第6話 ガシスは思う
本日も投稿させていただきました。よろしくお願いいたします。
「ここは……」
リッツが再び意識を取り戻したのは夕暮れ時のことだった。襲撃から4時間経過してのことである。頭に靄がかかった状態のリツは、自分のいる場所を即座に把握できずにいた。
「リッツ!」
ガシスに呼びかけられて、リッツは冷や水を浴びたように、急激に起き上がった。
リッツは反射的に周囲を見る。すると、無傷のガシスとアインが視界に映って安堵する。
「リッツ君が無事そうで何よりだよ」
胸をなでおろすアインに、リツもまた静かに息を吐き出す。
「それはお互いさまです…… 本当に良かった」
そう言って、リッツは微笑むが、周囲を見渡した途端にその笑みは煙にように立ち消えた。なぜなら、荷馬車に積んであった、持ち運び可能な荷物がすべて消失していたからだ。
「倒れている間に金も奪われてね。しばらくは大赤字かな」
大きなため息をつくアインに、リッツは茶色のモッズコートの胸部分をクシャリと手で握りしめた。
「……すみません。お二人の護衛でもあったのに」
リッツが謝ると、アインは首を振った。
「いやいや、リッツ君が謝ることなんてないでしょ。ねえ、ガシスさん?」
アインに話を振られたガシスは、リッツの肩に静かに手を置いた。
「ただの不慮の事故だ。商売なんて、命があれば、またやりなおせる。だから、気にするな」
ガシスはポンポンとリッツの肩を叩く。一方のリッツは視線を落とし、自分の影をじっと見ていた。
その様子を見たガシスとアインは互いに顔を見合わせるのだが、急にリッツはぱっと目を見開き、顔を上げて、連峰をじっと見る。その変わりように、アインは驚く。
「リッツ君、どうしたの?」
尋ねるアインを無視して、リッツは目を見開いたまま、銅像のように動かない。
不自然なリッツの様子にガシスも見かねて、リッツに呼びかける。
「おい、どうした、リッツ!」
「……見つけました」
ガシスが呼びかけてから2秒後に、リッツは呟いた。
「何を見つけたの?」
「あいつの居場所が分かりました」
「あいつって盗賊? いや、でも複数人だからあいつら……だよな? ちょっとどうしたの?!」
リッツはアインの呼びかけを意にも介さず、荷馬車の中からわずかばかりの食料とリュックを取り出した。アインとリッツの会話を聞いていたガシスはとある結論に至り、それを口にする。
「……奪われた武器を見つけたのか?」
ガシスの一言を聞いたアインはすぐにリツの方に顔を向けた。
「はい。あいつが目を覚まして、俺に呼びかけまして……方角とおよその距離は」
リッツは淡々と答えつつ、わずかばかりの荷物をリュックに詰めている。
「ちょっと待って! リッツ君、どういうこと? あいつって何? そもそも武器の居場所が分かるって……いや、そうじゃない。盗賊連中のところに行く気かい?」
「そのつもりですけど……」
「私とガシスさんは意識を取り戻してから、私が雇った護衛2人を探しに行ったんだ。君らと合流した時に話していたことだけれど、私が雇った護衛2人を私達から少し離れたところで様子を見てくれていたんだ。彼らなら何とかしてくれると思っていたんだけれど、やられていた。盗賊の奴らはおそらく、手練れだと思う。君が護衛ではなく、行商人と思われていたから、やられずに済んだ気がする。もし、君が反撃しにいったら、間違いなく彼らは君を殺しにかかるよ! ここは商会に相談して複数の傭兵を雇って、居場所を教えれば……」
アインが戸惑う中、リッツは奪われずに済んだ、唯一の馬にまたがった。
「さっき一文無しと言ったばかりじゃないですか。雇うにしてもお金が要りますし」
「それはそうだけれど。前借りするなりすれば……」
「手続きに時間がかかりますし、その間に転売されるのが明白です。今なら追跡できる距離にいますし。まだ取り返せます」
「でも……ガシスさんも何か言ってください!」
アインとリッツのやり取りを黙って聞いていたガシスが口を開く。
「……大丈夫なのか?」
ガシスはリッツをまっすぐに見つめて、尋ねた。
「多分……」
その視線に、リッツは正直な気持ちを吐露する。
「命ありきの人生なんだ。無茶はするなよ」
「とは言っても、俺は護衛ですし」
「お前さんはこれまでも、道中で出くわした魔物討伐で貢献している。商売品が奪われたって、何度でもやり直せる。だから、無理はしなくて良い」
「そうですね。でも……」
そう言って、リッツは瞳を閉じる。すると、リッツの周囲に小さな緑色の灯火がポツポツと現れる。
「我が身体の一部となれ! フーガ・ビークル(風魔法の鎧)!」
リッツが唱えると、馬が雄叫びをあげた。それと同時に風圧が発生し、馬の鬣と尻尾がなびいた。
「あなたには返し切れない恩があります。だから、恩を返せるなら、この命を賭けることに後悔は無いですよ。ただ、失敗したら、ごめんなさい。でも、きっと帰ってきますので……」
リッツが早口で答えると、手綱を握り、馬は勢いよく走り出した。方向は白い街並みが広がっている『ホワイトセブルス』とは逆方向の山間部へと続く街道。
「ちょっと、リッツ君!」
アインは呼びかけるが、馬が止まることは無い。
一方のガシスは人差し指と親指で目頭を強く抑えて、天を仰いだ。そして、アインには聞こえない程度の声量で呟いた。
「神様……もし、あんたがこの世にいるんであれば、どうかあいつを、律を……見捨てないでいてくれ……」
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。引きつづきよろしくお願いいたします。