第20話 切り札
本日も投稿しました。引き続きよろしくお願いいたします。
「フーガス(氷術)!」
私が吠えると、弾丸が弾けた。弾けた弾丸の中から突如として樹氷が顕現する。そして、樹氷は氷の槍となって、猪を突き刺していった。
悲鳴をあげる猪。だが、そんなことはお構いなしに猪の体内で樹氷は成長していき、氷の枝が胴体を貫通させる。吠える猪の吐息は白く、周囲をも凍てつかせる。
渾身の一撃であり、私の切り札の1つ。これで仕留められないモンスターに私はこれまで出会った事はなかった。先の戦闘では味方が巻き添えを食らう可能性があるため、発動できなかったが、今回は一人。そのすべてをぶつけられる。
「猪の情報と私の切り札。勝機が全く無い状態で、挑んでいるわけじゃないよ。ライキさん、ガガンさん、カイ君」
私は自分に掛けていた風魔術を解除、宙に浮いた身体が再び落下運動を開始させる。私は落下途中で近くの木の枝を掴んでは、身体を翻して、大木の枝に着地する。そこから、その周囲で最も高い大木の頂上付近まで跳躍しながら、移動する。離れた標的の様子を窺うためだ。
スコープ越しに映るのは、透き通るような無数の氷の槍とそれに貫かれる猪。そして、猪から流れ出る鮮血が氷をつたって地面を赤く濡らしている。猪の方は少しずつ動きが鈍くなっており、咆哮も勢いを失っている。弱っていることは間違いない。
「どうよ」
私は銃を構えつつ、上空からゆっくりと近づいていく。その間、猪は動く素振りも見せず、弱弱しく鳴くようになっていた。
私も先ほどの一撃と、前の戦闘で魔力も体力もあまり残っていない。加えて、ライフルから射出できる弾丸は残り3発。それも、先ほどの一撃ほど強力なものは放てない。確実に仕留めるには接近して打ち込むほかない。
少し息が上がる中で、私は猪の頭上までやってきた。
(目測で20メートル前後。ここまで近ければ、今の私の弾丸の威力でも、あの硬い皮膚を貫けるかな)
無数の氷の槍に貫かれた猪を眺めつつ、私はレバーを前後して狙いを定めた。
後は引き金を引くのみ。
しっかりと狙いを定めたその時、弱っていた猪と目があった。血まみれの身体で動きも鈍い。それなのに、その目はまだ、狩る側であることを主張していたのだ。
嫌な予感がする。
私は急いで引き金を引こうとすると、猪が咆哮をあげた。
「ゴギャアアアアアア!!!」
猪は突き刺された氷の槍は関係無いと言わんばかりに暴れ出した。さらに猪の身体から血が噴き出るのだが、さらに暴れ出す。すると、身体中に刻印が浮かび上がり、全身がバチバチと電撃を帯びる。
「もうくたばって!」
私は急いで猪の眉間に向けて、弾丸を放った。だが、発砲したと同時に、目の前の大きな物体は煙のように消失し、弾丸だけがそこを通過した。
「うそ……何が……」
その光景に目を疑った。いや、理解が追いつかない。スコープから目を離し、顔を動かす。すると、背後に氷の槍が突き刺さった猪がこちらに向けて突進してきた。
鋭利で巨大な牙が私の腹部に向かってくる。私はとっさにライフルを盾にするのだが、ライフルごと、吹き飛ばされてしまった。
「がはっ」
内臓への激しい衝撃と、骨の軋む音。かなりの強度をもつ銃でガードしたにも関わらず、致命的な一撃であった。おまけに、しびれるような痛みが全身をめぐる。
ただ、運が良いのはあの牙の餌食にはならなかったことだ。もし、まともに喰らえば、即死であったのだろう。
そして、この時、自分に起きた事象を私は理解した。
(全身を雷魔法で強化……それであのとんでもスピードを生み出したのね)
それは先の戦闘では確認されなかったものだった。つまり、やつは最後の最後まで切り札をとっておいたのだ。
宙に浮いた身体は電撃で指先も動かず、銃を手放してしまった。回転する視界、意識も遠のいていく。その中で視界にちらりと映った猪は牙に雷撃を溜めている。
私へのとどめの一撃なのだろう。ああ、ここで敗れるのか。
(まだ、こんなところで終わりたくはないのに……)
歯を食いしばろうとするが、その力も沸いてこない。
(ライキさん、ガガンさん、カイ君はうまく逃げられたのかな? きっと大丈夫だよね)
猪から射出される雷撃。そのまばゆい光が全身を包み込んでいく。
「おいおい、ネーチャン。派手にやられてんな」
そんな最中、聞き覚えの無い男の人の声が聞こえてきた。
私を天へと連れていく案内人だろうか? いや、それなら、あんな粗暴な声になるだろうか?もう少し優しい声音でも良い気がする。甘くて優しい男の人であるなら、理想かも。
「死神?」
そう。その表現の方がしっくりくる。
「誰が死神だ。助けにきた人間に言うことじゃねエぞ」
男がそう言うと、目がつぶれるほどに眩しかった光が徐々に収まっていく。それに伴い、光で見えなかった景色の輪郭が徐々に鮮明になっていく。どうやら、宙に浮いた自分の身体を男の人が受け止めたようだ。
「何が……起きたの? あなたは?」
私は目の前にいる男の人に尋ねた。徐々に鮮明になるその男の人は、たぶん、私と同い年くらい。表情は見えないし、口調も粗暴だが、敵ではない事だけは確かだった。
「疲れてンだろ? 少し寝てな。この猪はオレがケリをつける」
男はそう言ってのけた。そこには確かな自信を感じ、きっとやってくれるのだろうと思えてしまうほどに。そう感じた瞬間、私の中の緊張の糸が解けた。そして、自然と目が閉じてしまった。
お願い。声にすることはできなかったが、唇でそう必死に伝えた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。