第2話 フォージ大昇降機
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「ふう、やっと国境ね」
セレスは目の前に反り立つ巨大な岩壁とそこに巻き付く巨大な根を前にして呟いた。
「ここまで約1週間、思ったより時間がかかりましたね。馬も疲れていますし」
リツは、風の魔力を纏う馬、フジルホースの頬を撫でる。馬はブルルと音をならした。
「しょうがないわ。シード連峰と、アリオス山脈という巨大な山々を超えていくもの。登ったり降りたりの繰り返し。かなり脚に負担がかかるわ」
リツ達はアリオス山脈に向かうため、王国『アルバス』の北東に位置するシード連峰の中を進んでいた。
アリオス山脈は、大公国『ロセウス』の南東に位置しており、王国『アルバス』のアリオス山脈と位置している。このため、『ロセウス』と『アルバス』の国境は山間に存在しており、100年前までは、人が立ち入るには困難な土地であった。だが、4代目勇者の活躍により、アリオス山脈を目指す者達が急増、それに伴い、道が開拓されて、人が行き交うようになった。とはいえ、山々を超えるためには、かなりの労力を要する。
「国境の都市、イヴァスカイア。王国のアルバスからアリオス山脈へと続く流通を担っているだけのことはあるわね。大きいわ」
セレスは巨大な岩壁の頂きに目をやる。自分の背丈の30倍はあろうその壁の頂点に無数の街並みがポツポツと目視で確認できた。
国境都市のイヴァスカイアは、山々に囲まれた合間に存在する都市である。その山間でも、地形の変動により形成された断崖絶壁の、垂直に反り立った山の頂上に構築された。あえて、そのような場所に構築されたのは、魔物からの侵入を防ぐため。
「ここら辺は山の隙間。魔物の出現もあると聞きますし、そんなものから都市を守ることを考えると、そうなりますよね」
リツもまた、巨大な岩壁を見上げて、呟いた。
『関心するのも良いがよォ。飯にしねえか。オレ、腹減っているんだけれど』
そこで、剣の中のブライがリツを突っついた。
(分かったよ)
リツはセレスの方に顔を向ける。
「ブライが飯にしたいと言ってましたので、早く街中に入りたいそうです」
「分かったわ。では、行きましょうか」
二人は止めていた馬を再び歩かせ始める。二人はまっすぐに絶壁の方へと直進した。
『なあ、前に話で聞いていた国境の門ってやつがあれか?』
(うん、そうだよ。あと、もうちょい)
リツは鬱陶しさを感じつつも、ブライに答えて、絶壁の真下まで歩みを進めた。すると、真下では旅人や行商人らしき人間がたむろしていた。
『なんか、人でいっぱいいるな。みんな、イヴァなんちゃらって町に行くのか?』
(たぶん、そうだね)
リツがブライに返事にしつつ、絶壁の方に馬を歩かせていく。すると、剣のブライの視点からも、5メートルほどの門が絶壁にめり込んでいるのが見えた。
(あの門がイヴァスカイアへと続く門。そして、イヴァスカイアを通った先が、隣の国、ロセウス。ここは国境の門でもあるんだ)
門には重装備の国境兵が10人ほど、駐在していた。彼らは、門に近づいてくるセレスとリツに気付いた。
国境兵の視線に気づいたリツとセレスは懐から手のひらサイズのカードを取り出した。
「そこのお二方、申し訳ありません。ここからは国境になりますので、身分証の提示をお願いします」
門の前で若い国境兵に呼び止められたセレスとリツは、カードを提示する。セレスは冒険者のカードを。リツは行商人としてのカードを提示する。
国境兵はカードの中身と顔を交互にみつつ、認証作業を行う。
「小国ハリスの出身で4級冒険者のセレス殿。そして、王国アルバス出身で、マルー商会の行商人、リッツ殿ですね。セレス殿の冒険者登録ナンバーおよび、リツ殿の行商人ナンバー、合致しました。問題ありません。お通りください」
国境兵に促されて、ゆっくりと開かれる大門を二人は馬を連れて通り過ぎていく。
『あれが話に聞いていた国境の承認ってやつか。にしても、4級冒険者? とか、マルー商会とかなんなんだ? オレはその話、聞いていねエな』
ブライは先ほどのやり取りで出てきた新しい単語をリツに聞かずにはいられなかった。
(4級冒険者は冒険者の階級。特級から見習いの6級まであるんだ。4級以上が一人前で、国境を渡ることを承認されている。マルー商会は、ガシスさんが所属する大手商会。俺はガシスさんのおかげで所属できるようになっているんだ。このマルー商会は各国で支店もいくつもあって、国境を渡ることも承認されているところなんだ)
『へエ、冒険者って階級があるンだな。つーか、冒険者ってなんなんだ? 全く想像がつかねエんだが』
(それは……俺よりもセレスさんに聞いた方が……っと見えてきた!)
リツは大門をくぐり抜けた先の光景に目を見張る。
「これが有名な……フォージ大昇降機」
大門を潜り抜けた絶壁の内部には、無数の巨木が林立しており、その枝には無数のロープと滑車がつり下がっていた。そして、ロープに括り付けられた巨大な木の板が昇降している。
木の板には、人が百人近く乗れるほどのもので、運搬が盛んにおこなわれている。
「実物は初めてだけれど、なんて大きいところなの……」
セレスは昇降される巨大な木の板に目を奪われた。周囲を岩壁に囲まれて、暗がりとなっているが、それをかき消すように、周囲の岩壁から色鮮やかな緑と青のスポットライトが燦燦と照らされている。巨大な木も照らされ、湿度の高さも相まって幻想的な雰囲気を醸し出していた。
『すげエな。おい』
剣の中のブライもその景色に目を奪われた。
(この昇降機で馬ごと昇り、イヴァスカイアに向かう。行くよ)
リツとセレスは複数ある昇降機の中から一台に乗車した。すると、そこに他の行商人らしき人々がぞろぞろと乗り込むと、乗客を囲むようにロープがぐるりと昇降台を取り囲んだ。
そして、昇降機がガシャリと動き始めて、ゆっくりと上へ上がり始める。この時、リツやブライ達を上から押し付けるような重力がのしかかる。
『おい。登り始めたぞ!』
耳元で騒ぐブライに、リツは少し辟易しつつも、周囲の岩壁に照らされているスポットライトの変化に目を奪われている。まるでどこか知らない世界へ向かって行く旅人のような感覚であった。
「ねえ、頭上を見て」
セレスが人差し指でリツにちょんちょんと叩いて、頭上を指さした。幻想的な色に染まる岩壁とは対照的に、天然の太陽からの日差しが頭上から差し込まれている。その光は徐々に輝きを増していき、色鮮やかな岩壁と混ざり合って、目が眩むほどの光を放つ。
そんな光に包まれる中、リツ達は国境の都市、イヴァスカイアに到着するのであった。
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