愛する幼馴染を永遠に失った勇者は、幼馴染を求めて世界を彷徨う。
こんなざまぁも、いいんじゃない?(ぇ
メッチャ長いですが……驚いてほしいので短編にしました。
「シェリア……お前との関係は今日限りだ。俺はお前のパーティを抜ける」
この世界『メラディアン』を支配せんとする謎の存在『魔族』の王こと【魔王】の幹部の一体との戦いが、一段落した後の事だった。
他の幹部が支配する地域へと赴く前。
私は、幼馴染にして、将来を誓い合った婚約者であるショーンに「話がある」と呼び出され……みんなから離れた瞬間にそう言われた。
「…………アンタ……自分がいったい何を言ってんのか分かってるの……?」
まさかそのような台詞を言われるとは思わず、私は動揺したが、すぐにいつもの調子を取り戻した。直後、動揺したせいなのか視界が一瞬揺らぎ、さらにはかすかに頭痛がしたが……それでも話を続ける。
「私は勇者よ? 魔王を倒せる伝説の聖剣エルテナに選ばれた存在なの。ようは私のそばが一番の安全地帯だっていうのに、いったい何が不満なのショーン?」
私はメラディアンの世界宗教『ロゼッタ教』に代々伝わる伝説の聖剣エルテナによって【勇者】認定された存在。
そしてそのエルテナとは、メラディアンの創造に関わった神々が、メラディアンに存亡の危機が訪れた時に備え、その存亡の危機の原因を人類の手で取り除かせるために生み出したとされているモノである。
ちなみに存亡の危機の原因を人類の手でわざわざ取り除かせるのは、人類が神々に頼り切りにならないようにするためらしい。どうやらメラディアンの創造主達は人類には厳しいようだ。
ついでに、存亡の危機とは言うが……それは別に、現在私達が戦っている魔王に限った事ではない。教会によれば、エルテナは……原因が何であれメラディアンに存亡の危機が訪れる度に覚醒し、そしてその原因を排除すべく、いちいち覚醒したその時代における自分の担い手【勇者】を選定するらしい。そして、そんな選定によって今回選ばれた勇者が私……というワケだ。
とにかくそんな私は、世界中から引っ張りだこだ。
駆け付けた戦場で、必ず味方に勝利をもたらすのだから当然だ。
けどそれは無論、私だけの力ではなく、魔王軍と日々激戦を繰り広げているメラディアン連合軍とは別に、教会主導で遊撃部隊として組織された、勇者である私をリーダーとした『パーティ』の個々の力のおかげでもある。
でもそのパーティの中では、私が一番強いため、先ほど私が言った、私のそばが一番安全という言葉にウソはない。
そしてだからこそ私は、幼馴染にして婚約者であるショーンを……驚いた事に、教会主導の検査によれば【回復術師】としての才能を持っているらしいその幼馴染を、幼馴染の誼で……魔王軍に殺させないために、絶対に死なせないためにも私のパーティに入れたのに。
アンタの事を考えて、このパーティに入れたのに……。
「ねぇ、なんとか言いなさいよ?」
「だったら、言わせてもらうけどな」
ショーンは私を真っ直ぐ見ながら言った。
「そのお前のそばにいて、俺がいったいどんだけ辛い思いをしているのか分かっているのか? 回復術師っていうのは、そもそもポーションが開発される前は必須な存在だった、今ではポーションを使えない状況に陥った場合の保険だ。今の時代では、ほとんど存在価値がない。お前はそんな俺に、いったい何をさせた? 幼馴染だから、死なせたくないから……気持ちは分かるけど、それで俺を無理やり自分のパーティに入れて、いつからか……自分のおかげで今も生きてる、そんな恩を押し付け、お前は俺に荷物持ちや……囮役を、散々やらせたよな? しかも自分の機嫌が悪い時……俺に散々当たり散らして、時には暴力を振るったよな。もういい加減にしろよ。俺はお前や、お前のパーティの奴隷じゃないんだよ」
…………何を言っているのか、理解できなかった。
辛い思い? そんなの、私だって……私だって戦場に出る度にしてるわよ。自分が間に合わなかったせいで、死んでしまった人達を見る度に……ッ。ショーンにはそんな事になってほしくないから……だから私は、教会から、戦力増強のためにも入れるよう言われて、そして私自身で確実にショーンを護り抜くためにも、その意見に納得して、ショーンを入れたのに……なんで文句を言われなきゃいけないの? 荷物持ち? 囮? 仕方がないじゃない。アンタは回復術師だもの。私のパーティでは、今やポーションを多めに買えるほど国からお金が貰えるようになった、私のパーティでは、アンタの能力の使い時はほとんどないのよ。恨むんなら回復術師の才能しかない自分を恨みなさいよ。でも……それでも、私は、アンタにそばにいてほしいから……護りたいから……ッ。だけど、贔屓してるって他のみんなに思われたくないから……だから、荷物持ちや囮役をさせてるっていうのに……ッ。
「フザけないでよ! ショーン、アンタが今もこうして五体満足で生きているのは私に護られているからっていうのは、事実でしょ!? 幼馴染の……婚約者の誼で助けてやってるのになんで文句を言うのよ!? それに当たり散らすのだって、婚約者なら私の事くらい受け止めてみせなさいよ!」
「だから……それが辛いって事がなんで分からないんだッ」
ショーンは、握り締めた両拳と声を震わせた。
なによ、殴る気? でも勇者である私の防御力は、聖剣エルテナのせいなのか、異常に上がっているのでショーンが殴ったところで痛くも痒くもない。だけど……ショーンが私を殴ろうとしている……その事実が、私の心に痛みを生んで……いやそれだけじゃない。頭までもが、痛い。視界が、揺らぐ。まさか、ショーンに殴られるってだけで、そんなに動揺してるの、私……?
