第1話 アリオス山脈とベルガシアという植物
本日、更新させていただきました。読んで頂ける皆さまはよろしくお願いいたします。
「いや、本当に悪かったって」
セレスからのたこ殴りで負傷した皮膚を再生しつつ、馬上でブライは謝罪した。
そんなブライと横並びで馬にまたがり、並走させているのは冒険者のセレス。彼女はブライとリツに約束を破られかけて、怒り心頭であった。
「全く、約束していたじゃない。本当に信じられない」
セレスが怒るのも無理もない。セレスとリツとブライは一緒に旅に出ることを約束していたにも関わらず、二人はそれを忘れていたのだ。このため、出発する彼らに置いて行かれそうになっていることに気付き、彼らから渡された、彼らの所在を知らせる魔法石をもとになんとか追いついたのだ。
セレスはこの世界で初めての飛行艇作成を目的とした素材集めの旅を。ブライは、ブライを元の身体に戻すため。リツはそんなブライに協力し、自身は今後、この世界の行商人としてやっていくためのノウハウを手にする意味で旅に出ることとなっていた。
彼らは大公国『アルバス』の流通を遮断していた魔物の『エリュマントス』を討伐する際に出会った。瀕死のセレスをブライとリツは救助し、その時にセレスから聞いた飛行艇の話に心躍らせたブライが見切り発車で、ともに旅をしようと誘ったのがきっかけであった。
飛行艇とは、飛行する乗り物。この世界『ユニヴァース』では、飛行する生物にまたがって移動することや、少人数を風魔法で浮かして、飛び回っての移動はこれまでもあった。しかし、大人数を乗せた飛行は、まだ実現していない。
セレスの目指す飛行艇は、大人数を乗せて、荷物も搭載し、流通を円滑にする乗り物。原理は魔法石による飛行であった。そのための魔法石や、出力方法を担う魔法陣、飛行するのに必要な材質を得ることが必須。これらの知見は、彼女の村に伝承されていた6代目勇者が執筆した書物に記載されており、6代目は密かに構想されていたものであった。
「でも、わざわざ、ここまで追いかけてくれたんだろ? ありがとな。やっぱり旅は多い方が楽しいしな」
ブライがボコボコの顔でニッと歯を見せて微笑んだ。その笑みを見たセレスはため息をつきつつも、つり上がっていた眉尻を下げた。
「……本当に調子が良いんだから……それで、この方角だと、アリオス山脈でも目指しているの?」
「そうだ。あそこには勇者の聖地があるとリツから聞いてそこを目指している」
「そうなのね! そうすると、私はそっち方面に欲しいものがあるの。アリオス・ベルガシアの木々を調達したくて……」
セレスの話を聞いていた、ブライは眉間に皺を寄せながら、腕を組んで首を傾げた。
(なんだ。その、アリオ・なんちゃらっていうのは?)
頭上を見上げて考えているブライに、剣の中のリツは補足説明する。ブライとリツは一心同体。ブライは元々、リツの所持している剣の中に内包されていた魂であるが、剣を介してリツと身体を入れ替わることは可能である。この時、リツの魂はブライと入れ替わりで剣に内包される。現在は、リツの魂が剣に内包されており、彼らは念波で会話をしている。
『アリオス・ベルガシア。アリオス山脈周辺に自生する植物のことだよ。通常の植物では耐えきれないアリオス山脈の厳しい気候を耐えられる強靭な樹皮を持つ植物。さらに枝や根を自在に伸ばして、近くの動植物を捕食する、食肉植物の一種。結構、凶暴だともされているよ』
「食肉って……ネーチャン、それ、危険じゃねエのか?」
ブライは鼻の穴を膨らませながら、セレスに尋ねた。尋ねられたセレスは、頬を人差し指で搔きながら、ブライとは反対方向に視線を向ける。
「まあ、普通の人間なら厳しいけどね。でも、エリュマントスを討伐できるあなた達となら、大丈夫かなあって」
「1人での女旅は危険だと言ったのはオレだし……かまわねえんだがよ。リツ、お前はどうだ?」
ブライはリツに尋ねると、リツに身体を明け渡した。入れ替わったリツがセレスとの会話を引き継いで、会話を続ける。
「いや、俺も大丈夫だけれど……にしても、アリオス・ベルガシアって、中々に大きな植物ですよね? 木材を回収できたとしても……俺が使える収納魔法では収めきれないですよ。両手を広げていっぱいくらいのものしか入りませんし」
リツは収納魔法を使えるが、容量は大きくない。収納量は横、縦、奥行きが2メートル前後。生活用品は入るし、魔物の素材も大きくないものは入る。しかし、大型モンスターの素材の収納は難しい。
本来はより大きな収納魔法を習得しようとしていのが、そこまでの魔法適正がなかった。
(そもそも、そういうものが習得できれば、盗賊にやすやすと強奪されることもなかった)
リツは盗賊に襲撃されたときのことを思い返す。収納魔法の要領が少なくて、武器を収納できなかったばかりに、荷馬車を襲撃されたとリツは考えている。貴重なものであるほど、セキュリティはしっかりするべきなのだと痛感していた。
「そういうことね」
リツに尋ねられたセレスは、鼻を鳴らしながら、懐から鍵を取り出した。
「これは……ディバイアル・キー!?」
「ふふ。飛行艇を作るのを目指しているのよ。大型素材も入手することは想定済み。だから、あなたたちと別れてから、こんなものを入手したの!」
『なあ、なんなんだ、このちゃっちい鍵は? なんでそんなにリツは驚いている? ネーチャンはなんでそんな自慢げなんだ?』
(この鍵は転移魔法でも最高峰のアイテム。指定した場所に、指定したものを転移させる魔法。転移させるにあたって色々な縛りがあるけれど、これさえあれば、大型モンスターの素材回収と保管も難しくない。でも、かなり高価でかなり貴重なんだ。一流の行商人のステータスみたいなもので、俺も欲しいくらいだよ)
「よく入手できましたね。驚きしかないです……」
リツは目を丸くしながら、セレスに尋ねた。
「エリュマントスの討伐で得たお金を全てはたいたわ。それに、王都にあると噂も聞いていたし……本当に運が良かった。あとは、移転先の倉庫を購入するのにもかなりのお金を使っちゃったし、これまで溜めていたお金の半分くらいは持っていかれてしまったの。でも、これで全国の貴重な素材も収集できるしね。というわけで素材も問題ないわ。さあ、行きましょ、アリオス山脈に!」
セレスは遠くのアリオス山脈を指さしながら、馬で歩みを進める。リツもまた、彼女の歩みに合わせるように、並走していくのであった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。次は週末あたりに更新します。よろしくお願いいたします。