串焼きを求めて
「くそう」
ぼさぼさの髪を掻きむしり、吐き捨てるように言った魔王は、ギルドで換金できたものの、唸るしかない状態だった。
順番を待つ間に街で聞き込みを続けていたが、串焼きの食べられる露店は王都には存在しなかった。なぜなら、王都の衛生基準は高く、露店販売が禁止されていたのだ。
美味しいと評判のレストランはドレスコードやマナーが厳しく、一般庶民が入れるものではない。あんな堅苦しい場所で食べてもろくに味などしないに違いない。
「あの串焼きを食べるまでは帰る気にならん。出てきた意味がないじゃないか。」
遠くの村から来た旅人によると、王都から離れた村ではまだ露店は許可されているようだった。
遠出になるが、王都からさらに南下して村をまわってみることにする。
商店で干し肉や日持ちのする食品を買い込む。ここも店員は青白い顔をしている。
接客は丁寧だが張り付いたような笑顔に違和感を覚える。
量り売りも一グラムの狂いもなくきっちりしているが、豪快な笑顔で訳あり商品のおまけを大量につけてくれた市場の風景が懐かしくなる。
商人の男は王都では病が流行しているから、体調の悪そうな者が多いといっていたが、活気がないのはそのせいもあるのだろうか…。
スリやひったくりはなく治安はとても良い。
着飾ったご婦人が従者もつれずにしずしずと歩いて行くのを眺めながら、良くなったこと失ったことに想いを馳せる。
大通りを抜けて、充血した目を擦っている南門の門番に挨拶すると王都の外に出た。
「ふむ、だいぶ王都は様子が変わってしまっていたな。」
南へ続く道を一時間ほど歩くと石畳から舗装がない一本道になる。土埃の舞う路面の両脇には腰丈の茂みがあり、間隔をあけて人の腕ほどの太さの木がまばらに生えている。
そんな道が延々と続くようなので、体力に自信はあるが、念のため腰に下げた水筒から水を一口飲むために足を止める。
カサッ
50mほど先の茂みの奥に人の気配を感じる。魔族は人間に比べると聴覚が優れている。たとえ、本来の力を発揮できる獣形態ではなくても、50m範囲であれば十分に探知できる。
「5人か……。ふう、面倒だな。」
さすがに王都は治安が良くなったとはいえ、人気のない道では旅人を狙った強盗がまだうろついているようだ。
魔族は北の森以外での魔力の使用は禁じられている。それでなくても、人間を傷つけることも禁じられているのだ。反撃せずに5人を相手にするのは部が悪い。
「仕方がない。」
そう呟くと、魔王は音がした方向とは反対側の茂みに入り、屈みこんだ。
「ちっ、どこに行きやがった?」
「この距離で気づくわけないっすよ。もよおしたんじゃないっすか」
「逆に無防備でしょう、行きましょう。親分」
茂みの中で旅人を待ち構えていた一味は、男が茂みに入り屈むを見て相談していた。
「よし、じゃあ、囲むか」
目くばせをして、すばやく陣形を取りながら、男がかがんだ方向を取り囲んで近づいていく。
そして、茂みの向こうにたどり着く。
しかし、そこには誰もいなかった……。
「どこに行きやがった?」
立ち上がればすぐに見えるような腰の高さの茂みである。周りには人が登れるような太い木もない。
かがんだまま移動しても、姿が見えなくなるほど遠くには行けるはずもない。
「どういうことだ?」
「お、親分…。」
「俺たちも流行り病にかかっちまったんすかね。幻覚見ることもあるってききやした!」
「まさか、そんなはずはねえよ。」
「確かに男がいたはずだ、探せ!」
5人は四方に散ってくまなく探すが、人の気配は感じられない。
「まさか幽霊か……。」
「流行り病の方が怖いっす。」
怯える5人を木の上から見下ろす、キラリと光るの赤い瞳が二つ。
木の上には、光沢のある黒い毛並みのしっぽを揺らし、満足そうに木の皮で軽く爪を研ぎながら、頭を抱えた男たちが立ち去るのを見守る小型の黒い獣の姿があった。
男たちが見えないところまで離れると、するりと木から飛び降り、ストンと着地した。
「行ったか。」
獣の口から言葉が漏れる。
魔族の中で魔力の低いものは獣型でしかいられない。魔力が高いと人型にも変化することができる。さらに、高位の魔力を持つものほど小型の肉食獣の姿になることができる。そう、ここまで小型化できるのはこの国では一人しかいない。
耳をそば立てひげをピンと張ったまま空中の匂いを嗅ぎ周囲を確かめると、数キロ先にも盗賊が潜む気配を感じる。
「面倒だ、しばらくこの格好で行くか。」
両腕を伸ばして伸びをすると、そのまま歩き出した。
手ごろな村が見えたら人型に戻って、店をめぐるとしよう。