だけど結局、ショーンは私を殴らなかった。
代わりに彼は、拳を震わせ、私に、親の仇に向けるような鋭い眼差しを向けつつこう言った。
「もういい。これ以上話し合っても分かり合えない。というか、こんな俺達が婚約者である意味なんてない。なら、なおさら俺達は一緒にいるべきじゃない」
「…………ぇ……ちょっと、ショーン!?」
ショーンは私に背を向けて、そのまま私達のパーティが行こうとしていた道とは違う道へと歩き出す。
「本気で私のもとから去るつもりなの!? 私のパーティを……というか私の婚約者を本気で辞めるつもりなのアンタ!? 私抜きでこれから生きていけると本気で思ってるの!? 私よりも弱いクセに! 私抜きじゃアンタ、すぐに死ぬわよ!」
彼の身を案じ、私は声をかける。
けどショーンは止まらない。私は彼を物理的に止めようと、咄嗟に手を伸ばそうとした……けど、途中でやめた。私の気持ちを分かってくれないショーンが悪いのよ。なのに私が止めるなんて……おかしいわ。まるで私が悪いみたいじゃない。
だから、私はその場から動かなかった。
すると、その時だった。ついに自分が悪い事を理解したのだろうか。ショーンが立ち止まった。けどすぐにそれは間違いだと気付いた。茂みの中から、ショーンと同じく幼馴染であり、パーティの中では【魔術師】の職に就いているダニーが出てきたからだ。私とショーンの口論を聞いて、駆け付けたのかもしれない。
ショーンがダニーと話をしている。
聖剣エルテナのおかげか、聴力が異常に高い私でも、残念ながら断片的にしか声が聴こえないけど……なんとなくその断片的に、ダニーがショーンを説得している感じだった。
けど、どうやらそれは失敗に終わったらしい。
少しするとショーンが再び歩き始め、ダニーが肩を竦めた。そしてショーンが、森の中の、丁字路な獣道の先に行ってしまう……その時だった。
またしても、頭に痛みが走った。しかも、さっきより痛い。それと同時に視界が揺らぎ……どういうワケなのか、一瞬、私は信じられないモノを幻視した。
それは、血だまりだった。
それを作っているのは魔王によって創り出された生物『魔獣』の一匹で、そしてその、血だまりの中心には…………ショーンの荷物が、あって…………私は胸騒ぎがした。
「まったく、ショーンには困ったもんだ」
溜め息を吐きながら、ダニーは私に合流しようと近付いてきた。ショーンに婚約破棄されたも同然な私を……いや、違う。破棄されたんだ。いい加減、現実を受け入れなさいよ私……じゃなくて、とにかく、そんな私を慰めようとでも言うのか。とにかくダニーは私に近付こうとしたが……逆に私からダニーに近付いて言った。
「ダニー、一緒にショーンを追って!」
私はダニーの胸ぐらを掴んだ。行動的に、お願いというより命令だけど気にしている場合ではない。とにかく私はダニーにそう言った。すると彼は「わ、分かったから手を離してくれよ」と言ったので、すぐに手を離す。と同時に私は走り出す。ショーンの身にもしもの事があったら、私……ッ!
「ヴァオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!」
そして、走り出してすぐの事だった。
魔獣の、声がした。確か教会によって『レノーヴ=レネ』と……最初に出現した国の言葉で【這うモノ】という意味の名を付けられた……二本の脚と、四本の腕を持ちながら。その四本の腕でモノを掴む事ができるにも拘わらず。その全てを主に移動用に使う……まるで二足歩行する前の猿のような移動をする……灰色の肌から赤い体毛を生やす三つ目の巨人、そんな容姿の魔獣の叫び声だ。
ま、まさか……まさかショーンが襲われているんじゃ!?
私は走る速度を上げた。
後を追ってきたダニーの事などお構いなしに。ついでとばかりに、おそらく魔獣の声を聞いて、こっちに向かっているであろう他の仲間の事も、お構いなしに。
そして、レノーヴ=レネがいる場所に、ようやく辿り着いた時だった。
私は、思わず聖剣エルテナを落としてしまった。
剣を握れなくなるほど、力が無くなったワケじゃない。もう全てが遅かったのだと……気付いたからだ。
目の前に広がるのは。
私が、先ほど幻視した光景。
血だまりと、口元に血が付いた、魔獣レノーヴ=レネ……そして、その血だまりの、中央にある……血に、まみれた、しょ、ショーンの……ショーンの……愛用の剣…………。
「あ、ああぁあ…………あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!」
全てを悟った時。
私は魔獣を前にしているのに。膝を突いて。頭を抱えて。それから、喉が潰れんばかりに絶叫した。ショーンが、死んだ……私が、私が、ショーンを止めなかったばかりに………………その事実を、受け入れたくなくて。
涙が、とめどなく出てくる。
視界が滲み、何が起こっているのか分からない。けど、次に魔獣の嘶きがした時だった…………私の中で、何かがキレた。
※
気が付くと、私は真っ青な世界の中心に立っていた。
魔族や、魔獣の血の色だ。それが私の周囲にあった。聖剣エルテナを持っている私自身も、青い血で塗れていた。傍らにはかつて魔獣だったモノがあった。
もう、ピクリとも動かない。
でも、だからと言って…………ショーンは。
私の大切な幼馴染の一人は。
もう二度と、私のもとには還らない。
…………私の、せいだ。
私が、ショーンを殺したも……同然だ……ッ。
私が、あの時、強引にでもショーンを止めてさえいれば……ッ!!
その事実が、私の心を抉る。
また、両目から涙が出てくる。心が、痛い。抉られた、心が……ショーン、が、いなくなって……空いてしまった、心に、あい、た穴が……痛い……ッ。
その時、すでにダニーだけでなく、他の仲間も駆け付けていたらしいけど。
私は、それでも。
永遠に塞がらない、心の穴が起こす胸の痛みに耐え切れず…………泣き続けた。
※
それから、私は……ただただ、魔獣と、魔族を殺すためだけに生き続けた。
ショーンを殺した、憎き魔族を全滅させる……そのためだけじゃない。
大切なモノを失う時の、心の痛みを……味わいたくないから。ショーンを失った悲しみを、忘れる事ができるのは……もう、魔族を殺した時だけだから。
そして……。
※
「シェリアさんって、時々、敵の次の動きが分かるような戦い方をしますよね」
何度目かの、魔王の幹部との戦いを終えた後。
メラディアン連合軍が対魔王戦の拠点としている砦の、女性専用のテントの中での事。ショーンが亡くなった後に、パーティメンバーとなった【魔術師見習い】のナージャが、寝袋にくるまった私に話しかけてきた。
彼女は、ダニーの弟子だ。
魔族の襲撃を受けた、ある村の唯一の生き残りで、ダニーにより、魔術師の才能を見いだされてからメンバー入りを果たした……私よりも十歳年下の少女だ。
ダニーによると、ショーンほどの回復速度こそ見込めないが……それなりに回復魔術も使えるらしい。
ショーンの穴埋めのためにも彼女が必要だ、というダニーの助言を聞いて彼女のメンバー入りを認めたけど……私が欲しているのは……回復魔術を使える存在ではない。私の心を理解し、寄り添ってくれるような……教会の導きで、生まれ育った村を、私とダニーと一緒に旅立った直後のショーンのような……そんな、存在だ。
でも、だからと言って。欲していた人材ではないからというフザけた理由で無視するワケにもいかないため、私は隣で寝袋にくるまる彼女へと「そう?」と、声をかけた。すると彼女は「そうですよ」と、すぐに返す。
「まるで、これから起こる事が分かっているみたいです」
「…………本当に、そうだったなら」
心当たりがないワケではない。
ショーンが死ぬ直前、私の脳裏に過った……あの光景。そのすぐ後に見た光景とまったく同じ光景の事を思い出すと…………確かに、私にそんな能力がありそうな気もする……けど、
「本当にそんな能力があったら……ショーンは、死ななかったかもしれないわね」
そう思わずには、いられない。
もしも本当に、私にそんな能力があって。そしてその能力を私がちゃんと使えてさえ、いれば……。
すると、そんな私の心情を察したのだろうか。ナージャは「ご、ごめんなさい」と言ってから……もう話しかけてこなくなった。
※
『レミちゃん、違うんだよ』
その夜。
私は変な夢を見た。
見た事がないハズなのに……どこか懐かしさを覚える。
そんな光景と、その光景の中で、私と相対する、顔は良いのに、どこか頼りない印象を受ける男と……そして、そんな男と付き合ってきた記憶を含めた、私が知らない、どこかの誰かの記憶……その持ち主の視点の夢だ。
『ウソばっかり! 昨日見たんだからね! アンタが元カノと歩いていたのを! 信じらんない! 私だけを愛してると言ったのはウソなの!?』
私ではない、私が……男に向けて、叫び散らす。
と同時に、私の中に……私ではない私の記憶が流れ込んでくる。
目の前の男、タケルが……私とタケルと、同じ大学に通う……タケルが前に付き合っていた女と、昨日、街中を歩いていたのを目撃した記憶が……。
『違うんだよ、俺が愛しているのはレミちゃんだけだ! アイツと会ったのは偶然なんだよ!』
………………ウソばっかり。
だったらなんでアンタは、あの女と一緒に買い物をして……あの女が選んだモノを買ったの?
