表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

第19話 二つの物語

私の卒業後、私たちは思い切り華やかな式を挙げた。だって、誰はばかることもない、友達からも、親族からも祝福された結婚だったのだもの。


教会で厳粛な式を挙げた日の夕方、クリントン公爵家本邸の大きな庭で開催されたパーティには、大勢の人が集まり、にぎやかで、とても楽しくて屈託のない、園遊会となった。

広い庭には、点々とオレンジ色に(またた)く提灯が連なり、ほのかに庭を照らしていた。


暖かな天気のいい日で、夕方になっても気温は下がらず、両家から大勢の親戚が招待され、参加していた。マーベリーフィールドの大伯母も来ていて、神も嘉したもうと少し震える声で祝辞を述べた。


そして、あの母が、感動して涙を拭きながら抱きついてきた。


「ああ、よかったわ! サラ! 婚約破棄万々歳ね!」


常々、母は言葉の選び方が間違っていると思っていたが、こんなところで発揮しないでほしい……


ただ、それすらも回り中から大声で笑われて終わってしまった。


「サラ、こちらへ」


オーウェン様が笑いながら引き寄せた。


「今日からは、僕の妻だ」


彼は万感の思いを込めて、私の目をのぞき込んだ。


「君の母上は二番の場所に転落だ。僕が一番だ。そして僕の一番大事な人は君だ。ずっと一生」





その数週間後。


王妃様が、何をどう思っていたのか知らないけれど、お姉さまとマーク殿下の結婚式は、静かに行われた。

私の式とは比べ物にならないくらい、参列者も少なく地味だったが、いい意味で有名になった。

とても品のいい、控えめだけど心を打つものだったと。


例のバス伯爵夫人のプロデュースだった。


マーク殿下は、公爵領を賜り、王宮を去った。

だが、兄の王太子殿下の善き補佐として、仕事をしていた。王太子殿下は密かにマーク殿下の味方だったらしい。



「有能だからな」


兄は解説した。


「お前のところのオーウェンが騎士として比類ないくらい活躍しているのと同じようなものだ。適材適所だな」


私もがんばっている。姉のために積極的に社交界に顔を出し、好印象を残そうと振舞っている。母には無理な芸当だ。クリントン家のためにもなるしね。




ある日、私は呼ばれてマーベリーフィールドの大伯母の屋敷に行った。

すると、なにやら姉とバス伯爵夫人が激論を叩き交わしていた。


「ここらで、清純でまるっきり善意としか解釈できない事業を立ち上げたいのよ」


姉の声がした。


「王妃様が、ぐうの音も出ないやつね」


バス伯爵夫人がうなずいた。


何々? 何の話なの?


「しかも、どこの貴婦人もうっかり一度は来たくなるやつ。ものすごく控えめだけど、超派手なやつ。男は出禁」


「何それ。矛盾してない?」


バス伯爵夫人は、もう四十代半ばのはず。でも、とてもそうは見えない。若くて美しい。


「そうね。慈善バザーの体裁を取りたいわ。バス夫人の作ったドレスを出すの。それから、教会の孤児のキレイどころを集めてカフェさせるわ」


「あたしんとこのメゾンのドレスは垂涎の的なのよ? 慈善バザーに出す品なんかないわよ!」


「何言っているの。私がお金は出して買い取るわよ。そして、昔、試作品で作ったナイトドレスとか部屋着とか、店では売ってない商品を売ってよ。みんな、喰いつくわ。そこでしか、お目にかかれない商品って、希少価値があるわよね」


バス伯爵夫人が呆れたと言った表情になった。ついでに私もだ。


「そんなものないわよ。昔の試作品でナイトドレスなんか、作ったこともないわ」


「バザーなんだもの。お蔵入りしていて、値段がつかない品を売りますって言うことにしたいの。新たな商品ジャンル開拓しなさいよ。あと女児向けのロマンティックドレスとか」


「そんなもの、手がけたことないわよ」


「新しく作ればいいのよ。誰にもわからないわ」


「デザイン画は?」


恐るべきことに姉がスケッチブックを取りだして、デザイン業界の重鎮に向かってそれを差し出した。


お姉さま、そんなことも出来たの?


