第42話(第1章最終話) 旅立ちの朝
本日も投稿しました。よろしくお願いいたします。また、ここまでが第一章の区切り部分となります。次話は第一章のエピローグとなっており、そこで第1章の完結となっております。もし、ここまで読み進めた皆さまであれば、今回の話では物足りない部分があると感じるかもしれません。その部分がエピローグに差し掛かってきます。
「忘れもんはねえか?」
ガシスは、リツ達が旅立つ方角の景色を眺めながら、リツに確認を取る。
空は快晴。遠くの山々までよく見えており、山間から吹き込む微風が、少し肌寒いが、とても心地よいものとなっている。
「ええ、問題無いです」
朝の陽ざしに照らされながら、リツは馬の腰まわりに括り付けた大きなカバンと、自身が抱えるリュックの中身を念入りに確認している。確認し終えたリツはブライに顔を向けて、掌でオーケーのサインを作る。
「何かあれば、この商会に連絡をしてくれ。俺が所属している商会で、世界に広く展開しているところだから、力にはなりやすいはずだ」
ガシスは懐からスッと紙切れを取り出して、リツに渡した。リツは大事そうにその紙を受け取り、懐の奥にすっとしまった。
「ありがとうございます。逐一、手紙での連絡はしますね」
「ああ、分かった」
ガシスは頷くと、焦げ茶色の馬の方に視線を向ける。
「お前さんも長旅で大変かと思うが、よろしくな」
ガシスは馬のうなじから下あごに向けて優しくなぞりながら、語りかけた。馬の名はエオス。リツがいたものの世界の女神の名で、夜明けを意味する。
馬はリツのいた世界の馬よりも鬣が長く、胴体もわずかに大きい。フジルホースという品種の馬である。フジルホースは、フーガ(風)の魔力を内包し、乗り主の魔力に応じて風の力を纏うことができる。それにより、重量を軽くすることや、わずかの時間、宙に浮くこともでき、悪路でも乗り越えられる強靭さを兼ね備えている。また、皮膚の表面に風の鎧を纏うことで、寒さや熱さも直接伝達させないようにすることも可能。
この世界の人類では欠かすことのできない、大切な動物である。
「ブライも何か挨拶する?」
リツは腰に括り付けた剣に視線を向けた。黄金色の鍔の中央に埋め込まれた赤い結晶の玉が朝の太陽に反射して、チカッと光る。
「次に会う時、オレは人間として会いに行くからな。それまでは元気でいろよ」
青年の口調は打って変わって、粗野な物言いに変わった。
「ああ、楽しみにしているぞ」
ガシスの言葉にブライは、ニカッと歯を見せて笑うと、再びリツに切り替わる。
リツは姿勢を正し、遠くの山々を見た後にガシスの方へ顔を向ける。
「それでは行ってきますね」
「ああ」
リツが脚で馬の胴体をトンと叩くと、馬はゆっくりと遠くの山に向けて歩き始めた。
「……かならず無事で帰ってくるんだぞ。ずっと待っているからな」
ガシスは遠のいていくリツの姿をじっと見つめながら、彼らの耳には聞こえないほどの声量で呟いた。それから、ガシスは彼らの姿が見えなくなるまで、じっと見守っていた。
一方のリツも、ガシスの方を振り返ることは無い。ただ一言、ガシスには聞こえない声量で、『ありがとう』と呟いた。
そこから出発して小1時間ほど、リツは何度か手の甲で目元を拭う時が、何度かあった。人通りも少なく、彼の顔を見るものは誰もいない。珍しくブライも黙ったままであった。
ブライが次に声をかけたのは、リツが目元を拭うしぐさをしなくなった頃である。
『そういえば、神官のネーチャンからの手紙。あれってどんな内容だったんだ? 実は、ちゃんと見てねえんだ』
「あれね……」
リツは懐から折りたたまれた手紙を取り出して、広げた。
『もしかして愛の告白か?』
ブライに茶化されたリツは、ムッとした表情を浮かべる。
「からかうなら、中身を教えないよ」
『悪かったよ。んで、中身はどうだったんだ?』
「その中身なんだけれど……」
リツはアマネからの手紙を読み上げる。
リツさん、ブライさん
この度は、私のせいでお二方に色々とご迷惑をおかけしたこと、大変に申し訳なく思っております。改めてこの手紙を借りて、謝罪したいと思います。本当に申し訳ありません。