『………………アンタの言い訳なんか聞きたくない。もう顔も見たくない。永遠にさよなら』
素直に謝ってくれたら。もう二度と元カノとは会わないと約束してくれたのならば……許そうかと考えてもいたのに……まさか、言い訳をされるなんて。こんな男を今まで愛していただなんて……自分で自分が信じられなかった。
そして……そんな事実から逃げ出したくて。私は……今の私じゃない、私は……タケルの前から去った。
まるで、ショーンが私の前から去ったみたいだな……と、ふと思った。
と同時に、この皮肉な因果に……嫌気が差した。
ここまで来れば、さすがの私も……魔族を殺して、殺して……殺しまくってきた私にも……分かる。
これは、この世界の教会で習った事。
不遇な死を遂げた魂の中には……前世で抱いた無念のあまり、時に前世の記憶を持った状態のまま、生まれ変わる個体もある。
そんな……この世界での常識。
そうだ、私はかつて……このレミという女だった。
だから、この後に起こった事も……それが起こる前に思い出せた。
この後、私は……そう、怒りで我を忘れて……そのせいで、横断歩道の信号が赤に変わった事に気付かないで…………。
この世界に、交通事故で転生したんだ。
そして転生する際に、私は願ったんだ。
来世では、絶対に……愛する人と幸せになりたいって。
なのに、この、世界でも……私は、幸せになれなかった。
前世とは、違って……今度は、私の前から、私が愛していた人が去って……永遠に、会えなくなって…………。
――まだ、終わりじゃないよ。
すると、その時だった。
もう、この世にはいないハズの……ショーンの声が聞こえた気がして――。
※
「ッ!?」
――次の瞬間、私は目を覚ました。
と同時に、私の頭に……ショーンと口論した、あの時以来の痛みが走った。
あの時よりも……遥かに痛い。このまま、頭が割れてしまうかもしれないくらい…………とてつもなく痛いッ。
視界が、揺らぐ。
意識が、明滅する。
もしかして、この痛みは……大切な人と和解しようとはせず、そのまま死んだ、もしくは死なせてしまった私へと、神様が与えた罰なのだろうか。
ふと、そう思ったけど…………結論が出る前に、私の意識は再び堕ちた。
もう、前世の夢は見なかった。
ショーンの声の幻聴も、聞こえなかった。
私の前に、在ったのは……死んだ後、私が堕ちるかもしれない……果ての無い、闇黒だけだった。
※
なぜか、何の脈略もなく前世の夢を見て……それからさらに、時は経った。
多くの魔族の幹部と、彼らが率いる軍勢を殺し、残るは……魔王が創り出した城にいる魔王と、その配下たる四天王と、それぞれの親衛隊のみ。
だけど、メラディアン連合軍にも……相応の被害が出ていた。
全滅こそ、しなかったけど……全員が回復するまで待っていたら、魔王が戦力を増強する可能性だってある。魔王を確実に、短期で殺すには……今攻めるしか道はない。
「ここは戦える者だけで攻めるしかない」
ダニーが、私達勇者パーティメンバーと、なんとかまだ戦えるメラディアン連合軍の兵士に向かって言った。
「大丈夫だ。僕らには勇者様が付いている。このメラディアンの創造主様達が生み出した聖剣エルテナが選んだ存在が。その時点で僕らに負けは無い!」
次の瞬間。
集まった兵士達が……歓声を上げる。
ダニーは昔から、頭が良かった。
私達には思い付かない事を、何度も何度も思い付いて、それを、村の発展に活かして……そして魔術なんかも、すぐに全属性覚えちゃって。
そして今回も……今はもう、魔族を殺す事しか頭にない私に代わって、ついでに習得したらしい、人心掌握術を活かして、パーティメンバーや残存戦力たる兵士を活気付けてくれて。
けど、私には……そんな彼が、小さい頃から怖く見えて。
そして、だからなのか……小さい頃から…………どちらかと言えば、常人であるショーンと一緒にいる時の方が、安心感を得られて……気付いたら、私は彼を目で追っていて…………その頃から、彼に惹かれてた。
それから私は、ショーンと付き合うようになって。
そして私が勇者に選定されたあの日……教会の検査でショーンに回復術師の才能がある事を知って、教会に勧められて、彼に、パーティメンバーになってほしいとお願いした時……ショーンは、承諾してくれた。
でも、私は…………その、ショーンを…………護れなかった……ッ。
今回こそは、今回こそは……一緒に幸せになりたかった彼を護れなかったッ!!
そして、この世界の人間どころか、私の大切なショーンまでも殺した魔族だけでなく……あの時の自分にも怒りが湧いてきて……私は強く、手を握り締めた。握り過ぎて、血が滴り落ちるまで、強く……強く……ッッッッ。
「シェリア!」
すると、そんな私に気付いたダニーが、私に声をかけ……慌てた様子で私の手を握り、無理やり開かせようとする。
「もう、自分を傷付けないでくれ」
ダニーが、悲しげな顔を私に向けて……さらに言葉を続けた。
「ショーンを失って悲しいのは分かる。でももう、君の命は君だけのモノじゃないんだ」
「…………ダニー、アンタに……アンタに私の気持ちなんか、分からないわッ」
彼は、確かに事実を言っているだろう。
でもだからと言って……今、そんな事なんか言われたくなかったわよ!!
