第26話 装い
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「これかな? いや、それともこれか?」
リツは鏡の前で、眼鏡をかけたり、付け髭を顎に付けたりしている。
『なんでも良いだろ。くだらねエな』
リツの脳内でブライがブスクサと文句を言っている。
「そんなことは無いよ。俺は勇者としての居場所を無くして、出て行った。そんな奴がノコノコと現れるわけにはいかないよ」
『だからって変装して行くもンなのか? まあ、過去にどんなことがあったのか、詳しく知らねエ俺がとやかく言う立場ではねえンだろうが』
「うーん、そうだね」
一方のリツは生返事である。
まったくどうしたものかとブライは思う。このまま、変装を否定しても先へ進まない。だったら、何か変装の案を出すべきなのだろう。
ブライはめんどくさそうに考えていると、ふとある一つの考えが思いつく。
(そうだ。この際、いっそのこと……)
ブライは自分の案を想像して、心が躍り始めた。
『おい、迷ってるンなら、こんなのはどうだ? ぜってえ相手から分からねエぜ』
ブライはとある案を提案する。それに対して、リツは眉間に皺を寄せた。
「えー、そんな恰好するの? 逆に目立つよ」
『堂々としてりゃあ、良いンだよ。眼鏡や付け髭なんて小細工、傍から見れば、誰だか意外と分かるもンだぜ』
いつにもまして真剣な言葉で説得するブライ。その声音にリツの心も揺らいだ。
「まあ、そこまで言うのなら……」
リツはブライの意見に渋々同意し、変装を始めた。
顔全体を群青色のボディペイントを施し、アクセントのように緑色の水玉模様を頬に装飾している。とどめは茶色のバンダナを巻く。まるで、どこかの原住民族のようであった。
そう、誰が誰だか分からないという点に関してはダントツのクオリティであった。
「こんな感じであっている?」
変装を終えたリツが鏡の前でその姿を確認する。リツの腰に差してある剣越しにブライはリツの姿を確認し、噴き出しそうになり、それを必死にこらえる。
『ああ、チョー似合っていると思うゼ』
その時、準備の進捗具合を確認しにきたガシスが入室し、リツの姿に愕然とする。
「どうした、その恰好?」
「いや、変装で……」
「すんげえ恰好だな。もっと別な恰好はねえのか?」
ガシスの顔が明らかに引きつっていた。
「いや、考えた結果、この恰好にしたんですが……」
「バンダナを目深に被って、口元をマフラーで隠せば、ばれねえだろうよ。もういいから、そのペイント、落として来い。美的センスが悪いのは、行商人としての商売に響くぞ」
ガシスは普段からぶっきらぼうな物言いだが、今の発言には苦虫を噛んだように苦しい声音も混ざっていた。
よほどのことだったのだろうと思い、リツは我に返った。なんとなく、おかしいとは思っていたが、人に言われたことで確信に変わった。そして、耳と頬が急激に熱くなる。
(あんたのせいだ)
顔を赤らめたリツはブライを責める。
『なんだよ、辞めンのかよ』
ブライは残念がる。
(……そんなに残念なら、今、俺と変わってみる?)
『……やっぱ、ガシスさんの言う通りにすっか』
(おい!)
ブライの切り替わりの速さに、リツはきれかけていた。
それからのひと悶着のあとで、ブライの助言どおり、リツはバンダナにマフラーという装いで勇者の館に向かった。
良く見慣れた扉に、良く見慣れた白い建物を前にして、リツは少しだけ顔が引きつる。
当時は何気なく入っていた扉も、今となっては遠い日の過去に思える。目で見て、手で触れることで、当時の様子が思い出される。
リツは武器を抱えながら、ドアノブを握る。その手が無意識のうちに強く握っていた。
そんな様子のリツを見ていたブライは黙っていられず、声をかけた。
「本当に大丈夫か?」
『おいおい、ガシスのおっさんが心配してるぜ。俺が変わってやっても良いンだけどよ!』
余裕綽々のブライは口笛を吹くような素振りで声をかける。なんだかそれがリツにとっては無償に腹が立った。
(大丈夫だよ。というかお前が出てくると、めんどくさいからやめて)
『ヘイヘイ、そうですかい。あまり強がるなよ』
(強がってない! ばれると面倒くさいから、ばれないかどうかの心配をしているだけさ。でも大丈夫。去っていった奴のことを気にするほど、みんなは暇じゃない。そう思い出して、頭で整理がついた。それに今の俺にはガシスさんもいる)
『へエ……そうですかい』
残念そうなブライの声を聞いたリツは自分の悩みがなんだか馬鹿らしくなった。
(そんじゃあ、行くから!)
リツは少しだけ呼吸を整えた後、まっすぐと扉を向き合い、ドアノブをカチャリと開けた。
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