さて、本題になりますが、お二方にはお伝えしたいことがありまして、お手紙を書かせていただきました。具体的な話ですが、私は今、神官として厄災に関する予言に取り組んでおり、その時に見えたものについてお二人にはどうしてもお伝えしたいという思いがあったのです。
では、その見えたものですが、お二方がこれから発生する厄災で重要な役割を果たすこと、どちらが欠けてもそれは成し遂げられないというような予言が見えました。これは最近、見えたものでして、カナエさんとお二方が戦闘に突入した際に、見えたものです。もう少し早く見えていれば、こんな事態にはならなかったと思っているのですが、そこは私の力不足でした。申し訳ございません。
ではお二方がどのように役割を果たされるのか? 残念ながら、そこの部分は良く分かりませんでした。ですが、その役割を果たすためには、おそらく、お二方の真の力の解放が必要なのだと感じているのです。
ブライさんは記憶と身体を取り戻そうとしているのですよね? そして、勇者ゆかりの地で記憶を取り戻した際、新たな力が発現している。これらの事象には何か運命を感じざるを得ません。
厄災は今から約1年後。それまでの間に、リツさんがブライさんの記憶を取り戻す手伝いをすることで、厄災での重要な役割を果たせるところにまでに達する。それこそが勇者リツとしての役割ではないかと、そう私は考えております。
リツさんは、勇者をクビになったことをすごく気にされているかと思いますが、リツさんはまだ、勇者として始まったばかりであり、決して勇者として不適格だとも思ったことはありません。なぜなら、あなたは自分を支えている皆さんへの思いやりも強く、他人の立場に寄り添える方であることは分かっております。そして、勇者の館に在籍していた半年間、誰よりも努力を積み重ねて続けていたその真摯さもありました。そのようなところが、勇者にとって最も重要ではないかと感じているのです。今回はリツさん達の手助けをできる予言が見えましたが、そんなことがなくとも、あなたは勇者であると私は思っております。
あとは、それをちゃんとリツさんが去る時に伝えられなかったことを、後悔しておりました。ですが、今回のお会いすることができて、この手紙を渡せたことに、ほっとしております。
どうか誰かのために立ち上がったことを誇りに思ってください。
お二方の旅の行く末を影ながら、応援しております。
『リツ、オマエもちゃんと、神官のネーチャンから勇者の一人として認められていたんだな』
「俺にとってはもったいない言葉の数々だよ」
リツは手紙を折りたたんで、大事に懐に仕舞った。
『にしても、まさか、オレのエゴが厄災を救う日が来てしまうのかあ』
「エゴという自覚はあったんだ?」
『ああ、失礼だぞ、オマエ。オレはこう見えてだな……」
「わかっているさ。あんたは他人のために身体を張り、自身の責務も真正面から受け止める。そんな火付盗賊改でしょ?」
リツはカナエとの戦闘のあとで、自身の知っているブライの過去のすべてを話した。それらの過去を知ったブライは、自分の手が汚れていることにショックを受けることよりも、自分の殺めた人間のことを知れたことに安堵しているようだった。
リツはその様子を見て、やはりあの人物はブライ本人であったのだと確信したものだった。
「わかってんじゃねえか。いいか。ここまで神官のネーチャンに言わせたンだ。俺らの底力って奴をこの旅で見つけるしかねエな』
「そうだね。まずは次の目的地へ向かおう!」
リツは自身を鼓舞するかのようにブライに声をかけるのだが、内心ではこれからの旅の果てにどのような未来が待ち受けているのか、想像がつかないのが正直なところだった。
さらに言えば、勇者をクビになった、大した実力も無い自分が、粗暴でがさつなこの相棒とともにこの世界を救えるだけの役割を担えるのかも想像が付いていない。
だけれど、ブライには自分に無いものを持ち合わせており、それが自分を動かしていることをリツは理解している。それが運命によって引き寄せられているのか、勇者としての何かの宿命なのか。
いろいろと考えるべきことはあるが、今はこの旅で、この世界のことを知りたいと思うリツであった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。