「…………そうかも、しれないね。ゴメン。もっと良い言い方があったハズなのにね」私に怒りを向けられて動揺したのか、ダニーは目を伏せながらも話を続けた。「でも僕には……君の身を護る使命がある。君のパーティメンバーだから、とか、幼馴染だから、とかじゃない。死んだショーンのために、だ」
そして、そう言われてしまうと……私はもう、何も言えなくなってしまった。
※
そして、最終決戦が始まった。
残存戦力だけで魔王城へと乗り込んで、出迎えた魔族共を殲滅し……残ったのは私と私のパーティメンバー。他は動けないほどの重傷だ。私は、彼らに待つように告げると、パーティメンバーと一緒に……残った魔王と、その配下たる四天王との決戦に挑もうとして……嫌な予感を覚えた。
このまま進むと、みんなと離れ離れになってしまうかのような……。
「み、みんな、ちょっと待って!」
もしも、この予感が……ショーンが死ぬ前にも感じたモノと、一緒のモノだと、するならば…………だけど、言葉をかけるには遅かった。
突如、私の前からパーティメンバーが消え去り。
そして私は……どういうワケだか、魔族の王……魔王と相対していた。
まさか、床に転移トラップでも仕掛けられていたのだろうか。
そうでなければ、仲間達が消えて、私が魔王の前にいきなり現れるなんて理不尽な事が起きるハズが……ッ。
「ようやく会えたな、勇者よ」
魔王が……メラディアン連合軍の情報部が言った通り、女性である魔族の王が、私に声をかける。
「異界より来たりし神に唆され、その運命を大きく違えてしまった……迷える子羊の代表たる貴様には、前から会いたいと思っていたのだ。このまま、その神の計画通りに戦うのも……まぁ、強きモノとの戦いを好む私としてはいいが、その前に、少し話さないか? 後悔はさせんぞ?」
でも、次に彼女が言った事は……私にはワケが分からない事だった。
彼女がいったい何を言っているのか……かつて、ショーンが死ぬ前、私に告げたこと以上に分からない。
「…………フザけるな」
そして、だからこそ私は。
「散々、人類に攻撃を仕掛けておいて……話さないか、だと? 人間をバカにするな!!!!」
問答無用で、彼女に斬り掛かった!!!!
「ハハッ。まぁ、こうなる事は分かり切っていたが……いいだろう。全力で相手をしてやる!!!!」
魔王は、それに応戦する。
一対一のタイマン。仲間はいない。でもそれは魔王も同じ。ラスボスの彼女に、今の私のチカラが、どこまで通用するかは分からない。でも、私は戦った。魔族のせいで亡くなったショーンのためにも…………私は……わた、しは……お前達魔族を、絶対に全て殺すッッッッ!!!!!!
聖剣エルテナと、魔王が持つ魔剣がぶつかり合い、衝撃波が起きた。
しかし私は、そして魔王も、引かなかった。そのまま何度も何度も斬り結ぶ!! 私と魔王、それぞれの体に、斬り結んだ中で防ぎ切れなかった斬撃の数だけ裂傷が出来る。お互いのそれはまったく同じ数。互角。どこまでも互角だった。私一人のチカラでも、魔王と充分に殺り合える。その事実を知って……私はかすかな希望を抱く。これならば……これ、ならば……私は、私の望みを叶える事ができるッッッッ!!!!
でも同時に、なぜか……またしても、私の頭に痛みが走り始めたッ!?
なんで……なんでここまで来て痛みがッ!? 待って……これ以上痛くならないで! 私が……私が望みを叶えるその時まではッッッッ!!!!
「チィ! まさか半分でもこれほどとは!」
途中、魔王がワケの分からない事を言っていた気もするけど……私は、頭の痛みに耐える事に必死で、気に留められなくて…………そして、ついに――。
――私と魔王は、お互いの剣で重傷を負って……そのまま倒れた。
「グッ……ぅ……す、まん……約束、は……守れ、そうに……ない……」
魔王は仰向けに倒れながら。私から受けた傷のせいで血を吐きながら。またしても、ワケが分からない事を言った。その様子から、死んでも、死に切れない何かがあったんだろう……とは、思うけど……その一方で、私は……晴れやかな、気持ちだった。
ああ、私は……やっと、死ねる。
ショーンの、もとへ……魔族に殺された、人間が、逝くとされる闇黒へ……ようやく、私も…………逝けるんだ。ショーンに、謝る事が、できるんだ……。私が、望んだ、幸せの形じゃ………ないけれど…………でも、それでも、私は……ずっとずっと…………ショーンに、謝り、たかった。護ると誓ったのに……護れなくて、ごめんなさいって……だけど、これで……やっと…………――。
「やっと見つけたぞ。この悪夢の根源ッ」
――そして、ようやく死ねると思った……その時だった。
魔獣に食い殺されて、闇黒の世界に堕ちたと思っていた……ショーンの声が……なぜか、現世でハッキリ聞こえて…………声がした方を見た時、私は信じられない光景を……右腕が無いショーンが、今まさに、魔王の口から出てきた……極彩色のオーブのようなモノを左手で掴んでいる光景を見た。
こ、れは……これは、いったい…………どういう状況なのッ!? な、なななななんでッ、ショーンが、生きて……私の目の前に!?
「まさか魔王の中に隠れてたとはな……だけど今度こそ、跡形もなく……無に還れこの野郎ッ」
そして、ショーンは……死んだと思っていた、私の大切な人は…………手にしたオーブを握り潰した彼は……今度は、死にかけの……私へと顔を向けて……もしかして、今度は、その手で……自分自身の手で、私を、殺そうとでも、いうの……? アンタを、護れなかった……わた、しを…………?
だけど、そうじゃなかった。
ショーンは、死んだハズの彼は、私に近付くと……左腕だけで、器用に私を抱き起こし……そのまま、私を、優しく抱き締めた。
「待たせてゴメン。もう大丈夫だシェリア……俺達を、ずっと苦しめてきた元凶の一つは、この世から消えた。もうお前は……彷徨わなくてもいいんだ」
抱き締めて、くれたのは……とても、とても……嬉しかった。最後の、最後に、私は……魔族を、殺しまくってきた、私は……報われたのだから……。でも、その彼も、おかしな事を言った。さ、まよう……? いったい、何を……言ってるの、ショーン……? 彷徨う、って……いったい、何を言っているの……?
