マジックショー 改良編 ――produced by 朱里――
一週間後、再びエリックさんのマジックショーの日がやってきた。あれから、対策を練り、準備を整えて今日に至る。
今回は客席を通らなくて良いように、舞台横にカーテンで仕切った即席控室を準備している。
緊張の面持ちで、控室で最終チェックに入るエリックさん。
送り出す私もやや緊張するが、サポートに徹する。
「さぁ、これを着けたら舞台に向かってください。もうすぐ出番ですよ、頑張ってくださいね」
最後の衣装を手渡す。
「ありがとう、これをつけると緊張が和らぐね。」
黒い薄布を受け取ったエリックさんが微笑む。
「あなた、今日は大丈夫。楽しんできてね♪」
リリックさんは、励ますようにギュっと手を握って、優しい笑顔で送り出す。
「では、行ってくる。」
衣装を身に着けたエリックさんは舞台へとゆっくり踏み出していく。
舞台は薄暗い照明になり、真ん中にスポットライトが当たる。
おお!とお客さんのどよめきが聞こえる。
魔石のライトを改良して、スポットライトを作ってもらった。室内照明に使うことはあっても、スポットライトとして使う演出はなかったらしい。
そして、私は店の隅で埃をかぶっていたギターらしき弦楽器を抱えて舞台袖でスタンバイする。
エリックさんの登場に合わせて私は弦楽器をマイナー調のメロディを怪しく奏でた。
「チャ~ラチャ、ラチャラ~ン♪ジャンジャカ、ジャンジャカ~」
(ギターはFコードで挫折したが、簡易なコードなら押さえられたので、応用してみた。やらないより、やってて良かった…。)
帽子を被り、目元を黒いベールで覆った全身黒コーデのエリックさんが登場する。
怪しい雰囲気を醸し出したエリックさんは口元に不敵な笑みを浮かべる。
「これから皆さんを不思議な世界にいざないます。エリックパワーをお見せしましょう」
そう言い放つと、舞台のライトが一気につき、マジックショーはスタートした。
以前と同じ黒い箱を見せ箱を開ける。
先週のことを思い出したのか、客は一瞬ドキッとした顔をした。
「ここに箱があります。中には何も入っていません。」
そして箱を閉じる。ここまでは同じくだりだ。
エリックさんが箱に向けて謎の手つきをする。
「エリックパワーを込めました。」
観客はまた変なものがでるんじゃないかと、眉をしかめながらも怖いもの見たさが勝って、じっと注目している。
「3つ数えます。3、2、1!」
エリックさんが箱を開けると
赤、黄色、ピンク、色とりどりの花が詰まっている。
エリックさんは、舞台を降りると、果敢にもショーを見に来てくれた女性客に手渡していく。
会場は笑顔に包まれる。
「エリックパワーです!」
両手を広げて決めポーズをするエリックさんを拍手が包み込む。
「さて、次にこちらのカードをご覧ください。」
次のマジックが始まる。
ゆっくりとテーブルの上に、絵が描かれたカードを並べる。
鳥、花、木、果物……前回より種類が多い。
「こちらのカードにあるものを出してみせましょう。」
観客は前回ネタバレした頭上の帽子に注目してしまう。
「何が出ると思いますか?」
近くの男性客に尋ねる。
「そうだなー、鳥や木は無理だろう、果物!」
エリックさんは答えた観客の方の耳に手を当て聞き返す。
「すみません、聞き取れなかったので、もう一度お願いします。」
「果物!」
男性はもう一度答える。
すると、エリックさんは手を当てている耳の穴から、何か取り出すしぐさをする。
ん!?客は慌てる。まさか、耳にミミズ!?
エリックさんが耳から取り出したて見せたのは淡いブルーの綺麗な布。
広げるとそこにはカラフルな果物絵の刺繡が入っている。手先の器用なリリックさんの刺繍ハンカチだとすぐわかる。
おおー!客から拍手が沸く。
エリックさんは男性のもとに行き、その布を男性に渡す。彼はリリックさんのファンの一人で、前回のショーの混乱を収めるのを手伝ってくれたお客さんである。
その後もエリックさんはお世話になった人々に同じ質問をしていき、いろんな場所からハンカチを出していく。
全員にハンカチが行き渡り会場が笑顔に溢れて、舞台は幕を閉じた。
――今回の完全対策――
改良1 怪しい音楽怪しい風貌…怪しげなキャラづくりに成功
改良2 目元を黒布で隠すことにより、目線によるネタバレ防止&緊張緩和
改良3 コンプライアンス対策…生物は出さず、カラフルな花や布で華やかさのインパクトにチェンジ
改良4 「エリックパワーです!」の耳に残るキャッチフレーズと決めポーズ
そして、エリックさんの優しい気持ちを第一に考えて、みんなへの感謝の気持ちをプレゼントとして渡す演出にしたのである。
劇場が笑顔に包まれたことで、私も嬉しい気持ちで満たされた。
これまでお世話になった分、少しはお返しできただろうか。