第21話 エリュマントス
本日も投稿しました。よろしくお願いいたします。
『ブライ。あのエリュマントス。雷魔法を……』
リツは剣の中から、ブライに呼びかける。一方のブライの全身では、いたる箇所で線香花火のような電流がバチバチとはじけている。
「ああ。しかも威力が半端ねエ。さすがに次は避けさせてもらう」
ブライは腕に抱えていた女性を大木の幹に寄りかからせるように優しくおいた。
『珍しい。痛みとは無縁のブライさんが……」
「何度も言うが、オレは不死身じゃねエ。人より再生スピードが半端ねエだけで、ちゃんと痛覚もある。オマエ、オレのことを肉壁かなんかだと思っているだろ?」
『てっきり、電動風呂くらいの間隔かと』
「馬鹿言え! そんなに感覚鈍かったら、楽しめないだろ!」
この世界では電撃魔法と使った電気風呂というものがここ最近、普及している。このため、この表現もブライとリツの間で通じる会話であった。ただ、リツとしては電気マッサージというのも表現に浮かんだが、そこまでの機械はまだ世に出回っていないのが現実であり、口にするのは避けた。
『これは失礼しました』
そんな軽口をリツが叩いている間に、ブライは羽織っていた緑の外套を女性にそっとかけた。一方の猪は鼻息を荒くして、いきなり現れた青年を凝視している。
『……こっち、睨んでいるね』
リツに呼びかけられて、ブライは猪の方へくるりと身体を回転させた。ブライはじっと猪の様子を観察しながら、心の内でリツに問いかける。
(にしても、このネーチャンは何をしやがった? あの突き刺した氷はなんだ? リツの言っていた、ジュウって武器のものか?)
ブライは猪に気を配りながらも、電撃を受け止めた左手を閉じては開いて、感触を確かめている。
『俺の知っている、銃にはそんな能力は無いよ。もしかしたら、銃と魔術の組み合わせによるかもしれない』
ブライの左手の甲に刻印が浮かび上がる。それと同時に背後の女性にも魔法陣が浮かび上がった。
「それでああなるのか? そりゃあ、すげエ武器なンだな。だが、そこら辺はコイツと決着をつけてからだ」
ブライは左手をナイフのように、指先を揃えて伸ばした。そして、その左手で横に薙ぐと、背後の女性を守るようにドーム状の土壁が創り出された。
『そんなにサクッと倒せる? 前に戦った時も簡単では無かったよね? しかも、今回は前のよりもはるかに強そう』
ブライは猪を見つつ、真横にゆっくりと歩き始めた。猪はそんなブライを視界に補足しつつ、雷撃を牙にため込み始める。
両者の間合いは付かず離れず。上空から見れば、猪という円の中心を起点として、円の縁をブライは歩いているような構図であった。
「相変わらずの心配性だな。すでにネーチャンによってかなりダメージを受けている。こっちがホンキを出せばいけると思うぜ」
ブライは女性から距離を置いたと同時に剣の柄に手を掛けた。すると、全身からオーラが噴き出される。
その瞬間、猪は野生の勘で悟った。この霊長類が自分にとって危険なことに。猪は雷撃を溜めた牙の切っ先をブライに向けてかざした。
「来いよ。その雷撃、次はかいくぐって、一振りをお見舞いしてやる」
ブライがスルスルと鞘から剣を引き抜くと、猪は一瞬にして間合いを詰めてきた。牙による一突きを選択したのだ。
(ソッチかよ!)