「話せば、長いんだ。でも、お前はすぐに戻らなくちゃいけない。本来、いた世界に……だから、俺の友達の力を使って、俺の全ての記憶をお前に託すッ。本当は、ずっとお前のそばにいたいけど……今の、お前には……今のお前にはお前の帰還を待っているヤツがいるから……ゴメン……」
そして、次の瞬間。
私の意識は暗転して――。
――私は、ショーンが言った、通り……彼が体験した全てを、ショーンの視点で…………追体験した。
※
レノーヴ=レネに遭遇したショーン。
彼はすぐに応戦しようとした……けど一瞬遅く、右腕を食いちぎられて……叫び声を、発しようとした時、すぐそばの茂みから、人型の魔族が出てきて……彼は、口を塞がれ、なぜか魔族に回復魔術をかけられながら、そのまま拉致されて……。
そして、辿り着いたのは……私が、さっき相対した……魔王の眼前で。
『勇者パーティの一人にして、運良く真正の神々の加護を受けし者よ』
そして魔王は……混乱するショーンに信じられない事を告げた。
『ワケが分からぬかもしれんが、大人しく話を……これから話す事を聞いてくれ。信じられないかもしれんが……お前達が崇めている神はすでに、本来のこの世界の創造主ではない。最近この世界へと来訪し、そしてこの世界の摂理へ干渉している異界の邪神だ』
さらに混乱するショーン。
そしてそんな彼に、魔王はさらに言った。
『邪神は……この世界で循環する力と、この世界を創った神々の力を狙っている。
だがこの世界の摂理が頑強で、すぐに手が出せない状況だ。そこでその異界の邪神は、この世界の理外のチカラ……我らの想像を絶する、デタラメなチカラを付与した別の世界の人間をこの世界に送り込み、まずはその者のチカラで、この世界の摂理を引っかき回そうと考えた。
だがこの世界の真正の神々も黙ってそれを見ていなかった。異界の邪神と高次元で戦いを繰り広げた。しかし力及ばず、その力を半分近く失った。だが異界の邪神もその力の大半を失い、最終的に、この世界に……邪神の先兵たる、異世界の存在の魂一つと、その魂に付与された理外のチカラ、そしてもう一つ……元々、その理外のチカラと一つであったが、神々の激闘の中で二分してしまった……もう一つのチカラが現れ……邪神の先兵たる異世界の存在の魂と、もう一人……この世界の存在の魂に、それぞれ宿った。
たとえ勇者の素質がなかろうとも、聖剣エルテナを使えるチカラ。そして、反則気味なまでの……魔術のチカラ。その内の一つが異世界の存在の魂に入ったんだ』
…………まさか私が、その異世界の存在だと…………魔王は言いたいの……?
そんな、私は……わた、しは……邪神の先兵として、この世界に転生したの?
『そして、その異世界の存在の転生体は……お前の幼馴染のダニーだ』
…………………………ぇ………………?
わ、私じゃ、ないの異世界の存在の転生体って……え、どういう事なの!?
いや、確かにダニーの魔術の才能は、反則なまでに凄かったけど……え、本当にダニーが、異世界転生者!? ぇ、じゃあ私は!? どういう事!?
『最初にダニーが、異界の邪神の先兵としてこの世界の摂理を引っかき回し、最終的に異界の邪神が、この世界と、この世界を創り出した創造主たる、真正の神々のチカラを奪うハズだったが……チカラが二分して、思うように事を進める事ができなくなった。
だが異界の邪神は、それでも着実に、ダニーを使ってこの世界の摂理を引っかき回し始め……そして真正の神々のチカラがさらに弱まったのを機に、ついに本格的に摂理に干渉し始め……自分こそが真正の神だと、この世界の人間と聖剣エルテナに認識させた。そして人間と聖剣以外の存在……認識を改変できなかった我ら魔族――異界の邪神であると人間に認識された、この世界の真正の神々を崇める我ら魔族との戦争を勃発させて、さらにこの世界の摂理を引っかき回さんとした。
だが我らが崇める真正の神々も負けてはいなかった。
チカラを、弱められながらも……最後の最後に、今回の戦争のキッカケの一つである、異界の邪神の先兵であるダニーの近くに……ダニーの行動を監視し、場合によってはその存在を抹消すべく、己のチカラの一部を宿した己の使徒を……お前という存在を、生み出したのだが…………異界の邪神のチカラの影響なのか、今までそのチカラは封じられていたようだ』
…………しょ、ショーンが……私や、ダニーとは異なる……神の使徒?
え、でもなんで……なんで回復術師としての能力しかない彼が神の使徒なの?
『お前の周りの人間は、お前の能力を回復術だと思っているようだが……それは、大きな誤りだ。本来のその能力は、理から外れた事象の否定。本来であれば起こるハズがなかった、人族と魔族の戦争によって発生した物事……まぁ鏡などを使わずして己を見られないように、己自身に起きた事象を第三者視点で観測できない観測者自身には、そのチカラを及ぼせない、そして死者の蘇生が不可能であるという、二つの限定条件があるが……とにかくその対象の状態を元に戻す……それがお前の本来の能力だ。
そして、お前をここに呼んだのは……お前にかけられた、その能力の封印を解くためだ。
我ら、真正の神々を崇める存在のチカラとなってもらうため。
そして自分自身の目で、改めて、この世界の真実を知ってほしいからだ』
そして、魔王は……ショーンの額に触れて……。
『我の部下を一人つけよう。共に、その目で……今回の戦いの真実を知ってこい』
ショーンと、人型の男性魔族を……送り出して……。
そしてショーンは、男性魔族の魔術で姿を消した状態で、メラディアン連合軍の砦に潜入して……。
『シェリア……なぜだ……なぜ僕だけを見てくれないッ?』
なぜか、部屋に一人でいる時に私の名を言う……ダニーの姿を見た。
『クソがッ。この世界に転生できたら、たとえチカラがシェリアと二分していようとも、少なくともチーレム無双できるんじゃなかったのかよあンのクソ女神がッ! チーレムできるんならなんでシェリアは……今まで邪魔だったショーンが消えて、フリーになったシェリアは僕だけを見てくれないんだッ!?』
私が知っている……ダニーとは…………明らかに、違う……彼の姿を。
『クソがぁ。クソ女神が恐れていた可能性の通り、二分したチカラを元に戻さないと……チーレムできないってのか? 次に死んだ後、僕とシェリアの子供に今度は転生しない限り……チーレムできないってのかよぉッ』
見ているだけで、怖気がする言動をする…………今までの、彼ではない姿を。
『今まで魔術で、シェリアとショーンの中の〝心の余裕〟を少しずつ少しずつ……二人にバレないよう慎重に削いできて、やっと二人を別れさせる事ができたのに、しかも運良く魔獣が現れて、永遠の別れを演出できたのに……それでもシェリアが僕だけを見てくれないとか……どんだけムリゲーなんだよあの女ッ!! 魔族との戦争が終われば、僕だけを見てくれるのか? そうじゃなきゃ困るぞッ!! 僕の真なるチーレムライフのためにも……二分したチカラを元に戻すためにも……何が何でもあの女を……シェリアをオトさなきゃなんねぇのによぉ!!』
いや、怖気どころか……怒りも湧いてきた。
私と、ショーンの……心の余裕を……削いできた?
もしかして、私とショーンが喧嘩をしたのは……ダニーが、私を手に入れて……その、くだらない野望を成就させようとしたから?
…………ゆる、せない……許せないッ!!
ダニー、アンタの……アンタのせいで私の大切なショーンは!!
