目覚め
目を開けると、茶色い木目の天井に、木漏れ日降り注ぐ開け放された窓そこから春の温かい風が心地よく入ってくる。質素ではあるが清潔な部屋のベッドに寝かされていることに朱里は気づいた。
(ここは、どこ?さっきのは夢?)
身体を半分を起こして周りを見渡す。着ているものはシャツとスーツのままである。コートや上着は丁寧に壁に掛けられている。
ガチャ、木製の扉が開いて、金髪でちょび髭を生やしたおかっぱ頭の外国人のおじさんがお盆に水差しとコップを載せて入ってきた。朱里に気が付くと、くりくりした青い目を大きく開いて、くしゃっと笑顔になる。
「良かった!目を覚ましたんだね。君は倒れて気を失っていたんだよ。気分はどうだい?」
日本語で話しかけてくれたことに安堵して、朱里も返事を返す。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「まずは、白湯でも飲むといい。何か食べられそうなら、食事も持ってくるからそれまでゆっくり休んでいなさい。」
「白湯をいただいたら、帰ります。すぐに職場に戻らないと。」
時計がないのでわからないが、太陽の高さから、だいぶ寝過ごしたことだろう。会社に戻らなくてはと、慌てる。
「君の顔色は良くないよ。あまり寝てなかったんだろう。少し休んだ方が良いと思うよ。急ぐなら、馬車を呼んであげるから大丈夫だよ。」
「ありがとうございます……って、馬車!?」
「どうしたんだい?そのきっちりした恰好からすると、職場は王都だろう。」
「王都!?」
会話がかみ合わず、朱里は動揺する。よく考えると、季節もおかしい。もうすぐ冬でははかったか……。窓の外の景色は花が咲き誇り、すっかり春である。
「こ、ここはどこですか?」
恐る恐る尋ねる。
「王都からは少し離れているね、ドゥラ・クエステ村だよ。まぁ、馬車で二時間あれば王都には着くだろう。」
聞いたことのない村の名前に愕然とする。
(まさか……本当に異世界!?)
片手で眉間を押さえながら、かすれた声を絞り出す。
「……すみません、ちょっと、状況がわかりません。ここがどこなのかわからない……。私はおかしくなってしまったのか」
「可哀そうに。王都で流行っている病だろうね。倒れている君を見た時からそうじゃないかと思ったんだ。」
悲しそうに眉をひそめて、おじさんは言った。
「病?いえ、病気ではないと思うのですが……。」
「大丈夫、心配いらない。君に必要なのは休息だよ。まずは白湯を飲み、食事をとりなさい。」
おじさんは優しく語りかけ食事の準備をする。
運ばれてきた温かい食事を食べている間に、おじさんが説明してくれる。
おじさんの名前はエリック、奥さんと二人暮らし。息子さんは王都で仕事をしている。
そして、ここはストイック王国。数年前から、王都では病が流行っているらしい。
王都に行った優秀で有望な者たちが、次々とぐったりとした様子で、故郷に帰ってくる。
彼らの症状は様々で、眩暈、食欲不振、不眠、やる気の低下……明るかったものも口数が少なくなってしまって、家からでないこともあるそうだ。まるで日本の現代病のようである。
なるほど、私も現代病といば現代病か。それでエリックさんは王都から来たと考えているんだなと納得する。
「この病で記憶が錯乱する者がいてもおかしくない、大丈夫、君は僕の家で保護するから。答えられる範囲でいい、君の名前は?」
「私の名前は朱里です。仕事をしていた帰り道で気を失ってしまったらここにいたようです。この国のことがよくわかりません。」
違う世界に来てるみたいです、なんて言ったら余計に心配されてしまいそうだ。ここは優しいエリックさんにお世話になりながら、状況を把握していくしかなさそうだ。
ストレス社会で頑張るビジネスマンに癒しを。少しでも面白いと思ってくれる人がいたら嬉しいです。