「サンプル縫いも出来るわよ?」


姉はケロッとして言った。


「なんですって?」


バス伯爵夫人が、眉の間にしわを寄せて尋ねた。


「優秀な針子は何人いてもいいでしょ? 孤児の女の子たちに手先の器用な子たちがいるの。少し仕込めば使えると思う。授業料は出すわ。気に入ったら使ってよ」


何の話をしているんだろう……


「まっ、とにかく王妃様なんか敵じゃないわよ。イメージ作戦で戦うわよ? 全貴婦人を巻き込む勢いで!」


姉が言った。ここの家に防音加工がしてあるといいなあと、私は切に願った。


「社交界は流行に弱いからなあ」


バス伯爵夫人が独り言のように言った。


「そう言えば、この間、極彩色の東洋の陶器あったでしょう? 人気が出てきたのよ。イケると思うの」


お茶を出しに来たマーベリーフィールドの大伯母が、仕方がないなあといった様子で、部屋に入らず固まっている私の顔を見て、しわがれた微笑みを浮かべた。


「あの子たち、あくまで、清楚で、良心的で、思いがけない結果になって戸惑っています、を演出しているのだよ」


凄い積極的で強引で、戦略的で、金がかかっているみたいですけれども?


「よく似た姉弟なのよね。ルイとオフィーリア。マーク殿下も、オフィーリアのそんな所に惚れたんだろうねえ。そう言えば、マーク様も似た感じの方ですもの」


……………


腹黒、実力派シリーズ。


「あの二人、年が二十も違うのに、意気投合してしまって。バス伯爵夫人は元は平民だけど、実力でのし上がって、うるさい世間を黙らせた人だから、どこか重なるのだろうねえ」


大伯母はなんだかしみじみしていたが、それどころではないのでは?


結婚を反対し続けた王妃様の評判、危うし? この嫁は認めておかないと、何をしでかすかわからない。腹黒マーク殿下が、姉には骨抜きだし。もう、小骨も残っていなさそうだ。



「奥様、マーク殿下がお早くお戻りをと」


お使いが来た。マーク殿下の溺愛だけは止まらないらしい。


「大伯母のところに来ているので、もう少しここにいるわ。それにサラが来ましたのよ」


姉は言った。


「あんな真似して、サラを利用したんですもの。申し訳ないわ。マーク殿下にはそう伝えてちょうだい」


いえっ。もう、私は全然根に持ってなんかいませんから。


殿下のお使いにそう言おうとした途端、姉に、お茶の用意がしてあるのよと、わざとらしく別室に誘われた。


腹黒ッ。そして、殿下だけではなくて、お姉さままで私の婚約破棄(の結果のお茶会)を自由自在に使いこなしている。


マーク殿下、ではなくて今は公爵だが、マーク様は私には、あの一件には一応引け目は感じているらしく、私には、何かと便宜を図ってくれるのだが、それはそれで不気味だ。それにお姉さまは、あのお茶会の話を適宜利用しているフシがある。


もう、私の結婚相手はオーウェン様で本当によかった。私は普通でいいわ。




そして、私たちに双子の女の子が生まれて、姉のところには元気そうな男の子が生まれた頃には、姉は堂々と社交界に地位を占めていた。


曰く、慈善に尽くしている尊敬すべき貴婦人だ、上品ではかなげな美人だ、運命に翻弄されてああなっているけれど 等々と。


いや、運命の方が翻弄されているのでは?


