祈りは天に届かないけれども
「先生、私忘れません。先生が私の先生だったってこと、絶対に忘れません」
私は涙ぐみそうになる瞳に、精一杯力を込めて先生に向かって言い放った。
先生は観念したように苦笑して、さよならと私の耳元で囁いた。その言葉で堪えていた涙が一気に溢れ出し、一筋の滴が頬を伝った。
「さよ……なら……」
私は全てを忘れないようにと目を瞑った。祈りは天に届くのだろうか。いつも叶わなかった願いを今回だけは叶えてくれるだろうか。神様は本当にいるのだろうか。
もし、いたら私に先生とのことを忘れさせないで。
その願いは無情にも砕け散った。
それから月日が流れて、私は身も心も大人に近づいていった。
高校生になったある日のこと。同室の姉に聞かれる。
「はるりー、あんた何してんの?」
「あ、お姉ちゃん。これ、昔の写真」
削り取られたように真っ白な箇所を指し示しながら見せた。
「何これ? あんたの隣にいる人、何で真っ白なのよ」
「変でしょ? 私も何か引っ掛かるんだけど、何も思い出せなくて……」
「あ、もしかして心霊写真とかいうやつ? この頃、そういうの流行ってんねー」
私はじっと写真を見つめてみた。すると、ポタッと透明なインクが染み込み、像を形作っていく。数秒後、美人な女の人が写真の中に現れた。その瞬間、私の中の時間が蘇った気がした。
それまで透明なインクだと思っていたものが、自分の涙だとは思わなかった。
「あんた……何泣いてんの? 写真の人の気持ちが乗り移ったとか、そういうやつ?」
「うん……そうみたい」
私は写真についた涙を指でこすろうとして、慌てて指を引っ込めた。こすったら消えてしまうかもしれないと思って。
姉が横で私の顔を訝しげに見つめていたが、私は写真に目を向けた。
何かいいことが起きそうな気がする。
そう思って、私は窓の外を見遣った。