そして、その思いは……ショーンも同じだった。
今すぐこの場で、ダニーを殺してやりたい思いでいっぱいだった。
でも、今はダメだった。
この場でダニーを殺しにかかっても……真の能力に覚醒したとは言っても、戦闘経験や才能に差があり過ぎるダニーを確実に殺す事はできない。
だから、ショーンは……今はその場を去って。
そして、魔王の監督下で、戦闘の訓練をしまくって…………。
※
そして、最終決戦の日。
ショーンは、転移トラップによって転移してきたダニーとついに対峙した。
驚愕するダニー。
けど問答無用でショーンは突っ込む。
魔王曰く、理外にあるというデタラメな魔術で……ダニーは応戦する。
それをショーンは、魔王のもとで鍛え上げた身体能力を以てして凌ぎ……それでもダメなら、魔王から支給された特別製の装備を犠牲にし、なんとか凌ぎ切り……なんとかダニーにダメージを与え始めて…………。
『クソがぁ!! こンの死に損ないがぁ!! シェリアはなぁ、僕の母親になる女なんだよ!! 邪魔を、すンなぁ!!』
『…………お前とは幼馴染として……少しは分かり合えていると思ってた俺が馬鹿だったよ』
そして、ショーンは。
聞いているだけで怖気を覚える台詞を言うダニーへと、それだけを告げると……動けなくなったダニーの頭を掴み………………そして、真なる能力を。
本来であれば、この世界に転生する運命ではなかったダニーの魂と、彼と、私に憑いた理外のチカラを消滅させるため、真正の神々が与えた真の能力を解放した。
直後、ダニーは……魂が消滅し、死んだ。
そしてショーンは、今度は私と戦っているであろう魔王のもとへと……自分の、真の能力を目覚めさせてくれた恩人を救うためにも向かって……でも、私と魔王がいる場所に着いた時には……もう、手遅れだった。
私は、とっくに息絶えてて……そして、魔王は……まだ、息があったけれど……ショーンに、最期に『すま、ない……お前が、来るまで……勇者と、共に……生きられ、なかっ……』と言い残して、息絶えた。
ショーンと、魔王が交わした約束。
私と相討ちになったあの瞬間、魔王が口にしていた約束……それは、最終決戦の直前に交わしたモノだった。
それは、この世の摂理が元に戻った瞬間を、自分と、魔王……そして私と一緒に見届けるという……今は、もう果たされない約束だ。
息絶えた私と、魔王を前にして……ショーンは涙した。
そして、彼の人生を追体験している私は……ショーンが私のために泣いてくれた事を……かつての、旅立った直後のショーンに、ショーンが戻ってくれた事を……歓喜はしつつも、さすがに、疑問に思っていた。そして、その疑問を自覚した時、またしても、私の頭に……なぜか、激痛が走った。
私が、かつて死んだのならば……意識が暗転する前、私の前に現れたショーンはいったい…………?
しかし、その疑問の答えを考える余裕はなかった。
すぐに私と……ダニーとショーン以外のパーティメンバーが駆け付けて、そしてみんな、ショーンの、魔族にしか作れない特殊な装備を目にして……次に、死んだ魔王にも涙するショーンを見て……彼に、殺意を向けてきた。
自分達を裏切り、死を演出し、魔王側に付いて……勇者を殺した。
そう勘違いして、そして殺意を向けられたショーンは、かつての仲間達から攻撃される直前に……魔王城からなんとか脱出した。
※
それからショーンは、世界中から追われる日々を過ごした。
ダニーという駒を失い、そして私という、二分したチカラの片割れを失った事で世界の摂理を引っかき回す事が困難になったのだろうか。真正の神々のチカラが復活し始め、改めて、その真正の神々から真相を知らされ……遺恨を残しながらも、一応は魔族――真正の神々曰く、人類とはまた違う経緯でこの世界に生まれた別の知的生命体である彼らの生き残りとの間で相互不可侵条約が結ばれ……本当の意味でこの世界は平和になった。
けれど、戦争の中で利益を得ていた存在からすれば、今の状況は堪ったものではなくて……世界中に存在する、そんな勢力を始めとする存在に、ショーンは逆恨みされて、追われ続けて……。
ある日の事。
ショーンはある噂を耳にした。
それは、死んだハズの私が、生前の行動を繰り返しているという……怪談のような噂だった。
※
ショーンはそれが妙に気になり、噂の発生源たる場所へと向かった。
するとそこには……噂通り幽霊となった私が……何もない場所に声をかけたり、切り付けたりしている光景があった。
私は、さらにワケが分からなくなった。
なんで……なんで、私が……私が知らない私が、そこに……?
『これは、一応……霊視能力がある友人に調べてもらわないと』
一方でショーンは、驚愕のあまり目を丸くしながらそう言って……ある人物を、その場所に連れてきた。
魔王の部下である、かつてショーンに透明化の魔術をかけてくれた魔族だった。
『これは……ちょっとマズいですよショーンさん』
私ではない、私であるハズの私を視ながら……その魔族は告げた。
『アレは、確かにあなたの幼馴染……勇者シェリアです。それも、一度、別の世界に転生を果たしたけど、彼女自身の無念……そしてあなたが消し損ねた、異界の邪神の使徒ダニーの魂の一部が、彼女が死ぬ寸前に取り憑いたせいで……向こうの世界で死にかけてるのか、とにかくそれらをキッカケにして、こっちの世界へと再び来てしまった生霊です。このまま放っておいたら彼女……向こうの世界で、本当に亡くなって、こっちの世界で悪霊化してしまいますよ』
…………………………ぇ……? なに、言ってるの……? 一度……別の世界に転生? 悪霊化? 誰が? 私、が……? い、いったいどういう!?
