第39話 双流と雌雄
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『おい、急に体が軽くなったぞ。何が起きた?』
ブライの問いかけにリツは答えられずにいた。それほどまでに驚くべきことが目の前で起きていた。
(二本の剣に……しかも、再生まで!?)
リツは二本の刀身をまじまじと眺める。加えて、さきほどまで確認されていた亀裂が無くなっていることに気付き、目を見張る。
「驚いたわ。もしかして、それがあなたの勇者としての固有魔術?」
カナエはリツにレイピアの切っ先を向けながら、尋ねてきた。
固有魔術。
それは勇者として召喚されたもの達は各々固有の魔術を習得するとされている。カナエの場合は属性魔術の中でも幻と言えた光聖魔術。先代の六代目勇者は、魔力の無限貯蔵機構を有するメガノ・ルブスなど、各々の特性に沿ったスキルを習得する。そして、そのどれもが勇者が勇者たるゆえんを作るほどに強力なものであることが多い。
(これが……俺の固有魔術)
これまでにリツは固有魔術を会得したことはなかった。固有魔術は各々の特性により発現することが多く、いくつもの試行錯誤で到達するものであった。
リツもまた、思考錯誤を繰り返していたが、固有魔術の発現には至らず。それが勇者として強くなれず、勇者をクビになった一つの要因でもあった。
『リツ、何が起きた? 急激に身体が軽くなったんだが……』
ブライは現在の状態をはっきりと視認できずにいたが、剣の中ですらもその異変には即座に気付いていた。
(今、剣が二刀に分かれたんだ)
リツの説明にブライは激しく驚いた。
『マジかよ! とんでもねエな。つーか、分裂したってことは視界……いや、普通にこれまで通りに見えているし……一体、どうなってやがる?』
(俺にも分からない。でも、一つだけ分かるんだけど、ブライ。この二刀はあんたが使って欲しい)
『へっ……オレが? いや、二刀なんてよく分からねえし』
(過去のあんたは二刀を使っていた。きっと、この変化はそういう意味なんだと思う)
『いや、そうだとしても……おい、ネーチャンが来るぞ』
二人が無言でやり取りしている間に、カナエはレイピアで攻撃をけしかけてきた。
「得体のしれないものには、迅速に全力でつぶすのみ……リゼオス・ブリルロバル(光聖の流動剣)!」
レイピアから放たれる、光のオーラが川のように帯状に連なって、四方八方からリツの逃げ場を無くすように襲い掛かる。
(変わるよ!)
リツはブライにそう宣言すると、肉体はブライへとバトンタッチされた。
「ええぃ……ヤケクソだ!』
急に招集されたブライは必死に二本の刀を振り回して、帯状の光の斬撃をいなし続けた。
(なんだ。この感覚。身体が勝手に……)
ブライは両刀を振り回している時に気付く。己の両腕が鞭のようにしなやかに動くこと、
両刀から生み出される斬撃が、網目状に隙間なく、カナエからの攻撃を防いでいることに。
それは威力を相殺し、剣への衝撃を極限にまで減退させていた。
「そんな……急に動きが変わるなんて……」
これまでの大味な剣戟とは毛色の異なる様相にカナエは面食らった。
カナエからの攻撃をすべて受け流し切ったブライは、扇のように広げた両腕で雲をつかむように、ふわりと無数の円を描きながら二刀を振るう。
それはブライが意識せずとも、身体が勝手に動いた結果である。
カナエは動きの読めない一太刀に、防御が遅れて吹き飛ばされた。
(なぜだろうな。すげえしっくりくるのは……やはり過去のオレが関係してンのか?)
ブライは不可思議に思いながら、両刀の刀身に映る自身の姿をちらりと見る。すると、リツの姿から、眼帯の屈強な男の姿が写り込む。
(コイツは……オレ……か?)
