第4話 母、盛り上がる
オーウェン様はイケメン顔をしかめた。
「なぜなんだい? マーク」
マークと呼ばれた男性は、答えに詰まったらしかった。
「座りたい」
「じゃー、座れ」
オーウェン様は自分の横の席を指した。
「邪魔だけど仕方ない」
マークは手を振った。違うと言いたいらしい。
「こちらのご令嬢に紹介してほしいな。でないと彼女の横に座れないので」
マークという男性は、私の隣の空いている方の席の真後ろに立っていた。
私の隣に座る気満々である。オーウェン様の隣ではなく。
「ま、まあ。では、私、お昼が済みましたので、失礼させていただきますわ」
「「とんでもない!」」
二人の声がハモった。
食堂の周り中の目が私たちに注がれた。何だか恥ずかしい。
「マーク、お前が割り込むからだ。いつもの巣に戻れ」
「おい、オーウェン、こんな調子で話を続ける気か? この方に失礼だろう」
「いえ、ですから私は……」
「埒があかないな。では、オーウェンが不親切なので、自己紹介を。マーク・アランだ」
あっ。
気がつかない私がバカでした。
この方、まずい。
第三王子殿下だわっ。
「滅多に学園に出ないから気がつかなかった?」
からかうように殿下は言った。金髪が揺れる。
王家特有の緑がかった青い目がニコリと笑った。
私はあわてて席から立ちあがろうとした。
「やだなあ。やめてよ。何のためにここに来たと思ってるの?」
「あ、はい。どう言ったご用件でしょうか?」
殿下は私の顔をチラチラ見て、それから後ろのオーウェン様の顔も見てニヤリとした。
「用事がないと来ちゃいけないの? そんな固いこと言わないでほしいな、サラ嬢」
会話が弾まなくて、緊張するんじゃないかなんて心配していたわたしがバカでした。
会話は、メチャクチャはずんでいました。
ただし、私は素通りでしたけど。
なんだかオーウェン様はなぜ来た?とか、知ってるくせに見に来たのか?おかしいだろとか、マーク殿下をさかんに文句を言ってました。
何の話だか、わからない。
昼休みは短いので、始業時間が間近になったため、私は席を立って、ようやく二人から解放されたけど、その時には食堂中の視線を集めていた。
「明日イザベラに会ったら、言わなくちゃ」
オーウェン様のおかげで、傷物令嬢の評判は、多分カケラも無くなったと思うわ!
だけど、多分、ここ当分、私は話題のネタになるんじゃないかと思うの!
助けてくださると言うなら、オーウェン様お一人がちょっと声をかけてくださったら、それで済んだと思うの。
なんだかよくわからないけど、オーウェン様からお声が掛かっているわ、でも、本当のところはわからないわね?くらいなら、誰にもバカにされずに済む上、お父様にお願いして適当な縁談を進めていただくにしても、差し障りが出ないと思うので。
オーウェン様とマーク様が、私を間に挟んで、ギャーギャー口論されては、お二人ともご身分がご身分なだけに目立って仕方ないと思うのよ。
しかし、家に帰ると、母が仁王立ちになって待っていた。
「お母様がお呼びです」
侍女のアンが小さくなって呼びに来た。
アンが縮こまることはないと思うのよ? 呼ばれたのは私なんだから。
でも、縮こまる気持ちもわからなくはない。
母は気が強いのである。
母は……公爵家の令嬢で、現国王陛下の従姉妹に当たる。
今日も今日とて、マーベリーフィールドに住まう国王陛下の伯母上(つまり母の伯母様でもある)のところから帰ってきた。
母は、昔は病弱だったそうで、子どものいなかった伯母様に可愛がられていたそうだ。
今は見違えるように健康で、それだけならいいのだが、強引で威厳あふれる侯爵夫人である。それがどうもよくなかったのではないかと。
姉のオフィーリアが、家を出てマーベリーフィールドの伯母の家に行ってしまった理由である。
姉のオフィーリアはコッツウォール公爵の未亡人だ。仲のいい夫婦だったが、公爵は落馬事故で亡くなってしまい、姉は若くして未亡人になってしまった。二年ほど前の話だ。
以来、母は陰になり日向になり、姉のオフィーリアに再婚を迫り続けている。
姉はおとなしい人で、同じく未亡人のマーベリーフィールドの大伯母の下に身を寄せて、静かに隠遁生活を送っていた。再婚する気なんて、全然ないらしい。
二人は、趣味がガーデニングと同じなので、仲良く暮らしている。
これがまた、母の気をイラだたせるらしかった。
「社交界に出ないだなんて、チャンスもないではありませんか」
確かにガーデニングが趣味では、外には出ない。
母は、本日も姉の説得には失敗したらしい。機嫌が悪いらしい。
「サラ」
母は言った。
「どこの男爵家の娘に負けたのですって?」
負けた……負けたつもりはないのだけど。
それから、マリリン嬢は、どこの家の娘だかわからない。男爵家の娘なのかしら?
