第37話 思い違い
本日も投稿しました。よろしくお願いいたします。
(そうだ。カナエさんとの戦闘で俺達は……)
リツが自分の置かれた状況を理解した途端、遠方から膨大な魔力を帯びているカナエが接近してくることを感知する。
(まずい。このままだと……)
リツは急いでブライに呼びかける。
『ブライ! 起きろ!』
リツの問いかけにブライは反応が無い。
リツはふと自分が見てきた江戸の町の人々の屈託のない笑顔が思い浮ぶ。さらに、ブライが殺めた人々の顔と、ブライの抱えている切ない思いが、リツの胸の内に流れ込む。
『ブライ、記憶を取り戻すんだろ! 見たぞ。アンタの過去を!』
リツは叫ぶのだが、ブライからの反応は無い。
『後で教えるよ。あんたがどんな人間だったのか。こんなところでくたばっている場合じゃないよ!』
リツは必死にブライに呼びかける。声が枯れそうなまでに、喉がつぶれそうなほどに大声で呼びかけた。
しかし、ブライからの反応は無く、リツは落胆した。
『ダメ……なのか』
迫ってくるカナエも含めて、リツは力なく、呟いた。
(……耳元でうるせえな。鼓膜が破れちまう)
リツが諦めかけたその時、リにブライの声がそっと聞こえてきた。
『ブライ!』
リツが叫ぶと、けだるそうにブライの身体がピクリと動き出した。
(やっと肉体が回復してきた。オマエ、オレの過去を見てきたンだよな? これが終わったら、教えてもらうぞ)
『もちろんだ』
(にしても、あのネーチャン、容赦なさすぎだろ。オレじゃなかったら、即死だぞ)
ブライはゆっくりと身体を起こしつつ、腹部をさする。
『ブライ、大丈夫なの?』
(ギリギリな。だが、まだこっからだぞ)
ブライは遠方を見る。その方向にはカナエが光り輝くレイピアを握りながら近づいてくる。
『まだやれる?』
「正直、力もあまり残っていねえ。それにあのネーチャンの攻撃、早すぎて今の俺の剣戟では対応しきれねえ。正直、手数が必要だと感じているンだが、策が思いつかねえンだ」
焦りが見えているブライに、リツはとある言葉が口からこぼれ出た。
『二刀流……』
その言葉を聞いたブライはピクリと身体が止まる。
(ソレはなんだ?)
ブライのその返しで、リツはブライが自分の過去を思い出せていないことを理解した。
『いや、分からないなら……』
リツが呟いた矢先、遠方で魔力の柱が天へと向けて放出される。
(やべえ。あのネーチャンも気づいた。ダラダラと話している場合じゃねエ)
ブライが構えた瞬間、目の前にカナエが出現した。
「リゼオス・アピスピック(光聖の刺突撃)」
光を帯びたレイピアの刺突がブライに襲い掛かる。
「剣技・芭洛!」
再度交わる互いの剣技。カナエの一突きをブライは刀身で受け止めた。
「ぐっ……」
歯を食いしばり、持ちこたえようとするブライ。まるで山のような質量が襲ってくるような感覚。それは大気を震わせ、振動だけで周囲の地面に亀裂が走らせる。
「いい加減くたばったらどう? 悪霊!」
カナエはぎゅっとレイピアの柄に力を込める。
「何度も言わすなよ。オレは悪霊じゃ……!?」
ブライはそこで口を止めた。
『ブライ! 今度は何が!?』
リツの呼びかけにブライは答えない。いや、答えられる余裕は無かった。
「ネ-チャン。あんた、まさか」
ブライは目を丸くしながら、カナエに呼びかける。
「行ったはずよ。私は最初から悪霊払いするのが目的と」
そう言ったカナエは、さらにレイピアに力を込めた。そこでパキパキと亀裂の走る音が聞こえてくる。それは地面ではなく、ブライの握る剣から。
『今度は何? なんか俺の周りが歪み始めて……』
リツもその異変に気付くが、何が起きているのか理解できていない。
ブライはカナエの意図を理解し、血の気が引いていくのを感じた。
自分という悪霊を纏った剣をリツが持つことで、リツが悪霊に取り付いていると彼女が理解していることに。そして、剣を破壊すれば、悪霊が払われて、リツは正常な状態に戻るものと理解していることに。
だが、現実は違う。ブライがリツの身体に乗り移っている時は、リツの魂は剣に収容されている。このため、彼女の行ったことはリツの魂を消し飛ばす行為でしかなかった。
ブライはリツに説明している余裕も無い。一刻も早くカナエの行動を止めて、誤解を解く必要があった。
「違う! ネーチャン! アンタは思い違いを」
ブライは必死にカナエに叫ぶが、カナエは意にも介さない。そして、このやり取りを行っている間にも剣への亀裂が増えていく。
猶予はほぼ無い。すぐに決断をしなければならない。その時、思い浮かぶのはガシスとの取り決めだった。
(やっぱり、そうだよな。まあ、しょうがねえか。心残りであるがよ)
ブライは心の内で呟いた。
『ブライ! 何をするつもりなんだ!』
リツが呼びかけた途端、リツの視点が急転し、目の前にはレイピアを持ったカナエの姿があった。
「ぐっ……」
リツは剣を握り、カナエと対峙していた。急激にのしかかるカナエからの一撃と、亀裂の入っている剣を見て、戸惑いを隠せない。
『悪いな、リツ。どうやらオレはここまでのようだ』
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。