第22話 害のない男と冒険者の女性
本日も投稿しました。よろしくお願いいたします。
「はあ、はあ……どうよ」
ブライは肩を上下させながら、倒れている巨大な獣を睨んでいる。
血まみれの獣は足をビクビクと動かしていたが、次第に動かなくなっていく。
「仕留め……きれたな」
ブライは相手の生命が消滅したことを確認した途端、緊張の糸が途切れて、その場にどさりと座り込んだ。
「疲れたわー」
『お疲れ様。やっぱりガシスさんが心配した通りになったね』
リツに言われて、ブライは後頭部をボリボリと人差し指で掻いた。
「いや、あれだな。やっぱり病み上がりなんだなって」
『ブライ、言ってたよね? ちょちょいのちょいって』
「悪かったよ。オレの見立てが甘かったよ。反省はしてるって。だけどよお、それのおかげでこのネーチャンを救えたわけだから……なっ?」
ブライは後方を振り返ると、巨木の根元からドーム状の土が出現し、中から気を失っている女性が現れた。
『全く。それで、ちなみにその人は大丈夫そう? 俺が変わって治療する?』
リツはやれやれといった口調で言葉を発した。
ブライはよろめきながら立ち上がり、若い女性の側まで近寄って、左手の平を女性の額にすっとあてた。ブライの生命感知は対象に触れることで、生命状態をより詳細に把握することができる。
「緊急事態ではなさそうだが、骨はかなり折れているようだ。リツ、ここはオマエに任せるしかないな。俺の治癒術ではたいして……」
その時、女性は目を覚ました。名はセレス・マゼンタ。討伐隊の一人で、22歳。髪型はポニーテールで、動きやすいアーマーを装備しているが、腹部から出血している。
「……ここ……は?」
セレスはうすぼんやりとした意識の中で、視界に映る人影に問いかけた。
「大丈夫か? ネーチャン。無理はすんなよ」
セレスはゆっくりと瞳を開いた。
「あなた……は?」
セレスの大きな瞳には青年の顔が映っている。
「エリュマントス討伐の救援だ。安心しな。無事に討伐した」
その言葉を聞いて、セレスの脳内で直近までのことが思い起こされる。
「えっ!?」
急激に覚醒したセレスは、目を大きく見開いた。そこには自分と同い年くらいの男の顔があって、さらに驚く。思わず飛び上がりそうになる体をブライは肩を掴んで落ち着かせようとする。
「おい、重傷がいきなりムリすんなよ!」
戦闘で乱れてしまった衣服に、男が掴んできたことで、セレスは不快感が込み上げてくる。
「ちょっと、いきなり触るなんて……」
そこで、ブライとセレスはもみ合いになる。押したり引いたりする途中で、偶発的にセレスの肘打ちがブライの顔面に直撃する。
「あっ、ごめんなさい!」
意図せぬ事態に、セレスはブライに謝った。
「こちらこそ、急に触ったりしてすみません。危害を加えるつもりは無いんです」
セレスは少し困惑した。さきほどまで粗暴な口調だった男が急に丁寧な言葉で話しかけてきたからだ。
「えっ? あなたは何者?」
「すみません。俺は討伐支援に来た、リツという者です。さっきまであなたを看病していたのはブライと言って、もう一人の俺のようなものです」
会話が急にかみ合ったことにセレスは違和感を覚えつつも、その丁寧な言葉に徐々に冷静さを取り戻していった。
「二重人格?」
「正確にはそうではないですけど、そういう感じです。だけど、ブライも俺もあなたに危害は加えるつもりはないんです」
「じゃあ、今のこの状態は……痛っ」
セレスは骨折の痛みが蘇り、腹部を抑える。
「ちょうど応急処置を行おうとしたんです。少しの間、動かずにいてもらえますか?」
そういって、リツは掌に魔力のオーラを纏って、そっと、セレスの腹部にかざした。
セレスは警戒しつつも、腹部に流れ込むオーラに痛みが和らいでいくことを確認して、警戒を緩めた。
「ごめんなさい。私も先走ってしまって……」
「いやいや、こちらこそ。配慮が足りなかったです」
セレスは青年の申し訳なさそうにしている顔を見て、害のある人ではないのだと理解し、素直に治療を受けた。
応急処置としても、回復術師でも無いリツでは小一時間を要する。その間、無言であるのも、居心地が悪いと思ってか、自然とお互いに会話を交わし始めていた。内容は当たり障りのない、自己紹介から始まり、自分の今の職種のことについて情報を共有した。
「えっ? リツ君って本職は行商人なの!? 冒険者じゃないの?」
驚くセレスに、リツは苦笑いしながら、治療を続けている。
「少し前まで冒険者みたいなことをやっていたんですが、今は行商人です。それでも、半人前ですが」
「それだけ戦闘もできていて、冒険者じゃないなんて……どうして辞めちゃったの?」
「いや、まあ、自分の限界というか……そもそも、俺が戦闘に長けているというか、ブライの力量なんですよね……」
「ブライって、さっき説明受けたけど、武器に宿っている呪いみたいなやつでしょ?」
「誰が呪いだ! 俺はれっきとした人間だ!」
リツの瞳が鋭くなり、口調も粗暴になった。それはブライに切り替わった瞬間であった。
「あー、ほんとに出てくるのね。大変ね、リツ君も」
「さっきはよくもヒジ打ちをかましてくれたな」
「あれ、そうでした?」
「トボケやがって。まずは謝れよ」
「謝りましたよ。リツ君に」
「そりゃあ、リツだろ? 痛エ思いしたの、オレだから! あと、助けたのもオレだし。カーチャンから教わっていないのか? 人に良くしてもらったら、ありがとう。悪いことをしたら、ごめんなさい、だ!」
ブライはギャンギャンと犬が吠えるかのように騒いだ。
(リツ君から聞いていたけど、想像通りの粗暴さね)
「おい。今、オレの悪口を言わなかったか?」
「いえ、何も」
勘の鋭さに、セレスはやりづらさを感じた。
(ひとまず、リツ君に切り替えてもらわないと。このままじゃ、埒があかない)
セレスは少し動けるようになった身体でブライの方へ身体を向ける。先ほどの、おとなしそうな青年とは打って変わって、目つきも鋭く、口もほんの少しだけ曲がっている。セレスは思う。これで同一人物とは判断しにくいと。
「先ほどは早とちりで肘打ちしてごめんなさい。そして、私を助けてくれてありがとうございました」
セレスはぺこりと頭を下げた。
ブライは頭を下げたセレスの後頭部を数秒見下ろしていた。その間、頭を下げているセレスは不可解に感じていた。そんな時に、ブライは口を開いた。
「許す!」
たった一言。ブライはピシャリと言った。
「へっ?」
呆気にとられたセレスは顔を上げると、おとなしそうな青年がそこにいた。
「リツ……君?」
「はい」
セレスは思う。あのブライという人物は嵐かなんかなのだろう。
「すみません。あいつ、満足しちゃったようで。早く治療してくれと言って、勝手に引っ込んじゃいました。というか、あいつ、記憶喪失の癖に、母親に教わらなかったかって言ってましたよね? たぶん、母親の記憶なんてないのに。どこで覚えてきたんだか……」
その言葉を聞いて、セレスはなんだかおかしくなってしまった。
「なにそれ。へんなの」
警戒の強い、睨むような眼をしていたセレスだったが、目尻が下がり、頬が緩んでクスリと微笑んだ。
『なんだよ。あのネーチャン。笑っていた方が似合うじゃねえか』
(そうだね)
リツとブライは思ったのだ。セレスという女性は綺麗な人だったのだと。
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