ニックネーム
それだけのことで、普通の小学生にはないようなものまで備わった。でも僕はこれを割と自慢げに思っていたけれど、女性にはそうでもないのかな。
「じゃあ、君は遊ぶことも覚えなきゃいけないわけだ。うん、それがいいね。勉強ばっかりして自分を追い込んできた分、これからはいっぱい遊ぼう。みんなと一緒にお出かけしたりドッジボールやサッカーしたり、追いかけっこしたりして。普通の小学生がやっていることをやろう。きっと楽しいよ。君もすぐ好きになれる」
「うん」
「よし! ……そういえば、まだ聞いてなかったね。君、名前は?」
「梅野正夫」
「まさおくん。君の親は昔が好きなのかねえ? 昭和系? 今時の名前っぽくないね。悪くはないけど、今の子には馴染みにくいかもしれない。さて、ニックネームを付けようか」
「ニックネーム?」
僕は聞き慣れない言葉をオウム返しに聞いた。
「そ。ニックネームは第二の名前だよ。呼びやすいように呼ぶ。その人の特徴や名前をもじって付けるものなの。まさおくんは……まーくんとか、まーちゃん辺りがいいかな? 思い切ってさおって付けるのもいいけど、単語と被っちゃうからアウト」
「まーくん……」
「お、そっちがお気に入りかな? まーちゃんにしよう!」
ニヤニヤと笑って、女性は僕が選んでいない方を選んだ。どうやら僕はからかわれているらしい。でも不思議とムカついたりはしなかった。
僕は僕を子供と思って接してくれる人が欲しかったのか。
僕を子供扱いしてくれて、僕を子供にさせてくれる人を必要としていたのだ。
何でそんなことに気づけなかったのだろう……。
僕も実は甘えたかったのだと、初めてわかった。
僕が口元を押さえていると、女性が僕の顔をまた覗き込んできた。
「ん? 何だか嬉しそうだねえ。先生も嬉しいぞ。それじゃあ、そろそろ教室に行こうか」
「うん」
僕の目線までしゃがんでくれる女性は、心から僕と向き合ってくれている。
優しくて頼りがいのありそうな先生だ。僕はこの人が先生になってくれてよかったと思った。まだ授業は受けていないけど、最初から好印象だ。
僕と先生は一緒に教室まで歩いていった。
先生はたくさんのことを話してくれた。出会って間もない僕に心を開いてくれて、僕も心を少しずつ開いていけた。こうやって談笑しながら歩くことができるなんて、僕は夢にも思わなかった。今まで生きてきた中で、一番楽しい時間だと思えた。