目を丸くするブライだったが、前方でまばゆい光が放出されているのを感じ取り、両刀を構えた。
「ここに来て進化するとは……新山君も認めているような雰囲気もあるし……ただの悪霊でもなさそうね」
吹き飛ばされていたカナエは体制を立て直し、ゆっくりと近づいてくる。
(なぜだろうな。この双剣を振るうことで、なんだか頭がスッキリしてきやがった)
接近するカナエに対してブライもまた構える。そこには先ほどまでの無鉄砲さはなく、静かにカナエをとらえていた。そして、冷静さも兼ね備えたところで思考するだけの余裕が生まれた。それに伴って、対話するという選択肢が突如として生まれて、直感的にそれを選択した。なぜなら、それがブライにとって最適な選択だと感じたためだ。
「なあ、ネーチャン。そこまで分かっているなら、ここら辺で終わりにしねえか?」
ブライは二刀を構えながら、カナエに休戦を申し出る。
「そうね。あなたがアマネちゃんに会う事を諦めてくれるなら。これまでのことを洗い流しても構わないわ」
アマネは神官の中でも神聖術にたけており、呪いの解除にも秀でた女性。ブライとリツは彼女の能力が、ブライを人間に戻してくれる可能性があるため、彼女と会いたいという目的がある。
一方のカナエ側としては、厄災がいつ起きてもおかしく起きないこの時期に、貴重な人材であるカナエをおいそれと得体の知れない人間に会わせたくない。
「危害を加えるつもりなんてねエよ。ただ話がしたいだけだ」
「それなら、厄災が過ぎてからでも良いんじゃないかしら?」
「それはいつ終わるンだ?」
「それは分からないわ」
カナエは即答した。
『ブライ。俺はここで引きさがっても良いと思っている。そんなに焦らなくてもきっとチャンスはある。俺はお前との約束は破らないから。だから、ここでわざわざ命を賭す必要はないよ。俺はただ、約束を守るまで、アンタに死んでほしくないんだ』
リツはここがブライを説得する最後のチャンスだと思い、会話に割って入る。それに対して、ブライは冷静にリツに問いかけた。
(それは厄災が終わった後でもオマエがこの世界にいるという前提の話だろ? オマエはクビになっても勇者だ。元の世界に帰るんじゃねエのか?)
『……あっ!』
リツは思わぬ落とし穴に声が漏れてしまった。
(なんだよ。いつもはオレを野蛮人扱いする癖にそこは抜けてんのな)
『ごめん。それなら……俺はブライの判断に従う』
リツは剣越しに申し訳なさそうにブライに答えた。
(悪いな、リツ。館に入った時点で先にそう説明するべきだったな)
剣越しでの問答が終了したブライは、即座にカナエとの会話に戻った。
「なら、ネーチャンへの質問を変える……その厄災の後には、アマネというネーチャンは無事に帰ってくるんだよな?」
ブライは鋭い視線をカナエに向ける。その問いかけと視線で、カナエは少しだけ答えまでに間が空いてしまう。
そして、その間が空いた状況こそ、ブライの諦めの悪さの原因をリツは本当の意味で理解した。
「…………無事にとは約束できない。だってこの世界を揺るがすような厄災なのだから。誰が傷ついたっておかしくないとも思っている」
「なら、今じゃねえのかと思っているンだ。 だから、オレは引き下がらなかった」
そこまでブライが言い終えると、ブライとカナエの間で数秒の沈黙が漂う。
「それでも私はこんなところでリスクを背負うには……」
カナエがそう返答したことで、ブライも、そして、それを口にしたカナエ自身も理解した。このやり取りが平行線を辿ること、それを打破するには雌雄を決するしかないことに。
(リツ……すまねえが)
ブライの問いかけで、リツも意思を固めた。
『大丈夫。俺も一緒に戦うさ』
(感謝する。相棒!)
ブライは両刀をカナエに向けて狙いを定めた。すると、カナエは莫大な魔力をレイピアから放出し始めた。
「正直、消耗戦は好みじゃないわ……」
カナエの一言で、ブライも次の一撃でケリをつけるのだと理解する。
(やべエな。俺にはあれを受け取られるような技なんもう残っていねエ……)
前方から放出され続ける衝撃波で肌はひりつき、額から顎にかけて汗が滴る。
だが、その不安を払拭するように刀身の刻印に輝きが帯びていく。
『ブライ! アンタにはあの技に対抗しうる、二刀での一振りがあるはずだ! 俺はそれをアンタの過去から見た。 今、そのイメージを……』
そう言ったリツは自分の脳内のイメージを、全身を振り絞りながら、ブライの脳内に送り込もうとする。
すると、その思念がブライの網膜に数秒先の未来を投影させた。映し出されたのは、前に勢いよく飛び出す己の身体と、二刀から放たれる銀色の半円。それらが交わり、十字架の斬撃が射出される姿を。
「あなたたちの覚悟とやらを見せてもらうわ! リゼオス・ブリルキュリア(光聖の極剣)!」
カナエのレイピアから放たれた斬撃は、巨大な光の柱となって、ブライに射出される。
巨大な光の柱を前にしたブライは先ほど見た自分の残像をなぞるように、二刀を構え、勢いよく前に飛び出した。そして、二刀から銀色の半円を描き出し、交差して、巨大な十字架の斬撃へと変貌する。
荒々しくも未だ発展途上の一振り。十字架の斬撃は対象を棺へ送る……ブライはそれを一撃必殺の技とするだろうと思った。
故にその技に名を与えるのであれば、ブライが名づけるのは一つしか思い浮かばなかった。
リツもまたそんなブライの思考を読み取り、高揚する。
二人の声は揃い、同じ技を叫ぶのであった。
『「双流奥義・蛮棺!」』
放たれる巨大な十字架の斬撃。それはカナエから射出された巨大な光の柱と交わり、目も眩むようほどの光と衝撃で、カナエとリツを包みこんでいった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。