第18話 セレス・マゼンタ
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落雷でも落ちたかのような轟音が轟いた。おそらく、あのモンスターが木々をなぎ倒している音なのだろう。
私はモンスターの気配に気を配りつつ、背後の討伐隊の方を振り返る。彼らは私と同じ、エリュマントスと呼ばれるモンスターの討伐に招集、編成されたメンバーだ。
「くそっ、嗅ぎ付けられたか?」
討伐隊の一人、槍使いの中年男性、ライキさんは眉間に皺を寄せる。
ただでさえ、強面の顔がさらに険しい顔になっているため、迫力もすさまじい。だが、そんなことを思っているほど、余裕は無い。事態はそれほどまでに切迫している。
「ダメだ。カイ君はまだ体が動かねえ」
ライキさんと私にそう伝えるのは、ガガンさん。
ガガンさんは包帯で全身を巻かれた負傷者のカイ君の看病を行っている。ガガンさんには焦りの表情が見える。
「俺の……ことは良いので……置いて……いってください」
包帯で身体をグルグル巻きにされた青年のカイ君はわずかな力を振り絞りながら、言葉を口にする。彼はこの討伐隊ではタンクを行っていたが、あのモンスターとの戦闘で大きな負傷を抱えてしまった。今は呼吸も自然治癒を図っているが、うまくいっていない。
「何を言ってやがる。お前さんがいなければ、俺らはとっくに死んでいた。お前さんを置いていくわけにはいかねえ」
ライキさんは険しい表情で、カイ君に優しく言葉をかけた。
「そうだよ。元はと言えば、私がうかつだったばかりに……」
そう。この事態を招いてしまったのは、私の力が及ばなかったせいだ。すごく悔しい。彼らに無理を言って、ついてきてこのざまだ。
「ネーチャンは良くやっていた。正直、最初はあまり期待できないと思っていたが、想像以上だ。その見た事ねえ武器は凄かったが、エリュマントスとの相性は悪かったのが惜しかった。あまり自分を責めるんじゃねえ」
俯く私にガガンさんは励ましてくれた。
その言葉に、少し前の自分を殴り飛ばしてやりたいと思った。なぜなら、討伐隊を結成した頃の私は、彼らが女である私を見下しているものと勝手に決めつけていたからだ。でも、彼らは女である前に、『セレス・マゼンタ』という私自身を見てくれていたのだ。
「そんな慰め合いは生き延びたら、いくらでも聞いてやらあ。今はあれの対処を考えねえと……」
ライキはその場にいる者達に呼びかけた。だが、その一方で木々をなぎ倒す音が皆の鼓膜を震わせる。間違いない。奴は私達の匂いを補足したのだ。
「だが、俺もライキも……」
そう、カイ君だけが厳しい状態ではない。ガガンさんは魔力を激しく消耗しており、ライキさんも足の負傷をしている。二人とも戦闘は難しい。
ライキさんは頭上を見上げた後、目を瞑り、深く息を吐き出した。そして、私の方に視線を向けて、口を開いた。
「ネーチャン。お前さんだけでもここから逃げてくれ。そして、援軍を呼んで、あいつを、……エリュマントスを討伐するんだ」
「そんな……」
私は顔を横に振る。
「今のままではもう無理だ。あいつから振り切ることはできねえ。だけど、俺らをおとりにすれば、ネエチャンだけなら振り切れるはずだ」
「そんなの……だって、ライキさんやガガンさんには」
「嫁や息子にはネエチャンからよろしく伝えてくれ。愛してると……」
「そんなの……」
私はライキさんになんて声をかければ良いのか分からなくなる。
「何をやっているんだ! さっさとしねえと、ネエチャンも……」
戸惑っている時間も無いのは、感知能力のない私でも理解できた。それほどまでに奴が迫ってきていることに。
「さあ、今からここを離れるんだ」
しゃがんでいるライキさんに肩を押される。私は受け入れられず、手元の金属筒を眺めた。
私は何のために、田舎から出てきたのか?
私は何のためにこの武器を手にとったのか?
魔術がすべてのこの世界で皆が平等に行使できる技術を、誰でも努力を積み重ねれば、自分の行きたい場所へ少しでもたどり着ける方法をもたらすために、私は田舎から出てきたのだ。
この武器はあくまでその一つ。それ以外にもたくさんある技術を人々に伝承し、より豊かな暮らしを皆に与えたい。騎士や貴族、商人や勇者だけでなく、その他大勢の人にも豊かな暮らしを。
無論、この技術は慎重に扱わなければならない。この技術を伝承したおじいちゃんからは口酸っぱく言われており、いまだに私のこの行動を不安に思っている。おじいちゃんだけじゃない。私の行動に賛同してくれる人は少ない。それでも、今のままでは何も変わらない。
『何かを変えるのはリスクがある。リスクを背負うことは大変なもの。でも、それも含めて変えることで、見える景色もある。何も変えずにいることはリスクを背負わないが、何も変えないことがリスクになることだってある。何も変えずにいることがリスクになるのなら、私はリスクを背負い、変えることを恐れずにいたい。たとえ失敗しても後悔はない。それは私が決めたことなのだから。私が決めることなく、ダメになるよりはずっとマシだと私は思う』
その昔、この技術を伝承した、6代目勇者の言葉が頭に浮かんだ。彼は聡明な青年だったらしく、たくさんのことを教えてくれたらしい。その意思は当時、子供だったおじいちゃんやおばあちゃんへ伝えられ、さらにその次世代であるお父さんやお母さん、私へと伝承された。
子供ながらにも、その勇者がどれだけ偉大な人であったかは分かった。かっこよく、人の為にあろうとした人であることを。
私もそんな人でありたい。だからこそ、この場で苦しんでいる人々を見殺しになんてできない。
「嫌です」
私はライキさんの提案を拒否した。
「何を言ってるんだ。ネーチャン。あんたじゃ、無理だ」
ライキさんは驚いていた。無理もない。二十歳そこそこの女が、それも武力も、魔力も人並みでしかない女が言うセリフではないのだから。
「ライキの言う通りだ。その武器を見ている限り、この森では相性が悪い」
ガンガさんも反論する。それもその通りだ。
「まだです。この武器の扱い方はこんなものでは無いですし、それに秘策も……だから、皆さんはカイ君を……」
「しかし……」
このまま話していても平行線なのは分かっている。そういう時はこうだ。
「じゃあ、行きますから」
私は草木から飛び出すのだ。
「おい、待って。ああっ!」
かれらの意見を振り切って、飛び出す以外にない。私のモットーは行動力であるのだから。
「とにかくカイ君を連れて避難を!」
私は彼らにそう指示した後、木々の倒れる音へと走り出した。傍らには勇者から伝承された秘伝の武器、『ライフル』を抱えて。
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