息子さんの仕事
朱里はレストラン横の修理店で週末のショーに向けて人形作りを手伝いながら、合間にお茶しながらエリックさんとおしゃべりをする。その中でこの世界のいろんなことを教えてもらっているのだった。
今日は王都での仕事について訊いてみた。
「王都で働くには選抜試験に合格しなければならないんだよ。業種にもよるが、複数の学術を網羅せねばならないのは王城勤務だけかな。専門職なら一科目でも構わないよ。音楽、芸術、武術、料理、医師薬師などの技師、それぞれの分野に秀でた者は身分を問わずに採用されるよ。しかし、難関であることは間違いないな。」
「息子さんは王都にいるんですよね。どんなお仕事を?」
「息子の場合は王城勤務だよ。選抜試験以外にも王都の学校を卒業することができたら、勤務することができるんだよ。と言っても下っ端だけどね。」
「優秀な息子さんですね。」
「ああ。あいつは私とは違って用量がよくてしっかりしているんだ。何でもそこそこ熟すことができる。だが身体が心配だな。王都は病のせいで人手不足が慢性化しているようだ。いくつも仕事を掛け持ちしているようなんだよ。」
先日息子さんから手紙が届いていたので、近況を知らせてくれたのだろう。
「それは心配ですね。」
「昼間は書類審査などのデスクワークのようだが、欠員が多いから夜は警備も担当したらしい。さらにこの間なんて、王命で王都の病を解決するため、東の森の魔法使いへ使者として派遣されたそうだ。」
「へぇーすごいですね。でも、王命を受けた話なんて、ここで話しちゃって大丈夫なんですか。」
「うーん、いいんじゃない。」
エリックさんはあっけらかんと口調で答える。
「王は偉大な方だよ。隠し事はしないさ。はッはッはッ」
そうか、そんなものなのか……。こういう国だと王命を暴露したら、命がないとかじゃないのか。まだまだこの国はよくわからない。
思考を巡らせていたら、エリックさんが衝撃の事実を語りだした。
「神託によると、病を解決するためには聖なる癒しの力が必要なんだそうだ。それで、王は緑の魔法使いに聖なる力を持った者を異世界より召喚するように依頼したらしい。」
グフッ!!ゴホッゴホッ……。
盛大にお茶を吹いてしまった。それって、路地裏で会った怪しい緑の髪の男じゃないのか……。私は聖なる力とかもってないよ。
「シュリ、大丈夫かい?」
「すみません、お茶が気管に入ってしまって……。ええと……その召喚は成功したんですか。」
「いや、召喚だと相手の意思を尊重しないので、召喚ではなく直接探して説得するそうで、難航しているそうだ。まだ力を持った者を連れて帰ってきていないらしい。」
確かに有無を言わさずに召喚するわけではなく、説得することを重んじるのは人権や法律に厳しいこの国らしいなと思った。しかし、私の場合はいきなりこの世界に飛ばしておいて意志は尊重とやらはどうなったのか。
だが、よくよく思い返してみるとあの時、私は疲れ切っていて現実逃避の気持ちがMAXだったのは間違いない。
確か「願望がある」とか「試しに」とか呟いていた気がする。
もしかして、現実逃避願望を確認した上で、お試しで異世界に飛ばしたというのだろうか。
せめて、言葉に出して確認して欲しかった。追い詰められて一時の気の迷いというものがあるというのに……。
もし、魔法使いに会ってこちらの世界に来たと言ったら、癒しの力があると勘違いされてしまうかもしれない。心苦しいが皆にはこのことは黙っておこう。
でも、送り込んだ謎の男の正体が分かったかもしれないと安堵する。もし、その魔法使いなら帰る方法を聞くことができるかもしれない。
元の世界に帰るための一筋の光を見出だした気持ちである。
どうやら魔法使いの動向は息子さんから聴けそうなので、安心して喜劇場のショーの改善に打ち込むことができそうだ。
よし!っと人形を作る作業に集中する。そして、もと(もと)の世界に帰る日までにこの喜劇場にできるだけ貢献しようと決意したのだった。