第30話 行商人ガシス
本日も投稿させていただきました。今回と次話は過去の回想となっております。よろしくお願いいたします。
「本日の武器の納品分だ」
ガシスは無数の武器が入った木箱をどさっと地面に置いた。
「ありがとうございます。いつも助かります」
神父カリオスは目の前に納入された武器を見て、静かに頭を下げた。
「それにしても、勇者が4人とは、大所帯だな」
ガシスは勇者の館から外を見やる。ガシスの視線の先には、勇者と思われる4人の若い男女が騎士と共に、模擬戦を行っているのが見えた。
勇者の異世界転移に成功して、はや5か月が経過しようとしているところだった。
元鍛冶師で行商人のガシスは国のトップから内密に勇者の転移成功を伝えられており、武器の調達やメンテナンスをお願いされている。それに伴い、勇者の館に頻繁に行き来していた。
ガシスは元々、国でも指折りの鍛冶師であり、武器のメンテナンスを行いつつ、名のある、剣や槍を生み出してきた。その経歴を買われて、彼は調達された武器に独自の改良を加えて、より良い武器として勇者宛に送る、もしくは、元々質の良い武器をそのままの形で出荷するための運搬や保管、修繕方法を生み出すことを担っていた。
「そうですね。ですが、その分だけ彼らにあうような武器を探しては試さなければならず……膨大で質の良い武器が必要になっていますから。正直、武器屋のみなさんにはかなり苦労を掛けさせてます」
「世界の命運がかかっているんだ。しょうがねえだろ? 俺達は名誉なことと思っている」
「でも……ガシスさんを始め……国でも指折りの鍛冶師のみなさんに、鍛冶師の魂とも呼べる武器をいともたやすく粉々にしては、より良いものを供給しろなんてかなりの無茶をかけてますし……心苦しいですよ」
神父カリオスの申し訳なさそうに言っている姿を見て、不愛想な表情のガシスが一瞬だけ微笑んだ。
「そうでもねえさ。壊れてしまうのは、その鍛冶師がそれだけの技量しか無かったということ。そこからへこたれずに立ち上がって、勇者が扱える武器を生み出すために挑戦し続ける。それが浪漫って奴だし、その悔しさをばねにして、良いものを作ろうとすることこそ、鍛冶師の醍醐味だと思っている。お前さん方に送り続けている武器を作る連中ってのは、そういう考えを持った一流達だ。きっと今も、躍起になって作り続けているだろうさ」
「そう言ってもらえるとこちらとしても助かります。本当にあなたに頼んで良かった」
神父カリオスは左手を胸に置いて、深々と頭を下げた。
「そうか。その言葉……武器を作っているあいつらにも伝えておく」
神父にとってその所作は最上級の感謝であることを知っていたガシスは照れくさくなり、白髪の短髪を触りながら、館の外の方へ視線を移した。
視線を移した先には勇者達の模擬戦闘が行われていた。茶髪のロングの女性がレイピアを構えては騎士に立ち向かっているのが見えた。その隣では、茶髪の青年が槍を握って、騎士に向けて突きを繰り出していた。さらに奥の方では、中世的な容姿の若い青年が剣の刀身から膨大な炎を生み出していた。
(勇者たちも、異世界から来て良くやっているよな……んっ?)
勇者達の戦闘を目にしていたガシスであったが、1人の勇者に目が留まった。彼の目に留まった勇者は騎士の前で膝と両手を地面につけて、うなだれていた。
「なあ、あの勇者の様子だけ、なんだかおかしい気がするが?」
ガシスは傍らにいたカリオスに尋ねた。
「ああ、リツ殿のことですね。彼は最近、伸び悩んでおりまして。他の勇者と比べて実力がかなり置いて行かれているんですよ。まあ、人それぞれ成長スピードがあると思っているのですが……ここ最近、リツ殿は自分を追い詰めているようなところがありまして」
「そうか。勇者って大変なんだな」
その時、ガシスが初めてリツのことを認知した瞬間であった。そして、そこからリツのことを気にかけるようになった。理由を聞かれれば、何となく無視できないものが彼にはあった。しかし、ガシスは後々になって当時のことを振り返った時に、昔の自分と重なる部分がリツにあったからだと理解する。
ガシスは名工となる前、その不器用な性格から虐げられた経験が幾度もあった。彼は鍛冶師という自分にとって適した職種にありつけたことで、生きていくだけのすべを見出した。
もし、鍛冶師でない自分があったとしたら……。そんなことを考えると、今の自分は運にも恵まれていたのだと考える時がある。
そんな思いがあったからこそ、上手く行っていない、リツのような人間には自然と目を向けてしまっていた。さらに言えば、彼がどんなにうまく行っている様子がなくとも、それでうなだれても、ひたすらに勇者として鍛錬を積んでいるその姿が自身の琴線に触れて、さらに目が離せなくなっていた。
(人それぞれの成長スピードがありますし……)
カリオスの言葉には、ブライも共感していた。名工となる前、鍛冶師として修行を積んでいた時のこと。ブライは同じ修行仲間よりも成長速度が遅く、愚鈍と呼ばれたこともあった。そこから、ある時、ぐちゃぐちゃに散らばっていた無数の点がつながり、一気に駆け上がる事となった。
そういう経験があるからこそ、リツにはどれだけのことがあってもへこたれずに挑み続けて欲しいとブライは願わずにはいられなかった。
適正が無いなら、勇者として異世界に転移するなんてことは考えにくい。そうブライは信じていた。そして、勇者の武器を納品する立場にありながら、ブライはリツのことだけ少し贔屓するように、彼の力が十二分に発揮できるような武器の調達を密かにやり始めていた。
だが、現実は残酷であった。
「おい、救護班、急いで! 早く!」
ブライがリツのことを視線で追うようになってから、ひと月が経とうとした時の頃だった。
模擬遠征に出ていた4人の勇者の内、リツの率いていた部隊が魔物の討伐に失敗して、致命傷を負ったという知らせが勇者の館に入ってきた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。