第35話 漢の素顔
本日も投稿させていただきました。よろしくお願いいたします。
「さーって、まずはヨシゾウと一杯ひっかけていくか」
ブライはヨシゾウの待っているサカ爺のお店に向かう。
大通りの露店を少し外れて、こじんまりとある、古ぼけた建物。
店の扉に吊るされてある紺色の暖簾は長年の汚れを蓄え、端の方はほつれている。その暖簾をくぐると、こげ茶色の柱に囲まれながら、野太い声で笑う町民の親父達。この町で長年、愛され続けたお店、それがサカ爺と呼ばれる人物の経営する、居酒屋サカミチであることはリツにも理解できた。
「おお、来たか!」
ブライが暖簾を潜り抜けた途端、ヨシゾウを含めた親父どもは茶色い声援を彼に送った。
「相変わらずやかましくて、臭え奴らだ」
ブライは暴言を吐きつつ、親父どものど真ん中にどっしりと座り込んだ。
「何を言ってるんだい。お前さんだって、将来こうなるかもしれねえんだぞ」
ヨシゾウはおちょこに酒をトクトクと注いだ後、ブライの顔の前に渡す。
「ならねえさ。俺は伊達政宗の生まれ変わり。粋で派手さがウリだからな」
ブライはそう言った後、グイッと一口で飲み干した。
「いうじゃねえか。ただ片目に眼帯しているだけなのに。実はそいつもおしゃれなんだろ?」
「アホか。こいつは卑劣漢をひっ捕らえた時にできた勲章みてえなもんだ。そして、俺の任侠ってやつだ」
「言うじゃねえか。じゃあ、そんな任侠様にはこれでどうだい?」
そこからブライは親父どもと酒の勝負を始めた。どんちゃん騒ぎの中で一人、また一人と床に沈んでいく。
最後にはヨシゾウとブライの二人だけになっていた。
「ったく、いびきがうるせえんだよ」
ブライは耳の穴に小指を詰めながら、いびきをかいている親父どもに対してぼやいた。
「まあまあ。みんな、それほどまでにあんたと呑めて楽しかったのさ」
ヨシゾウは周りの親父どもを見ながら、微笑んだ。
それから互いに無言で酒を注ぎあい、互いにチビチビと呑んだ。
そして、何杯目かの後に、ヨシゾウがおちょこを眺めながら、呟いた。
「そういや、あれなんだな。ナナちゃん、嫁ぐみてえだな」
その言葉にブライは酒を呑む手を止めた。
「そうだな」
ブライはおちょこの中の透明な酒をうすぼんやりと眺めながら、答えた。その水面には右目に眼帯を付けた20後半と思われる屈強な男の顔が浮かんでいた。
『これがブライの顔……』
少し頬がこけており、うすぼんやりと開いている左目ですら鋭さを感じられる。そこに、よく筋の通った鷲鼻から見る者に迫力を与える。リツが想像していたような任侠を字で行くような人物であった。
「俺は、てっきりお前さんと……」
ヨシゾウはそこまで言って黙った。ばつの悪そうな顔をしているヨシゾウにブライは呟くように答える。
「良いのさ。俺の手は汚れちまっているから。あいつのことを考えれば、これが一番正しい」
『嘘つき……』
リツはその言葉だけを発した。ブライの内側にいるからこそじんわりと伝わってくること。そして、そのすべてを言葉にすることは、たとえ本人に聞こえなくも野暮であることをリツは理解していた。そのもどかしさが、リツが呟いたその四文字に集約していた。
「ブライ……」
眉を下げながら、ヨシゾウは呟く。何か気の利いた一言を。そんな思いが垣間見える表情を浮かべながら、口を開くが、何も出てこない。そういう風にリツは見えており、リツもまた胸が苦しかった。
それでも、ヨシゾウは感情を何とか整理して、声を掛けようする。だが、その瞬間に遠くで鐘がカンカンと鳴った。
『何? この音は何?』
リツは静寂を破るような甲高い鐘の音に驚いた。
「なんだい。人が酒を呑んでいる時に」
ブライは酒を置いて、立ち上がった。
「行くんか?」
「ああ。酔っていても仕事はしねえとな。なあに。火照った身体を冷やすのにはちょうど良い」
「もし、無事に戻ってきたら待っているからな!」
「オウ、分かったよ」
ブライはそばにあった羽織を纏い、入り口の方へつかつかと歩く。そして、店の入り口に置いてある二つの刀を帯刀して、カウンターにいる老爺の前に銭をポンっと置いていく。
「うまかったぜ、サカ爺!」
ブライは老爺にそう言った後、扉を勢い良く開けた。すると、膝をついて頭を垂れている付き人の男の姿があった。
「どこだ?」
ブライは指をパキポキと鳴らしながら、付き人の男に尋ねる。
「場所は両国橋方面の裏手通り。そこの河岸場に放火があったとのこと」
「ご苦労。お前さんは火消しのかじ取りを頼む」
「頭は?」
「俺は出火の原因を探る」
ブライはそう言い残し、走り出した。その速度は早馬の如く、目の前の視界を置き去りにするほどに早かった。
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