巨体に似つかわしくない機動力に、ブライの思考はほんの少しだけ乱された。だが、突進は過去の戦闘でも経験済み。むしろ、この突進こそがエリュマントスの十八番である。
(正面から俺とやりあうのであれば、こちらも……)
ブライは剣を構える。猪の牙が喉元まで届くわずかな時間の間に、反撃までの組み立ては脳内で構築されていた。
(悪いな、突然変異。その攻撃はすでに経験済みなんだ。オマエにとっては不意打ちなんだろうがよ)
タイミングは誤らない。すでに攻撃の組み立ては完了している。あとは間合いに奴を入れるのみ。すでに初撃に向けて身体は動作に映り始めた。それほどまでに両者の距離は近くなっていた。
「剣技……」
ブライは事態を見極め、即座に剣を振ろうとしたその時であった。猪は雷撃を帯びた牙で横に薙ぐような一撃を仕掛けてきた。胴体を目一杯に真横に動かし、巨大な二牙が、ブライに襲い掛かる。
「くそっ、これもひっかけか!?」
猪の薙ぐような一撃は周囲の木々をかっさらい、すべてを巻き込みながら、ブライの元へ瞬きもせずにやってくる。想定外の動きにブライの組み立てていた所作もすべてリセットされた。ブライは戸惑い、オーラを剣に纏わせて、とっさに牙を受け止めた。
『ブライ!』
巨大な牙と、剣が交わった。破壊的な衝突で、ブライは歯を食いしばる。咄嗟に片手で放った一振りでは威力を抑え込めない。瞬時に両手で剣の柄を握り、すべての力を剣に注ぎ込んだ。
質量の大きい衝突はやがて痛み分けという形で両者とも跳ね返された。
ブライは衝突の反動でずるずると後退させられた。一方の猪の方も反動で巨大な体躯をのけ反らせた。
「ヤロウ……」
後方に下がったブライは剣を構えて反撃の一手に出ようとする。だが、猪はのけ反った時に天へと向いた牙に電撃を蓄え始めた。
『まだだ! 来るよ!』
猪は反った身体を前に戻すと同時に電撃を帯びた牙を振り下ろす。その瞬間、蜘蛛の巣のように張り巡らされた雷撃がブライに向けて、縦、横、斜めの三次元的に射出された。
(くそっ! リツ、お前の魔力を借りるぞ!)
まばゆい光が差し迫る中、ブライは剣を地面に突き刺して、オーラを流し込む。その瞬間、剣のリツにも、ブライの思考が瞬時に流れ込み、理解した。
リツとブライの二人は一言一句、声を揃えて、高速で詠唱した。
「『ゼアーク・マギアウォルシス!(大地魔法・巨大壁の顕現)』」
木々の根元から押し上げるような巨大な壁を、ブライの前の足元から出現させた。分厚く、巨大な壁はブライの前方を囲むように扇形で出現し、無数の方角から迫る雷撃を防いだ。
電撃を防いだのも束の間、すぐさま剣を地面から抜いて、剣を構える。すると、目の前の巨大な壁に亀裂が走り、崩壊した。岩石の飛び散る破片の中から、巨大な二双の牙が顔を出現した。
「リツ、あわせろ!」
迫りくる牙に対して、ブライは剣に吠えた。剣は呼応するように魔力のオーラを増幅させて、大気を震わせていた。
「『剣技・跋縷摩刺亞!』」
ブライは縦に一閃・一振りを放った。剣の一振りで巨大なオーラの斬撃が生み出されて、二双の牙の間を瞬く間に通過、猪本体へ直撃する。猪は悲鳴に近い雄叫びをあげながら、血が噴き出した。
ブライとリツによる奥義の一つ。過去にエリュマントス(猪)と対峙した際、その皮膚の硬さに、並みの攻撃では効かないことを痛感していた。仕留めるなら、本気の一振りでなければいけない。バルマシアはそんな時の、本気の一振りである。
「まだだ!」
身体をくの字に折り曲げる猪に、ブライは横に一振りの斬撃を放つ。巨大な斬撃は弾丸のように直進し、片方の牙を切断して、上空へと舞いあげた。そこからブライは跳躍して、斜め下にいる猪にむけて追撃の一振りを放った。斬撃は扇状に広がり、猪の眉間に鋭く刺さる。そして、勢いは止まらず、扇のような斬撃は猪を地面にたたきつけたのであった。
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