王都
青い空に映える高く聳え立つ白い城壁。王都の周りは白亜の城壁でぐるりと囲まれている。立派なアーチ型の北門をくぐると、そこはレンガ建築や精巧な彫刻の施された最新の建築物の並ぶ北通り。ピカピカに磨かれた石畳には塵一つ落ちておらず、清潔と気品に溢れている。
戦火から50年よくここまで復興したものだ……目を細めて感慨に浸る。
荒れ果てていた当時の状況を鮮明に覚えている魔王は感嘆さえ覚えた。
感動から我に返り、本来の目的を思い出す。
市場通りには串焼きの露店があったはずだと思い向かってみる。
ふーむ、このあたりだと思ったが、高級な店構えの建物が並んでいた。
さすがに、昔とは変わったんだろう。すれ違った商人風の男に訊いてみた。
「このあたりに串焼きの露店はあるかい?」
「串焼きの露店??」
男は驚いたように聞き返した。
「あんた、王都は初めてなのか?」
ぼろを出してはまずいと思ったのと、50年前に来たと言っても、20代か30代くらいにしか見えないこの若い見た目では怪しまれるだろうと取り繕う。
「ええ、初めてで。このあたりに美味しい串焼きの露店があると聞いたことがあったもので。」
それを聞いた男は笑い出す。
「はっはっは!兄さん、そりゃあもう何十年も前のことよ。王都には一流シェフのレストランしか開店できないんだよ。露店なんて一軒もないよ。」
なんと!あの串焼きがもう食べれないだと!ショックで言葉に詰まる。
「なるほど……。では、どこかで美味しい肉料理が食べられるお店は?」
「ああ、そこの角の店なんかは有名だが、客は貴族だな。一般人には高いぞ。身なりも一流品を着て行かないとな。」
「一般の人は普段どこで食事を?」
「王都には安い店なんてないよ。俺のような一般人はみんな家で食べるのさ。」
何も知らない田舎者に男は丁寧に説明してあげる。
「王都はすべて一流の人材しか就職できないんだ。学者、料理人、芸術家、音楽家…すべての一流が集まる最先端の都、それが王都さ。」
「俺なんかは商人だから、基準を満たした一流の品さえ持ってくることができれば大丈夫だけどな。」
そう言ってにかっと笑った。
使い魔たちの情報収集で、スパルタクス王が厳しい法令を敷いて、秩序を保ち復興に努めていることは知っていたが、王都の様々な基準の厳しさがここまでとは思わなかった。
どうせ、森の外には出られないのだからと、魔族関係の情報しか詳細を確認しなかったツケが回ってきている。
これでは本当に何も知らない田舎者である。
森から持ってきた素材などを売れば、レストランに入るお金も服も手に入るだろう。情報収集も含めてひとまず、ギルドに行くことにした。
「そうか、兄ちゃんは素材収集家だったのか。田舎から初めて来るなら大変だったな。ギルドなら、換金できるから、その金で肉や野菜を買って自分で飯を作るといい。」
親切な商人の男はギルドへの行き方を教えてくれた。
素材収集家とは森との境界区域で集められる薬草や鉱石、魔物の落とした毛や抜け殻といったものを集めて販売する職業である。
体力的にハードな仕事で、なおかつ許可申請が難関であるため素材収集家の数は限られているが、人間も魔物も立ち入ることのできる緩衝地帯で合法的に希少価値のある魔力のこもった素材を集めることができる。
魔王は面倒な書類申請などせず、スパルタクス王に直訴して許可は得ている。
ため息をつくと、ギルドの方角へ方向転換し、旧市場通りを後にする。
瓶底眼鏡のおかげで表情は読めないだろうが、絶望的な顔をしていた。
なんてことだ、あの串焼きがもう食べられないとは、これでは森を出てきた意味がないではないか…。くそう、こんどスパルタクスに直訴せねばなるまい。
とぼとぼ歩くこと十数分、真っ白な大理石で作られたギルドの建物に到着する。
昔来たギルドは素朴な木製のちょっと埃っぽい場所だったのに、大違いだ。
門を開けて中にはいると、ピカピカの床に無機質な壁、シンプルな内装の部屋に静けさが広がっている。
嘘だろう、酒臭い冒険者も泥まみれの素材収集家もいない。かっちりとした白黒の服を着た青白い顔のスタッフが対応する。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか。」
「素材を売りに来た。」
「素材の販売は3番カウンターになります、番号札を取ってお待ち下さい。」
整理番号の書かれた札を受け取り、待合席に移動しようとするが、札を捲って驚く。
「666番だと!?」
魔王的には好きな響きの数字ではあるが、さすがにこれは。
「はい、その通りです。」
「これはどのくらい待てばよいのか?」
「そうですね、はっきりしたお時間は申し上げられませんが、少なくとも18時間はかかると思います。」
寝不足でクマができているスタッフが無表情ながら丁寧に答える。
「夜の二時以降でしたら、一時間待ちで対応可能です。」
それで、人がいないのか…。夜中から明け方まで整理番号を取り、仕事をしてまた戻ってくるのが一般的のようだ。
カウンターの多くの頬のこけたスタッフは一心不乱に手を動かし、素材を仕分けしている。
何もかもが変わってしまった王都の様子に、呆然と立ち尽くすしかなかった。