『なっ!? そ、んな……シェリアを……シェリアを助ける方法はないのか!?』
混乱する私を余所に、ショーンは魔族の胸ぐらを掴んで問い質す。
すると魔族は『一つだけ、方法があります』と言った後で、やんわりとショーンの手を胸ぐらから離し『あなたに、勇者シェリアを取り憑かせて……そして男性にも女性にもなれる、特殊な魔族である【夢魔】の血を引く私の能力で……あなたという仮初めの肉体を持った、勇者シェリアの魂を、夢を操作する事で導きつつ……彼女の中の、ダニーの魂の一部、そして彼女自身の中に残っている理外のチカラをショーンさんの能力で排除した上で元の世界へと還す。それしか、彼女の悪霊化を防ぐ方法はありません』と信じられない事実を告げた。
ついでとばかりに『私の夢魔としての血は薄いので、チカラが弱く、肉体を持つ存在にしか通用しないんです。すみません』と魔族は詫びを入れたが、ショーンはそれを気にせず、すぐに、
『分かった。やってくれ』
と言って……私の、生霊だという私の進行方向に現れて……。
※
それから起こった事は………………私が正史と思っていた、今までの記憶の通りだった。
ショーンが死んだと思った光景を、幻視して、実際にそんな光景があるとこの目で確認して、それから私は、ショーンを殺した魔獣を殺して、それ以来、私は……ショーンが逝ったとされる闇黒に堕ちるために、魔王と……全ての元凶だと思っていた彼女と、相討ちになろうと、ずっとずっと魔族を殺し続けて魔族を殺すために生きているのだと……勘違いし続けて……。
そして、私の前世だと……そう今まで勘違いしていた、あの世界。
実際には、ショーンに協力している夢魔曰く、この時点から見た私の、来世かもしれない……そんな、夢を見て……そして、最終的に、魔王と……望み通り相討ちになって……その時に、ショーンが……魔王の口から出てきた、ダニーの魂の一部を、今度こそ……この世界から跡形もなく滅して……。
※
ああ、そうか。
ショーンの視点から。
第三者視点から見て……ようやく、私は全てを思い出し……悟った。
私が頭痛を覚えたのは……生きていた時の経験と、違った事が……おそらくは、ダニーの魂の一部のせいでループしていた、私の独りよがりな、この幻想の世界の中で、起こった時だった。
敵の動きが分かったのも……前回と同じ事柄を体験していたからだ。
なぜ、ループしていたのかは……分からない。
もしかすると、ダニーの魂の一部には、もう意識は存在してなくて……私との、思い出を……おぞましい事に、ただ永遠に味わいたかったから……かもしれない。
頭痛が起こったのは……私が、目の前の現実に違和感を覚えるのを、私自身が、拒否していたからだろうか。私が、とっくの昔に、この世界では死んでいたという現実から逃れたいがために……。
今と、なっては……分からない。
もう長いこと……私は、この世界を彷徨っていた気もしてきたし。
――シェリア。
すると、その時だった。
いつの間にやらショーン視点の物語が終わり、私の周囲の世界が、極彩色の世界に切り替わっていて……そんな中で、再びショーンの声が聞こえた。
――もう、お前を縛るモノはこの世界にはない。だからお前は……もう、この世界にいちゃいけない。お前の還りを待っている……今のお前を、大切に想っている者の所へ……お前自身のためにも、今すぐ還るんだ。
「ショーン!? ま、待って! 待ってよ! せっかく、また……また会えて……ダニーが、いなくなって……ようやく、ようやく昔の私達に戻れたのに!!」
私は、ショーンの声がする方へと、体をばたつかせて動こうとする。
でも、私の動きよりも速く……私がいる極彩色の世界が……流動を始めて……。
――ダメだ。
さらには、ショーンに……止められた。
――お前はもう、この世界の存在じゃない。こっちの世界にいてはいけないんだよ。お前自身のためにも。お前を、大切に……大切に想っている者達のためにも、お前は、今の居場所に戻った方がいい。
「そんな……そんな、事……そんな悲しいこと言わないでよ!! 私にとって一番大切なのはショーンだけなの!! あなたがいる世界こそ、私の居場所なのよ!! 還して!! 私を……私をショーンがいる世界に還してよぉ!!」
――ワガママを言うな!!
でも、私の願いは……想いは……ショーンに、叱り飛ばされた。
――俺だって……俺だって、もっとお前と一緒にいたいよ……でも、何度も言うように……お前自身のためにも、お前は……俺達と一緒に、いちゃいけないんだ。
「そ、そん……な……ぁ、ああぁあああ……ショーン!! ショーン!!!!」
極彩色の世界の流動が、さらに速まる。
そして、私の意識が、その世界の果てへと流されていく寸前、
――シェリア、俺は……たとえ、世界が違っても……………………ッ!!
ショーンの、涙声が聞こえた気がして……。
※
「ッ!?」
そして私は、目覚めた。
私が……邪神の使徒たる勇者だった、かつての私が……私の独りよがりの、幻想の世界に囚われていた頃に、前世の世界だと、勘違いをしていた世界で。
私の、本来の居場所である……来世の、世界で。
目覚めた私は、消毒液のニオイがする部屋の中にいた。
もしかして、私は……前世の世界に行くキッカケになった、あの交通事故の後、助かったのだろうか。
いや、そもそも今までのは……本当に、あった事なのだろうか。
交通事故に遭って、意識が混濁して……荒唐無稽な夢を見ていただけじゃないのか……と、夢のない事まで思ってしまう。
けど、私の胸の中にある……この、熱い想いは……。
私は、さらに周囲の状況を知りたくなって。
そして、体の節々に痛みが走りつつも……なんとか、入院患者用のベッドの上で上半身を起こして、
「レミちゃん、入るよ」
その次の瞬間。
偶然にも、私がフッたタケルが……部屋に入ってきた。
そして、上半身を起こした私を見たタケルは……その顔をクシャクシャにして、私に抱きついてきた。
「あ、ああああっ!!!! レミちゃん!! 良かった!! 本当に良かった!! 目を覚ましたんだね!!?」
「ちょ、タケル……痛いって……」
別れたハズの男に抱きつかれ、少々不快な気持ちと、嬉しい気持ちが混在して、変な気持ちになりながら……ついでに言えば、まだ節々が痛いので……私はタケルの腰をタップしながら言った。
するとタケルは、素直に私から離れてくれて、
「俺、ずっとレミちゃんに謝りたかったんだ。レミちゃんの気持ちを考えずに……レミちゃんの誕生日プレゼントを選ぶためだけに、元カノの意見を聞こうだなんてバカな事をしてしまったのを。レミちゃんを悲しませたくなくて……思わずウソを吐いた事を」
そして、気持ちを落ち着かせてから……ポツリポツリと、私が知り得なかった、私が、タケルの浮気だと思っていた、あの場面の真相を語り始めた。
「俺、女性の好みや流行については疎くて……でも俺には女友達がいないからどうしたらいいのか分からなくて……もう、昔、お試しで付き合ってた、結局は趣味の違いで別れた、元カノしか相談相手がいなくて……それで、あの時……一緒にレミちゃんの誕生日プレゼントを選んでもらったんだ」
そして、その衝撃の告白は……私の頭を、真っ白にして……そして思い出した。
浮気だと思っていた、あの場面を目撃した日……私の、誕生日の数日前だった。
そう、だ……だから私は、余計に、我を忘れるほど怒って……それで、交通事故に遭って……。
「ほんと、ゴメン!! レミちゃんの気持ちを考えて、元カノとの相談は、電話で済ませるべきだった!! 俺が浅はかだった!! 許してくれなんて言わない!! 罵ってくれても構わない!! だから……だから……別れるだなんて、言わないでくれ!! 俺が愛しているのは、世界でレミちゃんだけなんだ!!」
そして、タケルにさらに……女々しくも、そう告げられた時。
タケルの、私への想い。そして、私の中の……ショーンへの想いが……私の中で渦を巻いて……そして、さらに、ショーンの言葉が。
――お前を、大切に……大切に想っている者達のためにも、お前は、今の居場所に戻った方がいい。
――シェリア、俺は……たとえ、世界が違ってもお前を愛しているッ!!
