良い子でいようとしなくていい
僕が一礼すると、女性は唸って品定めをするように顎に手を添えた。
「うん! 君はいいねえ! 礼儀正しくて如何にも優等生って感じだ! でもそれだけじゃ駄目なんだぞ? 子供はもっと甘えなくちゃ! いい子でいてもいいけど、悪い子でいてもいいんだ。子供のうちにたくさん学べば、大人になっても恥ずかしくない!」
夢で見た女性とは別人のようで、女性は熱弁を振るった。
僕のイメージしていた女性とは違う。何だかこの人は親しみやすくて感じのいい人だ。
あの女性は親しみやすさはなかったけれど、神秘的だった。ああいう先生に出会ったことがなかったから、ほんの少しだけ期待していた。
「んー? 何だかがっかりしているなあ。私の言葉、駄目だったかしら」
「あ、すみません。僕は……」
ピッと人差し指で発言を止められた。
「ノンノン。そういうときも気を遣わなくていいんだぞ、少年。子供は人を馬鹿にするくらいがちょうどいい。素直に思ったことを言おう。世渡り上手な子供は疲れるだけなんだからね。大人になったら言いたいことも言えなくなるし、今のうちにいっぱい悪さしよう。それで怒られて大人に成長していくの。私はそれも教えに来た」
女性はつらつらと持論を並べ立てた。
僕にそんなことを言ってくれる大人はいなかった。とても興味深い。
僕は気圧されたように、縮こまった。
「はい……」
「んー? 敬語駄目、絶対。絶対駄目だからね。私にはタメ口で話すこと」
「そんな、僕より年上なのに」
「んーん。子供には年上とか関係ないの。タメ口の方が話しやすいでしょう? それに私は先生だけど友達になりに来たから、タメ口でも全然気にしないのでえす!」
「まあ、確かに……」
我ながら順応性が高い。すぐに敬語を使わなくなった。
女性もお気に召してくれたようだ。
「それにしても……君はしっかりしすぎているね。まるで小さな大人だ。君はいつ礼儀を学んだの? 私の言っていることも理解できているようだし、きちんと聞くし。小学生でそこまでできる子は少ないと思うけど。特殊だねえ」
「親が忙しいから、長男の僕がしっかりしなきゃと思って。それで色々と勉強をした結果、こうなったというわけで……。勉強だって、好きでやっているわけではなくて」
そう。僕は身に付けるべき処世術を身に付けただけだ。親が近所の人と会話することが殆どない分、僕がそれをしなくちゃならない。連絡網だって僕が自分で回していた。
礼儀を知らずに何かをするには、僕は臆病だった。