葡萄畑から
風吹くサンテミリオンの丘の上には
黄土色した鐘楼があって
らせん階段を登ったその先からは
視界いっぱいの葡萄畑を見渡せた
晩夏の日差しを背に
見慣れた人影に声をかける
———さん!
どちらに行かれるんですかー?
その人はこちらを見上げると
身振り手振りで告げた
これから帰るよ
急いで階段を駆けおりて、近くまで行くと
柔和そうな笑みで迎えてくださった
また、来年
もしどこかでお会いできたらいいですね
そう言って見上げると
目を合わせてからご返事くださった
そうですね、あなたもお元気で
そのときの目線の温かな強さは
穏やかな西日とともに、記憶に焼きついた
握手を交わしてから
奥様と仲良く歩く、二人分の後ろ姿が
遠ざかっていくのを笑顔で見送ったあと
まだ電車には早いので
おすすめしていただいた葡萄畑に行ってみた
農園の方が説明してくれて
味見にと手渡されたメルロー種のそれを
ひと粒食べてみたら
予想外に甘くて、驚いた
とても甘いですね
そう言った後のその方の説明は
残念ながらあまり覚えていないのだけど
なんか、いい経験をした、と
思ったのだけは、覚えている
明日からは完全に自由で
どこに行くのも
何かをしてみるのも自由
行かないでいるのも自由
あれをしてみようか
ここに行こうか
時間の許す限りに
あれこれ予定を考えていた
今から振り返れば
楽しかった時期のこと
なんとなく、思い出せたから
よかった、と思う
※ほぼ全てフィクションです。
鐘楼というか、何かの塔があったのだけは確かです。
評価など頂いたみなさま、どうもありがとうございました。