「まあ、勝ち負けはどうでもいいけれど、そのなんとか言う男爵家、覚えておくがいいわ」
出た。
母の「覚えておくがいい」は結構こわい。
恩は遠くから返すとか言っていることもあるし。
仇の場合も、遠くても返す気なのよね?
とにかく母は顔が広い。
その上、出自が出自だ。
私は侯爵家の娘なので、公爵家のオーウェン様くらいなら、確かにコンニチハくらいで済む。
だけど、マーク様は別格。王子様ですもの。
でも、母はマーク様だろうが親戚の子ども扱い。怖いわ。
「おかけなさい」
「はい。お母様」
「それで……あなたはウィザスプーンのハーバートのことはどう思っているの?」
これを言うと、父が怒られちゃうのよね。まずい縁談を持ってきたとかで。
でも、仕方ないわよね。だって、ハーバート様はちっとも好きじゃなかったんだもの。
「婚約破棄していただいて、せいせいしましたわ」
母の黒い目が大きく見開かれた。
わああ。怒ってる?
「ホホホホ!」
突然、響き渡る母の笑い声。
母が笑うだなんて、思ったこともなかった。しかもこんなに愉快そうに。
母は椅子に座ったまま、爆笑してから言い出した。
「第三王子のマークがあなたのところにわざわざ来たのですって? 忙しいのに、公務を抜け出して」
まあ! 今日のお昼のことなのに、どうして知っているのかしら?
早耳にも程があるわ!
「それも、クリントン公爵のオーウェンに取られるまいと大急ぎで出かけたらしいわね!」
「ああ、お母様、それは違うんです」
二人の動機に関しては間違っている。
「オーウェン様は、私の親友のイザベラに頼まれたのですわ」
「何を?」
「私がきっとこの婚約破棄で困っているだろうから……あの、評判に傷がつくといけないので」
母がキッとなった。
しまった。余計なところで火をつけてしまった。母は燃え上がりやすいのよ。特に私のことになると、逆上しやすいの。困るのよ。
「あんなバカ者のせいであなたの評判に傷がつくなんて!」
後のセリフは大体わかります。いつも言われつづけているもの。
「同じ侯爵家なら、気楽で良いのではないかなどと……しかも、私の娘にむかって感想を述べよなどと、その泡沫男爵家の娘などが!」
ところでここで問題が発生した。
マリリン嬢の家名がどうしてもわからないのである。
泡沫すぎて誰も知らなかった。
「まさかウィザスプーン卿に聞くわけにもいかないし……」
どう言うわけか、ものすごくやきもちを焼いて欲しそうだったし、気にして欲しそうだった。それも二人とも。
こちらとしてはどうでもいいので、全然誰も話題にしなかった。
「学園でお友達にでも聞いてみますわ」
「私は聞く当てもないので、そうしてちょうだい」
母はそう言ったが、母が聞こうものなら、母の評判を知っている貴族なら悶絶しそう。何を企んでいるのかわからないもの。
「まあ、仕方ないわね。元の話に戻っただけよ」
「元の話?」
「もう十年ほども前の話だけれど、ウィザスプーンの侯爵夫妻がハーバートがどうしてもと言うので、婚約を頼みに来たのよ。フランシスとアルバートは仲が良かったしね」
十年? 婚約したのは三年ほど前だけど?
「すぐにはOKしなかったの。だって、そんなことであなたを縛らなくてはならない理由なんかどこにもなかったから。それに、あなたなら他に誰でも相手ができるだろうし、好きな人と結婚したらいいと思って。でも、フランシスが心配したのよ。変な男に引っかかるよりはと」
もちろん、ハーバートが熱心に頼むものだから、理由としてはそちらの方が大きかったんだけど、と母は言った。
「こんな人をバカにしたような結末で終わるだなんて、うちも舐められたものね。でも、ご覧なさい。噂を聞きつけて、あっという間にオーウェンが来たわ」
「ですから、お母様、彼は多分、イザベラの婚約者のフィリップと仲がいいので、クリントン公爵家の嫡子のオーウェン様に声をかけられていれば、多分、そちらとのお話があると、皆さん考えられて、惨めな婚約破棄……」
「誰が惨めな婚約破棄ですってえ?」
間違った。また地雷を踏んでしまった。
落ち着いてから、母は言った。
「違うわよ。オーウェンはあなたがフリーになったので、とにかく一番になりたくて声をかけに来たのよ」
「あのう、それ、間違っていると思いますわ。イザベラとフィリップが気を利かせてオーウェンに頼んだのだと思います」
「そして、マーク・アレンも慌てて公務を放り出してきたんだわ」
「多分、それも間違いで、オーウェン様とばかり話していましたから、オーウェン様に嫌がらせをしに来たんじゃないかと……」
「さあ、これから忙しくなるわよ、サラ。面白いわ。誰がどんな活躍をしてくれるか、楽しみにしているわ」
どうしよう。
母はいつでもわかってくれない。
私がそんなにモテるはずないのに、何考えているんだろう。母みたいに莫大な持参金や、王家との強いコネクションなんか持っていないのに、モテるハズがないでしょう!
変な期待をして落胆させたら、また愚痴が始まるのだわ、すごく面倒臭いのよね……