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2章

 ~道程の鉄道内~


 昼は過ぎたもののまだまだ日は高い時刻、一度解散した幻十郎と和泉は各々準備を進め、新橋停車場にて合流しそこから横濱停車場までを結ぶ旅客鉄道客車内、一等客車4人組座席を向かい合わせの対向に座り合っていた。目指す終点までは程なくと行った道程であった。


「このご時世、鉄道というのは随分整備されて時も経ったもんだが、相模の国までと言えば昔は1日仕事の旅程だったじゃねぇか。それが1時間程度で行き来出来るってんだからこの国も随分様変わりしたもんだなあ」


 幻十郎は客車の窓から入る風を受けながら和泉にそう話しかける。


「そうですね。我が国初の鉄道開業から20数年……今ではある事の方が当たり前ですからね。まぁ、そうは言ってもこんな1等客車はまだまだ庶民には手が届きませんよ。私達も軍務だから乗れてる訳ですし」


 和泉は討滅対象の資料などを整理しながら幻十郎に応答する。


「そりゃ違いねぇ」

 幻十郎は軽く鼻を鳴らし笑いながら返す。続いて


「そいつは関西支部の検分役からの情報か?」

 和泉の整理している書類一式に目をやりながら話す。


「えぇ、そうです。彼らも隊員を失っていますからね。分かっている範囲の情報は全てこちらに寄越してくれました。」


 普段の飄々としたなりは少し影を潜めている。この青年もまた帝国軍人の端くれ。内に秘めた正義感、闘志はその他の軍人と負けず劣らずと言ったところだ。幻十郎もそれは良く理解しておりそういう部分に多大に期待しているのだ。


 和泉は書類一式をトントンと整え綴じ込みに収め話しだした。


「……様相は人の骨格を成し体躯は凡そ人の2倍。四肢は筋骨たくましく、肥大しており体表は浅黒い赤熱色だと記載があります。頭部には角が生えているとも。

 大鎧の様な武具を纏い、牙爪一層に太く鋭くそれらを武器として襲いかかる様です。相対した討滅隊は剣戟がその体を通らず捕まり、あるものは頭と胴を力のままに捩じ切られあるものは体をそのまま喰われて絶命したとありましたね」


「……なるほどなァ、いわゆる“鬼”の様なヤロウってコトかい」

 幻十郎は顎に手を当て撫でながら何かを思案しているかの様に答える。


「そうですね……関西地方に現出した事に何か関わりがあるのか。とは言え、鬼と呼ばれる概念はこの国の怪異の伝播を考えれば何処ででも現出するものでもあると思われますがね」


「……関西で鬼と言えば、一等有名なヤロウがいるじゃぁねぇか。酒呑みヤロウがよ」


「……酒呑童子……」

 和泉は幻十郎から出されたヒントからそう口に出した……


 ……異聞と呼ばれる異形、化け物は正確に言えば生物では無い。これらは、特務隊が発足して少ない年月の中で数々の異聞と相対し状況調査又、その骸を解剖研究、時には霊的な手続きを行い把握する事の出来た数少ない敵の情報だった。


 妖怪……幻獣……精霊……神性の御柱、人々が畏れを抱き広く知られているいずれか……そう言った概念がこの国には古くから伝承として存在している。それら、その概念に“何か”が憑依し実態を伴って現実に現出する……


 しかしてその現出した異聞、異形の者共はその行動様式は単純明快。自らを産み出した概念そのものを消滅させるかの様に、畏れを抱く人々らを襲いその手にかける。その手段は人を捩じ切り潰しその臓物を時に食い破るもその肉を食している訳ではなかった。


 ……まるで異形それ自身、存在自体その成立を否定するが如く振る舞うのだ。産み落とされた事そのものを恨むかの様に……


 かくして上記の様な現況にあり今も尚、異聞と呼ばれる脅威に対し日夜、異聞特務隊検分役は全容解明に全力を尽くし活動を行っている。


「終点~。横濱~、横濱~」ベルと共に車掌の終点を告げる声が響く。


「まっここでウダウダ考えても埒は明かねぇやな。……俺は、故あって俺が手の届く範囲にある化け物共をこの生ある限りその全てをこの手で叩っ斬って行く。お前や成田大佐たち異聞特務隊はそいつら化け物共を俺に差し出してくれりゃぁそれでいい。さすれば互いの立つ瀬があるってもんさ」


「……ふふっ。藤間幻十郎ここにありって言うような啖呵じゃあないですか。流石、前戦争の最大の死地をしのぎ跳ね除けただけの事のある方だ。恐れ入ると共に頼もしく思いますよホント……えぇえぇそれじゃあ私は最大限支援出来る様、踏ん張らせて頂きますよ」


