第34話 とある漢の過去
本日も投稿させていただきました。よろしくお願いいたします。
「頭、お疲れ様です!」
目の前には髷を結んだ頭の筋肉隆々の男がこちらに向けて叫んで、頭を下げた。
『この人は誰? というかここは一体……』
リツは呟くのだが、目の前の男は一切、反応を見せない。そこでリツは自分の声が男に届いていていないことを理解する。さらに自分の意識とは無関係に身体が動き始めた。どうやら、自分が剣にいる状態と同じ、意識だけの状態であることを理解する。
『あの時、カナエさんに攻撃を食らって意識を失って……そしたらこんなところにいるけど……』
リツは状況を整理するために覚えている限りの事を思い返す。だが、それでも今の状況と連動する部分が一切、分からなかった。だが、分かっているのはここがガシスさんやブライ達と共にいた世界とはまた異なることだけだ。
『手ぬぐい鉢巻に、刺子半纏、股引に帯って……江戸の火消し……だよな? 今度はタイムスリップ?』
目の前の人物は自分のことを頭と呼んでいる。つまり、自分の意識はこの頭と呼ばれる火消しの中にあるものとリツは推測するが、なぜそうなっているのか理解できなかった。
『全く分からない。とにかく様子をみるしかないか』
リツが自分でそう納得しようとした矢先、自分の意識が入り込んでいる頭と呼ばれる人間が勝手に話し始めた。
「オウ、ご苦労さん」
リツに映る視界ではこの身体の持ち主と思われる人間が手をひらひらと振って男に応えた。
『なっ……その声!』
この時、頭の声を聞いたリツは、電流のようなものが脳内に一気に流れ込むような感覚を感じた。その男の声に見間違うわけは無い。粗暴でがさつな声は、リツにとっていつも聞いている、やかましい男の声だったのだから。
『この声……ブライ!?』
リツの驚く声に、頭と呼ばれる男は一切の反応を示さない。
『これはブライの人間だったときの過去なのか? そういや、ブライはどうした? さっきから聞こえないけれど……』
リツの声に、誰も反応するものはいなかった。リツは不可思議に思うが、それとは無関係に目の前でのやり取りは進行する。
「今日はやけにアチいな」
頭の男は足もとに視線を落とす。太陽の日差しで濃く映し出された影には体格の良い人物であることを、男の視界越しにリツは確認した。さらにその影の右側には、頭を下げていたと思われる人物の人影も一緒についてきていることもリツは確認する。
そこから頭の男は視線を上に戻す。すると、木造建築の建物が並んでいる場所に到着していた。野菜や鮮魚、絹の衣類を売っている露店と賑わいから、江戸のどこかの河岸場に来たのだとリツは理解する。
「ブライのあんちゃん!」
露店の全員が口を揃えて、ブライに声をかけている。
『やっぱりブライなんだ。ブライ! 俺だよ! 聞こえる?』
リツは叫ぶが、反応はない。
「オメエら、今日はアチいから、水をしっかりな。上役連中から水を支給できるように手配しているからよォ。倒れるなよ」
ブライは良く通った声で皆に言う。それに老若男女が微笑んだ。
さらにブライが奥へ進むと、誰かしらが声をかける。それに一つ、一つブライは応えていく。そこには仄かなぬくもりがあり、リツにもそれは感じ取れた。
『あいつ、なんでこんな大事な記憶を忘れているんだよ』
ブライの視界越しに映る町の人達の笑顔を見て、リツの心は温かくも寂しい気持ちになった。
「ブライ! 今日、良い酒が入ったんだ。どうだ? 今日の夜、一緒にグビっと呑まねえか?」
歩いている途中で、恰幅の良い中年の着物の男に声を掛けられた。
ブライは笑みがこぼれた。ブライにとって、酒は大好物であることはリツも良く知っていること。
「ヨシゾウ。それは良いねえ。俺もそんな気分だった。じゃあ、そこのサカ爺の店ですっか?」
「頭。今日は会合が……」
ここで付き人の男がヒソヒソとブライに耳打ちする。
「ああ、あったっけ。まあ、今日は不参加で」
ブライの一言に男は目を丸くした。
「えっ、良いんですか?」
「上役の大したことねえ話に興味はねえや。あいつらと一緒に呑んでいる方がよっぽどいろんな情報が得られる」
「そうと言いつつ、本当は呑みたいだけでしょ?」
「ばれたか? まあ、小難しい話は俺には分からねえのさ。馬鹿だから」
ブライと付き人が話している間、中年の男は今か今かと返答を待っている。
『全く、あんたは昔から変わらないんだな』
リツもまた、やれやれというような気持ちでそのやり取りを眺めていた。
「良いぜぇ、ヨシゾウ、今日は派手にパーッと呑もうか!」
ブライにそう言われた中年の男のヨシゾウはたいそう喜んだ。
それからも、ブライは出会う人から、誘いを受けて、それにブライは快諾していく。それからフラフラと巡回しつづけ、日が暮れ始めていた。
「よーし。今日も異常無しだな。良いこった」
ブライは両腕を天に突き上げて、背筋を伸ばしながら、満足そうに言った。
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