再会(2)
実菜穂はヘッドフォンをしたまま、近所のスーパーへと足を運んだ。全ての雑音を遮断した。この街は騒がしすぎる。
夕刻過ぎのスーパーには多くの客が押し掛けていた。この時間は、いろんな人が出入りしている。深夜までやっているスーパーだから、人の出入りは激しかった。
うつろな目でスーパーを出る。どこを歩いてもここには人がいて息苦しい。
(なぜだろう?)
実菜穂は、歩みをゆるめた。足が重く動かなくなった。他の人の目が怖かった。自分は劣っている。何もない。笑えない。次々にわき上がる劣等感と無力感。居場所のない絶望感。何かに追いつめられている脅迫感。どんどん心も頭も空っぽになる。心が壊れそうなくらい空っぽになる。
実菜穂は立ち止まると、後ろからきた通行人は迷惑そうに追い越していく。
(もし、ここで一歩道路へ踏み出せばどうなるかな?何もかも消えるかな。私も消えるかな。私……帰りたい。笑えた時間。待ち遠しかった二人だけの時間。ワクワクした。あの子の笑顔が見たくて心が弾んだ。あの川原だ。会いたい。いまなら何を話せるだろう。いっぱい、いっぱい話したい)
実菜穂の頬は濡れていた。涙が溢れていた足が精一杯、道路に出ないよう踏ん張っていた。
(私、なぜ泣いてるの?何をしているの?)
自分でも分からなかった。でも涙は止まらなかった。
(話すことなんてない。私の心は空っぽ。何もない。なにも)
「帰りたい・・・・・・」
実菜穂は自分を慰めるように呟いた。
(お主、疲れとるのう・・・・・・しんどかったんじゃのう・・・・・・)
誰かが自分に話しかけている。いや、ヘッドホフォン当てているから、ほとんど音は聞こえない。これほどはっきり声が聞こえるのなら、相手から叫ばれている。でも周りの人は何事もなかったように歩いている。
(心が空っぽなんじゃと?そのように、嘆かなくても良いではないか)
やはり、聞こえる。しかもこの聞き覚えのある言葉、声の響き。また、涙が溢れてきた。
(なぜ・・・・・・?)
「空っぽだから良いのじゃ。空っぽだから何でも入るのだ。なぜ、それを楽しまぬのだ」
実菜穂は確かに声のする方に顔を向けた。目の前には女の子が立っていた。背格好は自分と同じ位で、凛として真っ直ぐに立っていた。何よりも驚いたのはその出で立ちだ。隙がなく締った淡い桃色の着物を身に纏い、頭には桜の髪飾りが優美さを引きたてていた。そして整った顔立ち、特に腰まで伸びている黒髪は目を引いた。
(美しい、綺麗……)
コスプレでこのような格好はできない。そのような作られた姿ではなかった。いわば、絵そのままの姿。余計なものがなく、自然に受け入れられるほどの凛々しさと美しさがあった。
実菜穂はその顔を見つめた。いや、心奪われて見とれていた。すぐにその子が誰かは分かった。
「み……み・な・も」
「そうじゃ。儂じゃ」
実菜穂は、みなもの方に近づいた。
「これ、夢?わたし、寝てる?」
「夢ではないぞ。お主はそこの店から出てきとったぞ。ここはちと騒々しいのう」
みなもは、辺りを見渡した。
「お主の家はこの近くか?」
「あっ……うん。5分ほど歩いたところ」
「そうか。なら、ちと案内してくれぬか」
「分かった。いいよ」
実菜穂は何も考えずにすんなり返事した。心が少し軽くなっていく感じがした。足が動く。さっきの足枷がつけられたような感じはなくなっていた。軽くなっていく。
(いまは夢でも妄想でもいい。みなもが自分の前に現れたことが嬉しい。でも、家に着いたらみなもはいなくなるのかな)
実菜穂の歩む速度は自然とゆるんでいった。
「心配せんでもええ。儂はしばらくここにおるからのう」
実菜穂の心を読んだようにみなもは答えた。実菜穂の口元が少しゆるんだ。
(みなもだ。あのときと同じみなもだ。私の心をいつも知ってくれているみなもだ)
「おー、実菜穂、おもしろいところがあるのう。ここに入らぬか」
みなもが見ているのは、小さな公園だ。
「ええのう。こういう所、儂は好きじゃ。子供の遊ぶ声が聞こえるようじゃのう」
無邪気な顔で辺りを見渡した。四月の新学期明け、遅咲きの桜の木が華を散らしていた。みなもは、桜の木の下で華びらと戯れていた。たんなる戯れがいつの間にか流れるような舞になり、いつしかみなもの舞を華びらが飾っり彩っていた。
(美しいなあ・・・・・・・みなもは)
その一言しかなかった。実菜穂は、みなもの姿に心を奪われた。幻想的というのか、小説やマンガの場面のような姿。絵になるというのはこういうことなのだろう。
「のう、実菜穂は憶えておるか?一緒に川辺の桜並木歩いたのう。あそこと比べるとちと寂しいが、お主と見るこの桜も悪うはない」