 お互いがお互いを見やり笑いながら、席を後にした。幻十郎、和泉の両名は横濱駅舎に降り立ち和泉によって手配されていた馬車へと乗り換える。……目的の集落へと一行は歩を進める。


 ……当時、街道といえどまだまだ舗装等は充分にはなされておらず時折石を車輪が噛むのか揺れが起きる車内。馬車は2頭の栗毛の馬によって引かれ馭者台には専属の馭者がおり、巧みに馬を制御している。


 馬車には幌張りではない木製の屋根がしっかり組まれており内部は向かい合わせで座席が配置されていた。おおよそ4人程度なら窮屈にはならず快適に座る事が出来る程度の居住空間がある様だ。外観においても質素というよりは過度にならない程度には装飾も施されており、街道を過ぎ行くその他の人々からは、政府関係の特別な一行である事は一目で分かる様相だった。


 現在一行は横濱駅から旧保土ヶ谷宿を抜け、成田大佐から伝えられた異聞による村人失踪事件が発生した当該集落へ向かっている。日はそろそろ夕刻に近づきつつあるもまだまだ日は高い。


 その車内、幻十郎と和泉が向かい合わせに座り合っている。


「……その岩屋村……? ってのは和泉、お前は知ってんのか?」

 幻十郎は煙草を燻らせながら和泉に対しそれはどういう集落か? といった風に聞いた。


「存じませんが、山間の小さな集落だそうです。代々土着の氏族が細々と……といった感じでしょうか」

 和泉は馬車の開閉部に据え付けられた窓から外の風景を興味深く見ながらそう返す。幻十郎は和泉のその様な振る舞いに対し


「なんだよ……そんなに外が気になんのか?」


「私、小石川の出で次男坊でして。中学を卒業した教導団にそのまま入りましてね。あまり外の世界というものを知らないんですよ。ですからこういうなんていうのでしょうか、山の深い田舎というものは新鮮に感じるというか……こういうの話していませんでしたっけ?」


 和泉は軽く自身の出自を説明し、幻十郎にそれらを話したことはなかったかと思案と共に幻十郎に問い返す。


「なるほどなァ。そういや特には聞いてはねぇな。……時代が違えば何って訳じゃねぇが禄がねぇならなんとやら。軍に士官してって事かい。若ぇ割には身を立てる事、なかなかどうして考えてんじゃねぇか」


 ……和泉は恐らく比較的石高の高くない武家の血筋に連なる者のようだ。明治に大転換がなされたとは言えまだまだ出自に連なる価値観というものは民の生き方の下敷きになっている様で、次男坊の生き方を武に見出し今の仕事としているのだろう。


 和泉の柔和な、それでいて歳からすると少し幼い顔立ちからは、あまり感じられない気風の生き方でもあるがそれも和泉の飄々とした性格の一部なのだろう。


 和泉は景色を見ていた姿勢を座り直し


「買いかぶらないで下さいよ。そんないいもんじゃあありませんって。私こんなナリでしょう? 女子供かの様に接してくる馬鹿共の多いこと多いこと。箔でもついたら一応でも男子としての立つ瀬もあるかと。その程度ですよ」

 そんな風な真面目な物言いは勘弁してくれと言わんばかりに片手を軽く振りながら和泉は答える。


「そうかいそうかい。……まっ教導団から陸士に流れねぇんだからその通りって事にしといてやらぁな」


 陸軍士官学校……通称陸士。尉官以上を更に目指す事となるいわゆるエリートコース。


 幻十郎は分かった分かったという風に軽口を叩く。士官学校に進まない事は即座に能力の劣る者という事ではなく、年の頃二十にて下士官づきとなっている事は十二分に能力がある事を表している。それらも分かった上での幻十郎の軽口でもあるのだった。


「そうですそうです。監督出来ぬほどの荒くれ者ですからね私は」

 和泉もそれを充分に理解した上で軽口を更に返す。


「……そう言えば、藤間さんのあれこれというのも聞いたことはありませんね。討滅を特務隊“外部”から行われており、成田総長殿もそれを承認している……。以前は軍に所属していた以外は不詳……。隊の総長が是認している事柄に対して何かを考えるという事はないですから、気にしたことは無かったですが私の話もしたのです。もし良ければ」


