第29話 勇者カナエ
本日も投稿しました。また、3話で登場したレイがカナエになっております。誤表記になっていますこと、失礼いたしました。以上よろしくお願いいたします。
ブライは目の前の女性がリツと同じ勇者であることに驚いた。
(まじか! このネーチャンがまさか勇者だなんて……)
『もう分かっただろ? もう埒があかない。一先ず……俺に変わってくれ。せめて場を収めるために彼女に説明を……』
リツはそう言って、ブライと入れ替わろうとしたが、ブライはカナエに向かって声をかけていた。
「おい、ネーチャン! アンタ、勇者なんだよな。ちょうどいいや! アンタと直接、話がしたかったんだ!」
『ええええ!? いや、今の流れで察してよ! ねえ、なんで!?』
(いいから、いいから。リツはそこで少し様子を見ててくれィ)
リツとブライの目の前で立っていたカナエは口が半開きの状態であった。だが、徐々に眉間の皺が深く刻まれている。
『ほらほら、言わんこっちゃない。カナエさん、めっちゃキレてるじゃん……』
「随分と雰囲気が変わったものね。ねえ、頭をどこか打ってしまったのかしら?」
「ちょっと訳ありでな。でも、大丈夫だ。オレは正常だ。それよりも解呪に詳しい神官いるだろ? 会わせてせてくんねエか?」
その言葉を聞いたリツは、火に油という言葉が思い浮かんだ。それほどまでにカナエの拳はワナワナと震えていたのだ。
「何度も言わせないで。カリオスさんから聞いたと思うけど、今は大事な時期なの。そんな得体のしれないことにアマネちゃんを呼び出すなんて論外。それよりも良い度胸してるわね。あなた、私達をさらに困らせるようなことを会得して戻ってきてようね」
『火油からの水。もうダメかも』
リツは新たな言葉を生み出してしまった。もう燃え上がった炎は沈火する様子は無さそうある。
「そんな堅いことは言わないでさァ。ほんのちょっとだけで良いンだ。この武器について呪いの有無を判定してもらうだけで良いからよォ」
「……そうね。あなたとこれ以上話しても無駄な気がするわ」
そうカナエが言った途端、ロングの茶髪と、マントの外套が急に炎のように立ち上がり、まばゆい光が彼女から発せられる。
(なんだ、このネーチャン。こんだけの威圧を放てンのは、国でも指折りの戦士……やっぱり、勇者は別格なんだな)
「カナエ殿……これは」
室内が光に包まれると同時に大気と地面が震え出した。その場にいたガシス、カリオスは身体をよろめかしていた。さらに、紅茶は波紋を描きながら蒸発し、カタカタと震えていたティーカップは亀裂が走った。
「リゼオス・エル・アルマ(光聖の観察眼)」
カナエが唱えると、左目の瞳孔が青色に変化する。その瞳はまるで宝石のサファイアのようであった。カナエはその魔法で、リツ(ブライ)の全身に流れ込む魔力を読み取った。
「……なるほど。あなた、新山君のようで新山君で無いのね。原因はその武器かしら」
「……さすが勇者だ。そこまで分かってもらえているンなら、この原因について……」
ブライがそう言いかけた時、ブライの頬にカナエのレイピアがピタリと張り付いていた。
「それ以上、口を開かないで。非常に不愉快だわ。悪霊!」
カナエは鬼の形相で、ブライを睨みつけた。レイピアが張り付いたブライの頬からは血が静かに流れ出た。
「ソイツは早とちりだ。オレは悪霊じゃねエぞ。武器と怒りを収めてくンねえか? せっかくの美人が台無しだ」
ブライの言葉にカナエはため息を吐いた。
「どうやら人の感情を逆なでるのに天才的なようね」
「いやいや、そんなつもりで……は……」
ブライの喉元にカナエのレイピアの切っ先がするりと向かっていく。
「これでもなお本性は現さないのね……悪霊」
息が詰まるような張り詰めた空気の中、カナエとブライは無言で対面する。第三者からすれば、まるで互いの力量を見定めるかのようであった。
「頼……む。そ……んなつもりは」
ブライが一言を発するたびに少しずつ喉に刃が侵食していき、血が滲み出る。しかし、ブライは一切の抵抗を見せない。それは自分が無害であると証明するために。
数秒の静寂の後、カナエは構えていたレイピアを下げた。すると、カナエから発せられていた光が徐々に収まり、立ち上がっていた長い髪とマントがふわりと下りていく。
「良いでしょう……そこまで意固地であるのなら」
ふっと微笑んで呟くカナエに、強張っていたブライの表情が少しずつ緩む。
「そンじゃあ……」
カナエはブライの肩に静かに手を置いた。すると、無数の魔法陣が二人を取り囲んだ。おびただしい魔法陣の数にブライは身構えようとするが、すでに後の祭りだった。
「ええ、力づくで行使することにするわ。ゼオス・サイトラヴィス(光の空間転移)!」
無数の魔法陣が光ると、カナエとブライが煙のように消失した。
「何が……起こったんです?」
室内に取り残されたガシスは、カリオスに恐る恐る尋ねた。
「私も詳しくは分かりませんが、決闘場か何かに連れていかれたのでしょう。彼女はこの世界でもまれに見る、光の転移魔術を会得しておりますし」
「決闘場ってそりゃあ……」
「彼女は全力で戦闘する気かもしれません」
「なっ……」
ガシスは髭を手でさすりつつ、唖然とした。
「それと申し訳ないのですが、この件に関してお聞きしたいことがいくつかあるのですが」
「レイ……いや、リツに関することだな? 分かった……正直に話そう。ただ一つ、お願いがある……」
ガシスは瞳をぎゅっと閉じて、深々と頭を下げた。その瞬間、リツを自分のとこで世話をすることとなったあの時のことを思い出す。
「勇者リツが失踪した原因は、この俺にある。だから、あいつを責め立てるような状況にはしないで欲しい」
かくして、ガシスは勇者リツが失踪した経緯を説明し始めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。