ショーンの、最後の……言葉が……私の中では、真実である彼の言葉が私の中で甦ってきて……私は……思わず、涙を流していた。それを見たタケルは「れ、レミちゃん!? ご、ゴメン!! 俺、バカだから……レミちゃんの気持ちを考えずに話していたかもしれない!! 気が済むまで罵っていいから泣かないで!!」と、慌て始めた。
私は、すぐに「違うの」と否定した。
そう、だ。私こそ……人の事を言えないのに……タケルに、酷い事をッ。
「謝るのは、私の方だよ……私こそ……昔、好きだった人の事を忘れられてない。それなのに……そんな、私が……タケルを、罵る権利なんか……ッ」
そして、その事実を……改めて口にすると、さらに悲しくなってきて……タケルとも、今度こそ、永遠に……別れる事になるかもしれないと思えてきて……さらに涙が出てきた。
するとそんな私を……タケルは、今度は、私の体の事を考えて……優しく、抱き締めてくれた。
「…………そっか。レミちゃんには、いるんだね。そういう人が…………でも、相手がよほどのクズじゃない限りは……そういう人は、忘れるべきじゃない。忘れてほしくなんか、ないよ。その人がいたから……今のレミちゃんがあるんだから」
いや、それどころか……私の心の中の……ショーンの存在を、認めてくれてッ。
ああ……タケルが、こんなにも優しかった事に……今さら気付くだなんて……私は、なんてバカな女なんだろう。
いや、バカなのは……前世の時からだ…………前世でも、今世でも、私は……私が、バカだったから……大切な人と、別れる羽目になった。
でも、ショーンの言う通り……それでも、私の事を……たとえ世界が違っても、大切に想ってくれる人が……待っていてくれる人がいて……その優しさに触れて、私は……ただただ、タケルの肩に顎を乗せて……さらに涙を流し続けた。
もう、ショーンには……会えないかもしれないけど。
でも、それと引き替えに彼は……今の私の、大切な人……タケルとの繋がりを、護ってくれた。
ショーンに、会えなくなったのは……悲しいけれど。
夢かも、しれないけれど……でも、私の中では……確かな真実である彼が護ってくれた現在を…………私は、犠牲にしたくない。
この時、私は心の底から……そう思った。
※
「ショーンさん、お疲れ様でした」
シェリアの魂が、俺の中から……無事に元の世界へと還るのを感じ取りながら、彼女との永遠の別れを悲しみ、涙を流している時だった。
同じく涙を流し、そんな俺とシェリアのやり取りを見守っていてくれた、魔王城で出会って以来の友人である魔族フォーラが、涙を拭いながら声をかけてきた。
「最終決戦から、もう十余年。勇者シェリアの魂を見つけて、もう七年近くは経ちました。途中から、私が周囲から摂取する微々たる魔素を、私を通じて摂取して、霞を摂取して生きる、東方の超人【仙人】みたいに飲み食いせずに、勇者シェリアの魂を導き続けて、ようやく、本当の意味で……あなたの戦いは終わりましたね」
「…………そうか。もう、そんなに時が経ったのか」
言われて、改めて、自分の服を確認する。
確かに、俺の装備は……物凄く時間が経ったせいでボロボロだった。
「ショーンさん、改めて……この世界のために、お疲れ様でした。これで私も……ようやく魔王様の墓前で、良い報告ができそうですよ」
「……ああ。フォーラもお疲れさん。それと、こんなにも長く付き合わせて、すまなかったな。俺はバカだから、なかなかダニーの魂の一部を見つけ出せなかった。そのせいで、お前の貴重な時間を奪っちまった」
「気にしないでください。私には、ダニーの魂の一部を見つけ出せなかったんですから。それくらい、ダニーの魂の一部がうまく、しかも私が敬愛する魔王様の幻影の中に隠れていた……って事ですよ。というか」
そしてフォーラは、少し間を置いてから……改めて話し始めた。
「私が気になっているのは……まぁ、昔からある、人族と魔族の認識の違いですから、ショーンさんは気にしなくてもいいですが……あのまま、勇者シェリアの魂を送り出せた……あなたの心です。私があなたの立場であれば、向こうの世界の大切な人と引き離してでも、自分のもとに留めたいと思うのですが……ああ、さっきも言いましたが気にしないでください。今の時代の魔族は、それは人族ならではの、我々も理解し、参考にすべき美徳だと理解していますので」
「…………そう、だな」
フォーラの意見を聞いて、俺は改めて……考えた。
俺は、本当は……シェリアとどんな未来を紡ぎたかったのかを。
確かに、彼女は大切な存在だ。
できる事ならば、俺は……ずっと一緒にいたかった。
でも、シェリアに取り憑かせて、そしてフォーラの能力を以てして、シェリアのこれまでを観測して……シェリア……今はレミという名の彼女を、大切にしているタケルの事を知って…………タケルに、同じ女を愛した同士として、同じ悲しみを抱いてほしくないって思ったから。
「…………シェリアが幸せなら……俺はそれでいいんだ」
だから、俺はフォーラにそう返した。
するとフォーラは、満足そうな顔をしてから、静かにその場を去って……俺は、再び一人になった。
俺は今でも、世界中の……死の商人とかに追われる身だ。
教会とかは、俺を匿ってくれるかもしれないけど……その教会に迷惑をかけたくない。だから俺は……これからもずっと、人里から離れた場所を逃げ続けようと、再び歩き出そうとして――。
――殺気を、感じた。
ま、まさか、死の商人の刺客が近くにいるのかと思い、俺は周囲を見回した……まさに、その瞬間だった。
背後から、俺は刺された。
そしてその凶器は、確実に俺の心臓を貫いて……。
「よくも……よくも、師匠をッ!! 死ね!! 死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇッッッッ!!!!!!!!」
どこかで、聞いた事がある……女の、声がして……。
俺の、視界が……暗転して……。
地面が……俺の前に、立ちはだかって……。
その俺の背中に……さらに、刃物が、突き立てられて……。
いつしか……痛みを、感じなくなって……眠くなってきて……。
しかし、俺は……最後まで、憎しみを……不思議な、事に……殺されて、いるのに……最後まで、覚えなかった。
俺は、大切なモノを、護ろうとして……いろんなモノを、犠牲に……幼馴染さえも……犠牲に、したんだ。だ、から、俺は……その報いを……戦争をすれば、必ず受ける……その報いを、受けているだけなのだと……理解、したからだ……。
女の声、が……遠ざかる……。
いったい、誰だったのか……思い、出せないけれど……でも、俺は……俺の、今までの人生に……満足していた……。
最後の、最後に……シェリアと、会えたんだ……。
彼女を、この世界の……因果から……解き放てたんだ……本来の、居場所に……還す事が……シェリア、の魂……を……救済、できたんだ……。
だ、から……タケル……俺の、分まで……シェリアを……幸せに、しないと……承知し、な……ぃ……………………………………………………。
過去視魔術を使えばね。
誰が殺したかなんてすぐ分かりますよね。
本作の、本当のラスボスは……以前、大浜英彰さんが描いてくださった女神です(ぇ
ダニーのモデルは、ご覧の通りクサ○マサトさんです(ぇ
私の作品の中じゃ、初かもしれない……それなりに吐き気を催す邪悪をイメージしました。
悪い事を考えてた幼馴染をざまぁしてるから、これも幼馴染ざまぁですよね……え、違う?