 話の流れのついでというごく自然な風に和泉が幻十郎に問いかける。


「俺の話か……?そんないいもんじゃあねぇよ。先の戦争でなんとかなんとか生き永らえ“させてもらった”だけのしがねぇ軍人崩れってだけさ」


 幻十郎は手にしている煙草を一服しながら続ける。


「俺は……昔、手のひらから溢れちまったモノを取り戻す為だけに生きている……。和泉は星詠みの間に立ち入った事はあるのか?」


「えぇ一度。特務隊付きになった時にオリエンテーションの一環で」


「星詠みを見たか?」


「見ましたけど……」


 和泉は当時の記憶を思い出していた。


 ……星詠みの間。異聞特務隊本庁舎の地下、さながら地下牢の様相を呈する通路の先、何重にも施錠された扉、機械的、霊的問わず何重にも施された封印その奥に、自然鍾乳洞の様な高さ凡そ3メートル奥行き凡そ20メートル程度の洞窟。その中央に一際大きな天然然としたクリスタルが陣取っていた。そのクリスタルは自身では自立出来ないのか四方から鉄の鎖と留め金で垂直に係留されている。又、クリスタルを中央として渡り3メートル程度の大きさで五芒星と陰陽図を組み合わせたかの様な方陣が張り巡らされ、更にその四方に立脚式の蝋燭台が置かれ常に洞窟を照らしていた。


 そして何より異様だったのはクリスタル自身……いや、正確にはクリスタルの“中に存在しているそれ”から淡く常に発光している事……そして中に存在しているそれが“人らしき何か”だと言う事……。


「……アレは俺の嫁さんだ」


 幻十郎は事も無げに淡々と話していった。


「えっ……」


 和泉は絶句していた。


「俺の嫁さん。……軍役の中、戦地で出会って戦地で祝言をあげた。今のアレは生きてんのか死んでんのかすら分かりゃしねぇがな……。ただ今のアレは本質的には“異聞と同一”だ。だからあんな雁字搦めに封印もされている。とは言え異聞討滅には欠かせない。だから成田大佐はあんな風にアレを使っているって訳さ」


「ちょっ、ちょっと待って下さい。特務隊隊員でも星詠みが“何なのか”なんて知りませんよ。」


「……そうかい。まァ何と知らずとも、どう使えば良いかを知ってりゃ充分だ。大佐もそこまで他人に背負わせようって薄情な方でもねぇからな……それでいい。それがいい」


 幻十郎は一息入れ、続けて


「なんだかんだとあって俺の嫁さんはアレになっちまった。直るのか、戻せるのかは分からねぇが……ただ、化け物共をぶった斬って行けばあるいは……そういう直感の様な確信が俺の中には確固としてある。だから俺は異聞討滅をする。己のためだけにな」


(この確信は恐らく後天的に授かった力の一端から来るもんだ。この力は繋がっている。あのクリスタルに。アレに。……ライザ、お前に繋がっているんだろうよ……)


 幻十郎は心の中で最愛の人の名を呼んでいた。


「……これは藪をつついて蛇……大蛇といった所でしょうか……」


 和泉は事実を事実として受け止め整理する事に必死な様子だった。それでも言葉を絞り出しこう続ける。


「軍に所属してからは、知らされていない事は知らなくて良い事と考えていますが……しかし一度知ったなら知ったなりの対処を心がけるのも又、必要なのだろうと考えています。奥方様の事、私も何か出来得る事があるのなら」


「構いやしねぇさ。俺もお前もやることは変わらねぇ。汽車で最後に話した通りだよ」


 幻十郎は和泉の言葉を遮りそう返した。ただこうも付け加える。


「気持ちはありがてぇもんさ。すまねぇな」


「いえ」

 和泉はどの様な言葉が適切なのか見つける事が出来ずそう返す他無かった。


 ……星詠み。その存在の成立過程は知られていない。それは異聞特務隊も同じであって、“それ”を知っているのは成田大佐その人と幻十郎、残り少数の退役含めた軍関係者に留まる。ただ成田大佐が前戦争時に戦地より持ち帰って以後、管理監督をしている事は隊内でも周知されていた。クリスタルと“人らしき何か”は現し世の告と呼ばれる一種の感応性質があり、異聞と呼ばれる異形の化け物の現出を人々が察知出来る唯一の手段として、異聞特務隊設立当時の活動指針を形作るものとなったのだった。


 ……程なくして馬車を御している馭者台上の馭者から馬車内、馭者台から見て後方に据え付けられている連絡窓より下記の様に伝えられる。


「御一行様、そろそろ岩屋村に着きますよ」


 幻十郎は手にしている煙草を馬車内に備え付けられている灰皿に押し付け火を消しながら、「ありがとうよ」と馭者に返す。


「降ろしてもらえれば一旦撤収して下さい。いくらの時間が掛かるかは読めませんから。事情が解決次第使いを出しますので保土ヶ谷宿で逗留頂ければと」

 和泉は後の段取りを馭者に伝える。


 馭者は「承知いたしました」と返し、馬を停める。二人は馬車の開閉扉を開け、3段程度の昇降台に足を掛け地に降りる。


 日の光も随分落ち、時刻は夕刻近くなっていた。

 二人の眼前には当該集落が広がっていた。


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