お姉さまが、バス伯爵夫人にお願いして、夫人が昔作った試作品を供出させてバザーを開催した時は、多くの貴婦人が慈善慈善と唱えながら、目の色変えて殺到した。いつもなら高くて買えないバス夫人の作品を買うチャンスだ。実際には、オークション方式になってしまって、そう安い値段では買えなかったらしいが、それはそれで箔が付く。払ったお金は、表向き孤児院への寄付になるからだ。


バラ園が見頃になると、バラ鑑賞会が開催され、お姉さまが選りすぐったかわいい顔の孤児たちが給仕をした。気に入られて、そのまま奉公先を見つけた子どもも多いし、孤児院絡みの話は全部高徳の人として、姉の得点になっていく。



マーク殿下の内輪のパーティに招かれた時、氷の王子改め冷徹宰相(マーク殿下は宰相になった)が、自邸では蕩けているのを目撃して、私は二重人格と言う言葉を思い出した。


一緒に参加していたオーウェン様がウフフと笑った。


「僕には君がいる。大事な人が。だから、マーク殿下がどんなに幸せでも今となっては全然気にならない」


世界中で一番大事なあなた。私はオーウェンの手を取った。厚みのある重い手。




正直なところ、あまり関心がないので、ハーバートがどうなったのか知らない。まだ独身らしい。

そして、マリリン嬢だが、しばらくはハーバートにアタックし続けていた。

なぜか当然のように当家、すなわちクリントン家にもやってきたことがあるが、なんだかみじめな格好だった。

ドレスは汚れ、髪も乱れていた。

あっという間に優秀な門番に追い出されていたが。


後のことは知らない。


「収まるところに収まったのだよ」


いつの間にか着ていた夫が肩を抱いて私に言った。




そして、最後に残ったのは兄だった。


「ルイ。貴方もそろそろ身を固めないとね」


母がやる気満々で言った。



私にはオーウェンがいる。かわいい双子の女の子もいるし、他にも子どもに恵まれるかもしれない。何しろ夫は自慢の夫で、筋肉隆々の騎士様。世間では、溺愛されていると言われているくらいですの。

母に向かっては積極的にのろけを聞かせる手段に出ることにした。身内に、夫自慢をして何が悪い。

私が住んでいるところは公爵家で母は手が出せない。たまに、お招きに(あずか)る程度だ。


お姉さまは、マーク殿下が下賜された城っぽい作りの豪勢な館に住んでいる。昔は、本気に王家の城館だったのだと思う。これまた、訪問するにはなかなか敷居が高い。

お姉さまの息子はもう三歳だが、残念なことに口が立つ。

母に向かって、過干渉ではないかと言ってのけた時は、姉は、語彙が豊富だことと褒めて、孫息子が優秀だと言う方面へ、話を逸らした。


「お母さまも、そうお思いになりませんこと?」


「お母さま! 僕はごいがほうふなのですか? 先日は言葉の意味を正確に把握していると先生に褒められました! たとえば、過干渉とは……」


「さあ、もう、お勉強の時間ですから、あちらへ行きましょうね? 先生が呼んでいますよ」


お姉さまの息子は優秀だ。だけど、地雷を踏み抜きすぎる。うちの娘は普通だ。普通でいいや、もう。




まあ、オフィーリアとサラ、私たち娘二人は順調?なので、現在のところ、兄は母の釣書爆弾集中砲火に悩まされている。はずだった。


だが、そこは兄。難癖戦法に出た。


母はこういった問題には割と完璧主義者だ。


「母上。ナッツベリー侯爵家のご令嬢は確か一人娘では? 私が婿になるわけにはまいりません。それから、こちらのアンナ嬢はウィザスプーン家から見て又従姉妹に当たりますが、いかがなものかと」


ケチを付けようとしたら、どこかに問題はあるわけで。完全な結婚なんか難しい。

いつかきっと兄も心惹かれる人を見つけて、マーク様並みに全ての難関をぶっ飛ばし、幸せな結婚をすることを祈るばかりである。

お読みくださってありがとうございます。


誤字報告ありがとうございます。

こんなに多かったとは……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[気になる点] ・12話 お茶会へのマリリン襲撃ネタは、失敗です。  これは、次に示すように、あまりにあり得ない展開であることの他に、物語進行上でも何の意味も持っていません。(17話で、少し言及されて…
[良い点] 普通が一番!楽しく読ませてもらいました。ルイ兄の結婚の話も読んでみたいです。
[良い点] 面白い。おねーちゃんとおにーちゃんとママとパパといいね [気になる点] おにーちゃんの結婚相手が気になりすぎる [一言] おにーちゃんの結婚事情を知りたい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